25 よって件のごとからず
佐藤さんと瀬能さんの遺体を埋めようにも穴を掘るような道具はなかった。
もってきた布団で彼らを覆い、日陰にリヤカーごと安置した。
蒲田くんも少し離れた日陰に布団で覆って安置した。
いくら「見張っておく」と言ってくれても、やはり手にかけた相手と一緒というのも悪い気がした。
かといって、蒲田くんの遺体をどこぞに放っておくのには絢子が反対した。
結果としてこうなったわけである。
俺たちは遺体の前で手を合わせる。
「現実世界では絶対に接点ないでしょうし、接点もちたくない人でしたけど、案外気の良い人たちでしたよね」
白田さんが褒めているのかけなしているのかわからないことを言った。
たしかに彼らが善人であるかどうかはわからない。申し訳ないが、多分彼らはどちらかというと悪人よりの人っぽい。佐藤さんはこちらに来てからでもよくないことを色々としでかしている。それでも、彼らとのんびりと露天風呂に使って長話をしていたときは楽しかった。
蒲田くんについては色々と思うところがあるが、人を呪った報いはきっちり受けたのだろう。だから冥福くらいは祈ろうと思う。絢子のように優しくなれない俺であってもそれくらいの情は持ち合わせている。
俺たちはここに残していく三名に別れを告げる。
四日目にして、残り四名となった。
一〇〇名近くいたのが残り四名である。
絶望的になるが、それでも俺は絢子と元の世界に戻りたかった。それができなかったとしても彼女だけは元の世界に返してあげたい。なにかの間違いなのだ。彼女がこのような場所にいていいわけないではないか。
だから、クダンについて考えをめぐらす。
不吉な予言をする人面牛身の怪異、その不吉な予言は十中八九俺たちに向けられる。それをどうにかして回避する方法はないだろうか。
頭をフル回転させる。しかし、何も思いつかない。
「クダンはやっぱりろくでもないことを予言するんですかね?」
答えがわかりきった質問をしてしまう。これならば、まだクダンを殺すことが可能かどうかでもたずねたほうがましだ。
「そうでしょうね。化け物が現れてこの場にいる人間は全員死ぬ。よって
白田さんが呑気そうな声で答える。
切り替えがはやいのか、それとも佐藤さんたちに手を合わせて悲しんでいたのは演技であったのか。
「じゃあ、クダンってやつに会わなければ良いじゃん」
相馬さんが会話に入ってくる。
顔は相変わらずひどく腫れ上がっているが、自分で歩けるようにはなっていた。
「でも、ここで指示に従わなかった人たちがどうなったかを考えると……」
絢子がつぶやく。
公園に戻らなかった人、公園から出ていかなかった人、その最期はみていないが、絶叫だけは耳にこびりついている。
同じ目に合うのはごめんだ。
「クダンに会わなければ地獄行き。クダンに会ったら地獄行きを予言される。うん、詰んでますね」
白田さんが鳥の巣頭をぼりぼりとかきむしりながら思案にくれる。
昨日頭を洗っていたはずなのにフケが落ちる。肩のフケを相馬さんが払ってあげている。本当に彼女はまんざらでもないようだ。
「でも、何かしらのクリア方法が隠されているんですよね?」
絢子が確認をする。
考え事をしているとき、彼女はどういうわけか頬に少し赤みがさす。
それがどうにも可愛らしくて、俺は図書館で彼女と勉強するのが苦手だ。大抵の場合、見とれていて怒られる。
「そうですね、クリアできるはず。そう思わせといて絶望させるという可能性も、もちろん否定できませんが、それだったら、まぁ、どうしようもないです」
白田さんの言葉に絢子はクダンの予言の仕方について確認をする。
「予言、決まり文句、死ぬ。その三点が基本のパターンなんですよね。そして、今朝渡された万能薬。絶対になくなるみたいな人でも死なせないあの薬」
ここまで言ってから、絢子は目を伏せる。
俺たちは佐藤さんたちを見殺しにしてしまっている。
本人は気にするなとは言ってくれた。この異常な世界で人が死んだり、いなくなったりすることにも強制的に慣らされてしまった。それでもふとしたときに元の世界の常識が戻ってきて、彼女を、いや俺たちを苦しめるのだ。
彼女の言わんとする事を理解した俺は口ごもってしまった彼女のかわりに話を続けようとする。
「クダンが死ななければ予言は成就しない」
俺と白田さんがほぼ同時に同じことを口にした。
「これを残してくれた佐藤さんたちのためにも、生き残ってやりましょう」
俺の言葉に皆が静かにうなずいた。
俺たちは例によって奇妙な道案内の貼り紙に導かれて進む。
干し草と獣臭さと牛 糞の入り混じったにおいが鼻を刺激した。
相馬さんが大げさに鼻をつまむふりをした。実際に顔に触れないのは、まだ痛みがひかないからだろう。
古民家のような家屋から少し離れたところにある小さな建物がみえた。
牛舎のようだが、酪農用というより農作業用の牛を飼うところのようだ。せいぜい一、二頭の牛を飼うような小さな小屋の前で俺たちは立ち止まる。
「こっちにこい」
人の声がする。
「そろそろクダンとの対面ですかね」
俺たちは恐る恐る牛舎に入る。
干し草につつまれるようにして寝そべっているのは、超大型犬くらいの子牛。
艶のあるビロードのような黒い毛並みをもつそれがもぞもぞと顔をあげる。
誰もが予想していたことだが、牛の首の先に直接人の顔がついている。
角はついているのに、耳は人、髪の毛というより牛の被毛のようなものが頭を覆っている。
かと思えば、顔はつるりとしている。
無精髭の白田さんよりもずっときれいなくらいだ。
「近くに寄れ」
意外に野太い声が俺たちに近寄るように催促する。
俺は白田さんから受け取ったシリンジをポケットの中で確かめる。四人の中で一番反射神経が良さそうだからという理由で渡されたものだ。
俺たちが近づくとクダンが話をはじめる。
「
「相馬桜子、お前は顔の皮を剥ぎ取られて死ぬであろう」
「
「
全員の想像したくもない最期を告げた後にクダンは「決まり文句」を述べる。
「よって件のごとし!」
役目をほぼ終えて目を閉じようとするクダンの首筋にシリンジの先についた針を打ち込む。
シリンジの中の薬液がクダンにそそぎこまれる。クダンは大きく震えると一度はほとんど閉じた目を見開く。
クダンが立ち上がる。
やつがにやりと笑う。
「ほっといてくれ」
そう言い残したクダンが牛舎の外に向かって歩き出す。
予言を成就させることができなくなったクダンの姿がかすみ始める。
「クダンは悪い予言を成就させてこそのクダンです。予言を成就させられないクダンはもはや何ものでもない」
白田さんがつぶやく。
「存在が消えていくんですね」
俺たちは無事にクダンだったものを見送った。
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