怖い伝承から逃れる合理的方法

メイコとマイ

 メイコとマイは受験らしきものを経験したことがないグループだった。

 受けたのは幼稚園の面接のみ、そこからずっと同じ学校だ。

 彼女たちが通う学校法人西園女学院は、戦前の女学校にルーツをもち、幼稚園から大学までエスカレータ式に進学できる学校である。

 偏差値的なものは決して高い訳ではないのだが、いわゆるお嬢様学校として根強い人気がある。

 三代続けて西園といったら、この地方では名家の出だといって良い。


 西園OGたちは自分の子供が男子だった場合は中学受験で進学校に、女子だった場合は西園の幼稚園あるいは小学校に入学させる。

 幼稚園や小学校からの持ち上がり組は彼女たちは西と呼ばれる。

 西園の純粋培養、地方都市の名家の子女たち。

 常に西園と家の名誉と伝統の守り手たる淑女たちである。

 

 閉鎖的な空間で閉鎖的な人間関係で縛られ続けるのは大きなストレスなのだろう。

 外部の目があるところはともかくとして、外の目がないところではそのストレスを解消するかのように傍若無人に振る舞う西も多かった。

 幸か不幸かわからないが、田中芽衣子めいこと南田舞依まいはそのようなタイプではなかった。人間性に優れていることに不幸かもしれないなどという補足をつけなければならないのは、純西としては彼女たちは異端だったからである。洋の東西を問わず古来から異端者というのは生きづらいものである。

 

 純西の多くは、学内では固まって行動する。

 人生のほとんどを一緒に過ごした仲間たちの絆はかたく、大学からの一般受験組がその輪に入れるようなことはない。あったとしても家柄や経済力の違いで早々にその輪から退出したくなることだろう。

 視界に入ることすら嫌がられることも多い。


 ある日、グローバル文化学部棟のエレベータ前で起こった事件はそれを示す一例である。

 この年の新入生に足をひどく怪我した者がいた。

 彼女は松葉杖を必死について歩く。

 彼女が目指す教室は七階である。

 当然、彼女はエレベータ前で待っていた。

 彼女の前に四名の女子学生、エレベータに乗れるはずだった。

 

 「遅刻しちゃう」

 そういう叫びとともに四名の女子学生の友人七名が駆け寄ってくる。

 「こっちおいでよ」

 友人の手招きにしたがって七名はエレベータの前に陣取る。

 エレベータが開くと当然のように乗り込んだ。


 メイコとマイは長年の付き合いの顔たちに苦言を呈した。

 横入りするのはよいことではないし、そもそも率先して松葉杖の者にエレベータを譲るべきだと。

 

 「人として善であれ。ずっと習ってきたことでしょう?」

 このような発言は順西の中ではかなり嫌われるものである。

 ヒトトシテゼンデアレというのは西園のポリシーの一つであるが、純西の多くにとっては意味も分からぬ頃から唱えてきた呪文に過ぎない。

 

 「またクソ真面目陰キャの道徳の時間かよ、まじうぜーよ」 

 「偽善者、うっざ、まじで死ねばいいのに」

 吐き捨ててエレベータに乗り、当然のように「閉」ボタンを押していく同級生に変わってメイコとマイは謝るのであった。

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