20 恨まれる理由は?

 「どうせ札とか貼ってあるんだろ?」

 瀬能さんが掛け軸をめくる。

 案の定、掛け軸の裏には読めない文字の札が貼ってある。


 「剥がしたりしなきゃなんとかなるよな」

 瀬能さんと一緒に床の間を調べていた佐藤さんが白田さんの方を向く。


 「まぁ、そうとしか」

 佐藤さんの問いかけに白田さんがぼそっと答える。

 夜中に一人で廊下を出歩いたりするのもよしたほうが良いでしょうと彼はつけくわえる。

 

 「なぁ、俺たちがここにいるのは恨まれたからんだろう? 実際、お前たち、何やったんだよ?」

 車座になったところで佐藤さんがコップに注いだ日本酒をあおる。


 「まぁ、俺なんてよ、恨まれる理由が多すぎてどうしようもないんだけどさ。この中で、その手のやつは瀬能ぐらいで、あとは恨まれるような理由はないだろ?」


 「なんで俺は恨まれて当然てことになってるんすか? 自分はそりゃまぁ悪いこともそれなりにやりましたけど、まぁそれは過去のことだし……」

 心当たりはあるようだ。

 俺はどうだろうか。

 胸に聞くまでもないといった様子の佐藤さんと瀬能さんを除いた皆が自分の胸に聞くかのように押し黙る。

 沈黙を破ったのは白田さんだった。


 「まぁ、誰だって恨まれるときは恨まれるんですよ。恨みに動機はつきものです。しかし、その動機に正当性があるかといえば、これはまた別の話なんですよ」

 彼は焼酎のお湯割りを飲みながらぼそぼそと話を続ける。


 「管狐くだぎつねとか犬神憑いぬがみつきってあるでしょう?」

 あるでしょうと言われても俺たちにはぴんとこない。


 「一種の能力者みたいなもんです。式神とか使い魔みたいなものを使役する能力を持っているっていえばわかりやすいかもしれませんね。で、それを使う能力は遺伝するって考えられてるんです。それを憑きもの筋といいます」

 白田さんがお湯割りを飲み干す。


 「その憑きもの筋と言われる家系はたいていの場合、差別されます。たとえば、憑きもの筋からは嫁は取れんみたいな感じでね。あれも恨み妬みと関係していることがよくあるんですよ。使役している憑き物で村落の金を掠め取っているから羽振りがいいだろうみたいな」

 裕福な一族に投げかけられる誹謗中傷として伝承が形成されたのではないかという話はこれだけではない。旅の僧を殺して金を奪い取ったからなどというのもあるのだそうだ。そして、この手の話、すなわち、金持ちは何かしら人には言えないことをやってその金を得たという話は日本だけにとどまらず外国にもあるのだと白田さんは続ける。


 「これも言うなれば、金を持っているあいつが憎い。恨めしいってこととも言えるでしょう?」


 「理不尽……」

 相馬さんがつぶやく。


 「そういえばね、僕、このまえ、授業中に抜け出して煙草吸いに行くやつ注意したんですよ。そしたら、彼、怒り狂ってですね、教務課に行くって。まぁ、行ってもらいましたけどね、さすがに憮然とした顔で帰ってきましたよ」

 それはそうだろう。彼の働いている場所はなかなか大変なようだ。同情してしまう。


 「そして、彼は私を恨むわけです」


 「さすがにそれは同情するわ」

 俺、学校途中でやめたけどなと言いながら瀬能さんがなぐさめる。

 白田さんは軽く礼をいうと、別の例を出しましょうと続ける。

 酒のせいか、以前の飄々ひょうひょうとした話好きな彼に戻っていた。彼が俺たちに慣れたのか、それとも俺たちが彼に慣れたのか、まだるっこしいと感じていた彼の話し方も気にならなくなっていた。


 「相馬さん、好きです! と私が言ったとしましょう。いえ、返事はけっこうです」

 相馬さんはそこまで嫌そうにも見えなかった。いかにもイケイケの腕っぷしの強そうな男が好きなのではないかと偏見を持っていたが、案外そうでもないらしい。かわいそうなことに白田さんは相馬さんの表情の変化にはまったく気がつかないようである。彼は手をあげて押し留めた上で続ける。


 「君が振り向いてくれないなんて許せないとか言いだして私がストーカーあまつさえあなたに危害を加えるようなやからであったなら……私はあなたのことを恨むでしょ? これ、恨みの動機としては十分ですよね。常人には理解できないものですし、理解したくもないものですが」

 大げさなジェスチャーをまじえて話す白田さんの話に相馬さんが静かに笑う。

 そのときのことだった。

 ずっと押し黙っていた蒲田くんが突然突っ伏して泣き出したのである。

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