21 穴二つ

 「ぶつかった拍子に札が剥がれて何かが出てくるとかなっても困るんです。だから、手荒なことはそのへんにしといてください。続きは明日の朝にでも好きなだけやればいいでしょう。少なくとも僕は止めませんから」

 白田さんが瀬能さんに静かに言う。

 瀬能さんの視線の先にいるのは、血まみれの顔の蒲田くん、それをかばう絢子あやこと彼女に危害がいかないようだけを気をつける俺だ。

 蒲田くんは泣き続けている。

 どうして良いのかわからなかった。

 絢子だけが彼の血をぬぐってやっていた。

 俺は彼女のように優しくなれなかった。


 このような状況になってしまったのは、つい先程の蒲田くんの告白のせいである。


 ◆◆◆


 座卓に突っ伏して泣き出した蒲田くんは「すべて自分のせい」と言い出した。

 

 「あ? お前、俺のこと知ってたんか?」

 目を細めて低い声で問いかける佐藤さんの言葉に、蒲田くんは突っ伏したまま首を横に揺らす。


 「でも、僕、いや僕らがあんなことをしたから……」

 そこから蒲田くんがはじめた話は、このような状況でなければ一笑にふすような荒唐無稽なものであった。


 彼はネット上で見つけた「嫌いな人を地獄に落とす方法」というのをやってみたらしい。

 何でもぬいぐるみを用いて、かくれんぼをやるのだそうだ。そのかくれんぼに知らぬ間に参加させられた相手はぬいぐるみに見つかり、地獄に引きずり落とされるというものらしい。


 「ああ、あれですか」

 白田さんは知っているらしい。

 ネット上の恐ろしい話とその拡散にアンテナを貼っているらしい彼が知っているということは、それなりに有名な話ではあるようだ。


 「君は人を呪ったから、ここに来た。でも、私は誰かを呪ったりしてませんよ。皆さんどうですか?」

 白田さんの問いかけに蒲田くんをのぞく全員が首を横に振る。

 俺はそもそもそのような呪いすら知らなかった。


 「で、呪った本人に呪いが跳ね返ったのはどうしてです?」


 「最後の最後で僕、失敗したんです」

 蒲田くんは座卓に突っ伏したまま答える。

 ところどころで彼は嗚咽を混ぜながら説明を続けた。


 かくれんぼの鬼に仕立て上げたぬいぐるみが自分のことまで探したりしないように防御し、「かくれんぼ」から抜ける宣言をする。

 それがその呪いの儀式の締めらしいが、彼は抜ける宣言をする前に防御用の盛り塩をこぼしてしまったらしい。


 「窓の外で小さな影がコツコツと窓をたたくんです。驚いた瞬間に手が小皿にあたって……」

 気がついたら、公園にいたのだそうだ。


 「ばっかじゃねぇーの」

 思わず口を開いてしまった俺の袖を絢子が引っ張ってたしなめる。


 「で、あんたが呪った相手はどうなったのよ?」

 相馬さんがきつい口調で問う。長い爪をパチパチとはじいているのはいらだちのせいだろう。

 俺には自分がぬいぐるみに発見されて、ここに連れてこられた記憶はない。そもそもどうやってこのクソッタレな場所に連れてこられたのか、おぼえていない。訳のわからない呪いが原因だったとしたら……いらだちか怒りか不安かよくわからないものが腹の中でぐるぐるとする。


 「いました。けど、踏切から戻ってきませんでした」

 蒲田くんは顔をあげることができないようだ。踏切から戻ってこないということは、彼が呪った相手はテケテケに足を引き抜かれ、自分の内臓にまみれて死んだことになる。地獄に落としてやりたいと思うほど嫌なやつがそんな目にあったらさぞかし気持ちよかったことだろう。そう嫌味を言ってやりたかった。ただ、そのような嫌味を言えば絢子が悲しい顔をすることはわかっている。だから俺は黙っている。


 「でよ、お前は誰をどんな理由で呪ったわけ?」

 瀬能さんが満面の笑みを浮かべながら言う。

 しかし、彼の目だけは刺すように蒲田くんを捉えて離さない。


 「大学の同級生……クラスコンパで僕に声かけてくれなかったから」

 うつむいた蒲田くんは蚊の鳴くような声で言った。


 「後で知ったんだ。僕は輪に入れなかった。この前とその前と、断ったけど、次こそは行こうと思っていたんだ。それなのになんで誘ってくれないんだよ!」

 蒲田くんは突っ伏したまま机をたたく。


 知らねぇよ。ばかじゃねぇの。俺は心のなかでつぶやく。


 「はっ? 何度も何度も断ってれば、それは相手だって遠慮するでしょう? 行くつもりだったらあらかじめ次誘ってくれとか言っとけばいいじゃない? みんなあんたのママじゃないのよ。わけわかんない、あんたバカなんじゃない?」

 相馬さんはより辛辣な表現で俺が思ったのと同じことを口に出していた。


 「まぁよ、てめぇが俺を呪ったわけじゃないしよ、俺みたいなろくでなしがいうのもなんだけどさ……」

 瀬能さんが机に突っ伏す蒲田くんの髪の毛をつかんだ。

 蒲田くんが涙と鼻水まみれの顔をさらす。


 「本当、しょうもないクズだな、おまえ」

 拳が蒲田くんの顔面を捉えた。

 涙と鼻水に血がくわわる。


 一瞬呆然としていた絢子だったが、すぐにかばうようにとびだす。

 瀬能さんの拳はとまるが、蒲田くんの顔は血塗れだった。


 ◆◆◆


 蒲田くんがすすり泣く。

 泣きながら謝る。

 別にこの中に彼に呪われた者がいるわけではない。


 しかし、どういうわけか彼のことがどうしようもなく嫌なのだ。

 ただ、絢子のような優しい子がここにいる理由も少しだけ理解できた。

 世の中にはおかしいやつがいるわけだ。

 彼女を元の世界に返したら、そいつを始末してやらなくてはならない。

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