22 朝の抵抗

 浴衣の帯で蒲田くんを縛り付けたまま、俺たちは就寝した。

 ヤケをおこした人間は何をするかわからない。

 暴力沙汰に長く関わってきていそうな佐藤さんが言うとどうにも説得力があった。


 蒲田くんは時折すすり泣いていたが、その度に瀬能さんがすすり泣くのをやめるようにささやきながら暴行を加えようとした。暴行は多くの場合は絢子と絢子に頼まれた俺に阻止されていたが、俺は正直彼のことなどどうでも良かった。

 

 四日目、午前八時一三分。


 白田さんの言う通りならば、あと六回朝を迎えれば、俺たちは助かる。

 しかし、四日目にして人数は七名。

 無事に生き残れる気がしない。

 ならば、佐藤さんの強行脱出案に乗るべきかというと、それにも乗り気になれない。

 俺は何の決断もできずにただ悩む。


 無人の宴会場にいつの間にか用意されていた朝食を食べ終える。蒲田くんには絢子が食べさせてあげている。正直なところ、一食ぐらい食わせなくても良いだろうと思うのだが、彼女はそれではかわいそうだと言う。彼女のとても良いところだが、そこまで親切でなくても良いだろうとも思う。

 食後、俺たちは部屋に戻る。

 広縁ひろえんで煙草を吸っていた佐藤さんが「おい!」と声をあげる。

 外には黒いセダン、ちょうどブラックスーツの二人組が出てくるところだった。


 「お前ら、結局、手伝う気はないか?」

 佐藤さんは煙草を灰皿に押し付けて消して言った。

 佐藤さんの目は向かいで煙草を吸っていた瀬能さんには向いていない。

 俺や絢子や白田さんに向いていた。


 「私は自分が正しいと判断した解決策を取ります。お気をつけて」

 白田さんが静かに拒絶する。

 佐藤さんの目が俺と絢子に向く。

 俺は黙って首を横にふる。

 絢子は静かに「ごめんなさい」とつぶやいた。


 「いや、良いんだ。気にするなや。そこのチンカス野郎はともかく……」

 佐藤さんが顎をあげて、転がされた蒲田くんを見下ろす。

 瀬能さんが灰皿にぺっとツバを吐いた。


 「お前らは道は違えども仲間だと思っとるわ。元の世界で再会できたらな、飲みに行こうや。先生、美人たくさんいるところ連れてって色々卒業させたるからな」

 白田さんが控えめに微笑む。

 彼は佐藤さんたちの試みがうまくいかないと判断しているのだろう。

 少し悲しそうに見える。


 「瀬能、わかってるな? 人数減っちまったから、チャンスは一瞬だけや。その一瞬を桜子ちゃん頼むわ。一瞬やつらの注意をそらすだけで良い」

 

 足音が聞こえる。

 そのときがくる。


 「皆様、おはようございます」

 旅館の中に土足で上がり込んだブラックスーツの二人組が部屋に入り口にあらわれた。

 いつものように黒革に赤文字で存在しない役所名の書かれた手帳を見せつけて名乗ろうとする。

 彼らが口を開いた直後に相馬さんが甲高い声で悲鳴をあげる。

 確認をしようとそのまま近づいてくる二人組の背後、トイレに隠れていた佐藤さんと瀬能さんが飛び出してくる。

 佐藤さんが割れた酒瓶で二人組の片割れの首を刺す。

 ブラックスーツの男のワイシャツが血に染まっていく。

 瀬能さんは空振りのようだ。

 彼はそのまま気にせずにタックルする。

 メズかサンカワかわからない男のサングラスが飛んだ。


 もしかしたら、もしかするかもしれない。

 一瞬だけそう考えた。

 ただ一瞬だけであった。


 馬乗りになろうとする瀬能さんが相手の素顔を見て一瞬だけ固まった。

 瀬能さんの背中から血が溢れ出る。

 瀬能さんの体から力が抜けていく。背がぐらりと揺れる。そのまま馬乗りになろうとしていた相手に覆いかぶさるように倒れた。

 瀬能さんは暑い夏の朝の布団のように蹴飛ばされ転がされる。

 下からはいでてきたブラックスーツの二人組の片割れには拳銃が握られていた。


 サングラスの下にはあるべきはずの目がなかった。眼孔がそもそも存在しない顔をこちらに向ける。

 どうやってこちらを認識しているのだろう。

 俺の頭にどうでも良いことが浮かんでくるのと拳銃が大きな音を立てるのは同時であった。

 拳銃から放たれた発射音とほぼ同時に佐藤さんがもんどりうって倒れた。


 ポケットからハンカチを取り出し、返り血をぬぐう男。地面に落ちたサングラスを拾うと、眼孔のあるべき場所をそれで覆い隠す。


 計画外の悲鳴をあげた相馬さんは、その頬を銃床で殴られた。

 折れた歯が飛んでいく。

 

 「皆様、おはようございます」

 ブラックスーツの二人組の片割れは何事もなかったかのように挨拶をすると、痙攣けいれんしている仲間にカバンから取り出したシリンジのようなものを注射する。

 首から血を流しびくびくとエビのような動きをしていた男が何事もなかったかのようにすっくと立ち上がった。


 「皆様、おはようございます」

 先ほどまで痙攣していた男が大きな声で挨拶をする。


 俺たちは広縁に座りながら、呆然と見つめているだけであった。

 相馬さんをのぞけば悲鳴をあげることすらできなかった。


 朝の抵抗はあっけなく終わった。

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