28 別れ
白田さんと相馬さんは俺が落ち着くまで待ってくれた。
「ごめんなさい」
白田さんが俺を抱きしめて謝る。
謝られるような理由はなかった。それでも彼は俺を抱きしめ謝り続けた。
このクソッタレな世界で遭遇する都市伝説には回避する方法があって、それを選び続ければ生き残ることができるというのが白田さんの仮説であった。
しかし、絢子は回避する方法を選択したにも関わらず死を免れえなかった。
不条理だ。
相馬さんは顔の皮をはがれなかった。
それは彼女が殴られて顔をひどく腫らしていたからだろう。彼女も美人の部類だ。そうでなければ説明がつかない。
ならば、俺も絢子を殴りつけておくべきだったのだろう。
しかし、そのようなことは考えもつかなかった。考えつけるわけないだろう。
不条理すぎる。
白田さんは謝り続けた。
自分のことを酷い人間だと卑下しながら頭をかきむしり続ける彼を見ているうちにどういうわけか、俺の方は落ち着いてきた。
掻き壊してしまったのだろう。
白田さんの爪先に血がついていた。
絢子をそのまま置いていくのは嫌だった。
しかし、住宅街のどこにも彼女を埋めてあげられるような場所はなかった。
俺は上着を彼女の顔にかけてやった。
彼女は自分の顔を自慢したりすることはなかったが、それでも無惨な顔を晒すのは嫌だろう。
白田さんも自分の上着を脱いで彼女の体にかけてくれた。
「寒くならないようにね」
相馬さんが彼女の手を握って別れを告げる。
俺は最後に彼女をぐっと抱きしめてから立ち上がった。彼女の体はしなやかさをうしないこわばり、温かみを失い冷えきり、良い匂いを失いかわりに腐臭を漂わせはじめていた。このクソッタレな世界は別れさえも汚そうとしてくる。
俺はずっとここで彼女と一緒にいたかった。二人で手を繋いだまま一緒に固く冷たくなり腐っていきたい。
相馬さんに蹴り飛ばされなければ、俺はそうしていたかもしれない。俺は牧羊犬に追い立てられる羊のようにのろのろと歩んだ。
五日目午後四時三九分。
道案内の貼り紙に導かれてあるき続ける俺たちは再び一軒家に宿泊した。
スマートフォンが鳴り響くこともなく、窓の外に何かが現れることもなく、一晩を過ごした。何かを口にしたはずだが、何だったか思い出せない。
朝になると、いつものように車の音がして、黒いセダンに乗ったブラックスーツの二人組が現れる。
いつものように【法務調査調停監視庁 Legal Investigation and Mediation Board of Observation】という文字列が朱色で刻印された黒革の手帖を見せつける。そして「チェックアウト」の時間を告げる。
どうでもいい。放っておいてくれよ。
そううめく俺は相馬さんに頬を張られて、やはり追い立てられるように動く。
六日目、残り三名となった俺たちが歩いてたどり着いたのは最初の晩に泊まった小学校であった。道案内の貼り紙は今度は体育館ではなく教室に向かわせようとしている。
俺は白田さんと相馬さんのあとをのろのろとついて、校舎に入っていく。
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