18 数えながら
午後三時一七分。
アパートを出た俺たちはただひたすら歩いていた。
河原を下に見下ろしながら俺たち七名は進む。
俺は先のアパートでのことがあってから、人数を数えるときは全員の名前と特徴を頭の中であげていくようになっていた。
こんなことをやっていても気休めにもならないだろうが、それでもやらないよりはましだと考えている。
先頭をいくのはヤクザの佐藤さん、ブラックスーツの二人組を捕獲して脱出しようと考えている。
その横を歩くのが賛同者の一人、瀬能さん、年の頃は俺と同じくらいだが、本職の佐藤さんが「それじゃ目立つだろ」というくらいにタトゥーを入れている。
佐藤さんの和彫はシャツを脱がない限り見えないが、瀬能さんのタトゥーは手首のあたりまできている。
ジムいけないから、家にトレーニングルームを作っちゃいましたよという彼は何をやっているのか知らないが、かなり羽振りが良いらしい。
考えてみれば、佐藤さんも瀬能さんもこんなところでもなければ話をすることもできなかったタイプの人たちだ。クソみたいところであるが、そんなところでも経験は積ませてくれる。
二人に少し遅れてついていくのが、これまた佐藤さんの賛同者、相馬桜子さん。佐藤さんや瀬能さんは桜子と名前で呼んでいる。俺や瀬能さんと同い年くらいの若い女の子。そもそも、今、一緒にいるので明らかに世代が違うのは佐藤さんと白田さんだけである。若くて綺麗であるが、おとなしめの美人の絢子に比べると彼女は派手目の美人だ。フルメイクをしたら絢子よりも人目を引くに違いない。
瀬能さん、相馬さん、それに俺の少し前を歩いている蒲田くんは一度はぐれて、八尺様の出た十字路そばで再会したグループの人である。
絢子と同い年らしい蒲田くんはおとなしめの青年だ。痩せ型で影も薄い。彼は佐藤さんの解決策に賛同していない。
俺と絢子も同様だ。
そう、俺の隣を歩いている女の子、西田絢子。高校の後輩、高校時代に付き合い始めた。つかの間の別れのあと、よりをもどした。肩より少し上で切りそろえられたボブカット、おかっぱと表現したら少しだけ嫌な顔をする。その顔も可愛らしくてたまにわざとおかっぱという言葉を使って褒める。切れ長の目にやや茶色い瞳、楽しそうなときは目をきょろきょろとさせる。やや痩せ型で細長いが細すぎない手足、ひんやりとした綺麗な指で俺の手を握りしめている。
俺と絢子も佐藤さんプランに賛同していない。
ただ、俺は白田さんの解決策、すなわちあと七日生き残ろうというのに全面的に賛成しているわけでもない。
二日かそこらで十分の一にまで人数が減ったこのクソみたいな場所であと七日無事に生き残れる保証はない。
かといって、佐藤さんの解決策もうまくいくとは思えない。
他の二人はどこまで白田さんの解決策を信じているのかわからないが、俺は彼の態度に微妙な変化があるように思えてならないのだ。
俺は最後尾をとぼとぼと歩く白田さんを振り返る。
白田路、聞いたこともない大学の先生、民俗学者、鳥の巣みたいな頭の小汚い中年男性、口下手だし話し方はまだるっこしいが、皆のことを考え尽力してくれているように見える。しかし、どこかひっかかる。
そもそも彼と知り合ってから、まだ二日しか経っていない。えらく濃密な時間を過ごしているが二日だ。
そのような人を信用するだのしないだのという話自体がおかしなことなのはわかるが、少なくとも会ったあたりのほうが信用できたような気がする。
いや、このような言い方は失礼かもしれない。
単純に昨日の夜からすっきりしないことが続いてる気がするだけなのだ。
八尺様という化け物に高校生たちが連れ去られたとき、俺は彼を疑ってしまった。
犠牲者が出るのを待っていたのではないかと。
もちろん、それは推測にすぎない。
しかし、以降の彼の行動もなんとなくひっかかるのだ。
たとえば、田んぼの奥のクネクネのときだ。
あれも有名な話だったはずだ。
認識すれば引き込まれる。
彼が研究者ならば、田んぼ、「全身タイツみたいな」だけですぐにわかったのではないだろうか。
それなのに、彼は確認するばかりで警告が遅かった。
結果として二人が犠牲になった。
意図的に警告を遅らせたのだとしたら……。
もう一度振り返る。
白田さんと目があう。
ニッと笑って手を振る。
以前と変わらず少し挙動不審ではあるが、気の良い人にしか見えない。
しかし、それでも俺の疑念はとまらない。
アパートのときもそうだ。
彼は真っ先に逃げた。
何が起こるのか知っているとしか思えないような反応速度だった気がする。
八尺様の件だけならば、気のせい、偶然で片付けられたかもしれない。
しかし、それ以降も続いている。
八尺様をのぞけば、それらの不審な行動は公衆電話で何かを呼び出してからである。
あの公衆電話で彼はいったいどのようなことを告げられたのだろうか。
「悟くん、大丈夫? なんか思い詰めた顔してるよ」
絢子に声をかけられて、我に返る。
「ああ、うん……どうやったら帰れるのかなって考えてた」
「怖い顔してたよ」
絢子は俺の手を放すと、両手で角をつくって精一杯の怖い顔らしきものをしてみせる。
「あやちゃんがやると、怖く見えないよ。それとも、俺、そんな可愛い顔してた?」
軽口をたたく。
とりあえず、彼女だけは守ろうと誓う。
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