14 二つのやり方
午前四時四七分。
俺たちは二度寝する気にはならなかった。
高校生二人が引きずられていったと思しき現場のあとは見ない方が良いと伝えた。
もちろん、玄関にそれがある以上、出ていく時に目にせざるをえない。
それでもわざわざ今出ていって確認するような代物でもないし、ましてや確認して気分がよくなる代物でもない。
そうはいったものの、何名かは気になるようで、外に出ていった。
強面の自由業、佐藤さんもその一人だ。
彼は外から帰ってくると、一緒に確認にいった者と何事かを話し合っていた。
朝食の支度をしていると、車の停まる音がした。
昨日同様、ブラックスーツの二人組が入ってくる。
サングラスはもちろん室内でも外さない。
それどころか室内に土足で入り込んでくる。
そのうえ室内であるにもかかわらずマイクロフォンでがなりたてる。
抑揚のない大音量が俺たちの鼓膜を容赦なくたたく。
こいつらは何なのだろうか?
都市伝説の存在、いわば人の姿をした怪異だと白田さんは言っていたが、本当にそうなのだろうか。
サングラスで隠された目にはどのような光が浮かんでいるのだろうか。
そもそもサングラスをとったときにこいつらに隠された目があるのだろうか。
佐藤さんがじっと彼らを見つめている。
一挙手一投足を観察しているかのようだった。
「本日のチェックアウト時間は午前一〇時となっております。お忘れ物のないようにお気をつけください」
「本日もしっかりと歩いて生き残ってください。地獄はあなた方をいつでもお待ちしております」
「サッサトジゴクニオチロ」「サッサトジゴクニオチロ」
マイクロフォンから流される大音量の音が俺たちの鼓膜を容赦なくたたく。
「きこえてんだよ、うるせえんだよ」
蒲田くんという大学生がぼそっとつぶやく。
「サッサトシネ」「サッサトシネ」
「ジゴクイキダ」「シネゴミムシドモ」
二人組は彼に近寄るとマイクロフォンでさらにがなりたてた。
耳をおさえてうめく蒲田くんを残して去っていく二人。
佐藤さんと何名かがニコニコしながら彼らを見送った。
「チェックアウト」までまだ時間もあるので、俺たちはゆっくりと朝食をとる。
朝食のときに佐藤さんが声をひそめて話をはじめた。
「こんなふざけた遊びにいつまでも付き合ってられねぇ」
小声ではあるが、しっかりとした口調。佐藤さんはあたりを見回す。
明け方話し合っていた者たちが大きくうなずいて賛意を示す。
「あいつらは毎日来る。二人だけでだ」
武装こそしているが、二人だ。その上、隙だらけだ。車も別にごく普通のキーを差し込むタイプだという観察結果を佐藤さんが話す。
「つかまえて一人殺して、もう一人泣くまで脅せば何とかなるだろう」
お前ら、どうだ。佐藤さんはそう言って続ける。
「どうだ? 先生?」
問われた白田さんは首を横に振る。
「僕は僕で解決策を考えてみようと思います。まずはそちらをあたるので、お手伝いはできません」
白田さんの返事を聞いた佐藤さんは俺の方をじっと見る。
それほど簡単に脱出できるわけはない。俺は目を伏せてしまう。
佐藤さんは「もやしやなぁ」と一人笑う。
「まぁ、ええわ。車の定員もあるからな」
車の定員という言葉に一人の若い女性――相馬さんという――が自分も参加すると伝えた。
ひとしきりあたりをみまわすが、それ以上の反応はなかった。
佐藤さんはふんと鼻をならすと「まぁ、ええわ」ともう一度言った。
彼の賛同者、清水さん、隅田さん、瀬能さんの三名は二十代前半から三十路といったところで、全員体格も良いし、瀬能さんにいたっては手首までびっしりとタトゥーが施されていて、いかにも強そうである。
彼が白田さんや俺に声をかけたのはどちらかというと、しばらく一緒に過ごした、そのよしみでといった意味合いが強いのだろう。
彼なりの好意はありがたいものだが、素直にそれに乗れるほど、楽観的にはなれなかった。第一、危険であるし、万が一車を奪うことができたとしても、このクソッタレな世界の事だ。前に白田さんが話していたが、気がつけば得体のしれない恐ろしい何かが乗り込んでくるということも十分有り得る。だから佐藤さんの話に乗れない。
かといって、白田さんにも少し不審感を抱いてしまっている。
彼なりの「解決策」とはいったものの、その解決策は俺たち全員を助けてくれるものなのだろうか。
頼りなそうな見た目でありながら、必死にアドバイスをしていた彼と今朝の彼は雰囲気が異なっていた。
問題を解決するために二人の高校生を生け贄に用いたのではないかという疑念は俺の中でしこりのように残っていた。
しかし……、俺はどうなんだろう。
絢子と自分さえ助かれば他の人を見捨てても良いと心のどこかで思っているのではないだろうか。
今、そう問われたら、否定する自信がないのだ。
彼女は、善良な彼女は他人を優先してしまうかもしれない。
俺は甲斐甲斐しく真田さんの世話をする絢子を見る。彼女は自分の服や体が真田さんのよだれやら食べかすやらで汚れてもまったく嫌そうな素振りをみせない。嫌がってはいけないことくらいは俺でも理解できる。それでも躊躇なく彼女のように振る舞えるかといえば、まったく自信がない。
咳き込んだ真田さんが米粒を絢子の顔に飛ばした。彼女は動じない。
絢子は善良すぎる。だから、俺が彼女を守らないといけない。
「大丈夫、みんなで生き残りましょう」
彼女の笑顔にぎこちなくほほえみ返し、俺は冷めてしまった味噌汁の残りを食道の中に流し込んだ。
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