かけら 暗い部屋から

 彼らが教室でたむろして話に興じているとき、足を踏んでしまった。ただ、それだけのことである。

 もちろん、少年は謝ったが、謝り方が気に入らなかったようだ。

 小突く程度の暴力からはじまったそれは彼らが「おもろい」と感じる陰湿な「ネタ」へとつながっていった。

 ズボンと下着を脱がされて女子更衣室に蹴り込まれた翌日から彼は自宅に籠城することにした。


 ◆◆◆


 わたしはがんばった。

 ちゃんと言われた言葉はネットでしらべた。

 自分の言葉で書きなさいっていわれたから、ちゃんとていねいにですますになおした。コピペするなとかいってたけど、イミわかんない。だったら、おまえもでんしゃとか車とかつかうなよ。

 おもしろい話だとかんがえたからおもしろかったと「考察」ってやつもした。

 それなのにトーサクだ、かんそう文だとかわけわかんないこという。

 わたしがガンバったことをみとめてくれない。じゅぎょうだって四回しか休まなかった。しゅっせきとったあとに四〇分ぐらい途中でぬけたけどちゃんととちゅうでもどってきてあげた。あいつのつまらない話をジャマしないようにすみっこでスマホやっておとなしくしてた。ちゃんとすわってやってんだからかんしゃしろよ。リアクションペーパーもまいかい「おもしろかったです」とほめてやった。つまんない話をほめてやったのに。

 これだけガンバったのに、これだけほめてやったのに。あいつは不合かくとかいう。大学にはなししてもいいんだよってしんせつに教えてやったのに、どうぞどうぞとかいう。

 まじゆるせない。


 ◆◆◆


 「罪は償ったんです」

 かつての青年はそう言うとうつむいた。

 民事における損賠賠償が済んでいないことに関しては、「自分にも生活があるから」とつぶやく。

 彼がSNS上で披露している派手な写真について重ねて問うと、語気が荒くなった。

 彼の言葉をそのまま書くことは、どうしてもする気にならないが、生者である自分のほうが……


 記者から送られてきた記事を最後まで読むことはなかった。私は記事に火をつけて灰皿に放り込んだ。


 ◆◆◆


 お前が笑顔で話しかけてきたからかわいそうに思って誘ってやったんだ。

 それなのに断るというのが信じられない。

 自分がここまで勇気をふりしぼったのに断るなんて人の情がないのではないか。

 相手がいるのなら、その相手との関係を精算すれば良いだけだろう。

 中古品のおまえにここまで下手に出てやったのに本当にむかつく。


 ◆◆◆


 ぬいぐるみはたくさんある。

 さしあたっては二つ、あいつら二人。

 うまくいけばもっとたくさん必要だ。

 UFOキャッチャーは得意だ。


 ◆◆◆


 僕は刃物を刺すとクローゼットの中に隠れた。

 塩水を飲み込んでしまわないように鼻で息をしながら、ゆっくりと数を数える。

 カタカタという音がとても怖い。

 長い長い時間が過ぎた。

 恐る恐るクローゼットを開ける。

 ぬいぐるみは消えていた。

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