それは不条理、理不尽な

12 奇妙な声

 田んぼにかこまれた農道を俺たちはのろのろと歩く。

 帽子を少しずらして、額の汗をぬぐう。

 俺たち以外誰もいない。

 田舎の農道、日中というのは人の姿を見かけなくてもさほど違和感はない。

 

 どちらかというと俺たちの姿のほうが違和感を感じさせるものだろう。

 洋装店で着替えた俺たちの小洒落た服装はあからさまに農作業に向かない部外者のそれである。

 山高帽というのだろうか、ツバの付いた炊飯釜すいはんがまのような帽子を時折脱いで頭をかきむしる白田さんなどはよれた着物こそきていないが、横溝正史の世界のあの人を彷彿ほうふつとさせる。

 

 笑ってしまうような光景である。

 しかし、よだれをたらしながら虚空をみつめ、時折絶叫する真田さんが俺たちを現実いや非現実に引き戻し、笑うことを許さない。


 「無事帰って、皆でピクニックにいきましょう」

 絢子あやこが真田さんのよだれをぬぐってやりながら声をかける。

 真田さんはもう自力で歩くことをやめてしまったので、男三名が交代でおぶっている。

 絢子は自分も背負うといったが、三名でとめた。


 「姉ちゃん、知ってるかい? 全身の力が抜けちゃってるやつ、たとえば、クスリでいっちゃってるやつとかな、普通の何倍も重く感じるんだぜ」

 佐藤さんが言う。

 真田さんは小柄で細身であったが、それでもつかまろうとする気力もない人間はたしかに大変重かった。

 「さとるくんが酔いつぶれて運んだとき、大変でしたから……でも、悟くんに肩も貸したことがあるんだし……」

 「元気なときだったらな。今はやめとけ」

 佐藤さんは絢子の意見を聞かなかった。


 どこまでも続くような一本道、背中の真田さんの重みがまるでどんどん重くなる妖怪のように増してくると感じられる程度に疲労した頃、ようやく代わり映えしない景色に少しだけの変化が訪れた。

 見晴らしの良い十字路。

 左右の路からそれぞれ歩いてくる一団があった。


 「十字路というのは境界領域、変なものが出やすい場所なんですよね。気をつけましょう」

 白田さんの言葉を聞くまでもなく俺たちは身構えた。

 向こうから手を振られても、警戒していた。

 しかし、杞憂きゆうであった。

 少しすると、その中に見知った顔がいることに気がついたからだ。

 朝、はぐれた人たちであった。


 手をふって挨拶をする者もいる。

 しかし、そのような者も含め人数を減らした彼らは一様につかれきった険しい表情をしていた。

 向こうも俺たちを見て同じ感想を持っていることだろう。


 それでも俺たちは再会を喜んだ。

 一緒に過ごした時間は数時間しかない。それでも長い付き合いの友人に再開したかのように喜んだ。

 ただし、お互いの身にどのようなことが起こったかは示し合わせたかのように話題に出さなかった。

 何事もなかったかのように再会を熱烈に、ただどこかしら表面的に喜び、一緒に歩き出した。


 スマートフォンを確認すると、すでに午後五時をまわっていた。

 昼抜きでずっと歩いていることになる。


 「昨日の夜、俺たち、ここに連れられてきたんだったよな」

 誰かがつぶやくのが聞こえた。

 彼が言いたいことはわかる。

 だいたい一日半で俺たちの人数は一四名まで減っていた。


 十字路から遠くに見えた建物が俺たちの本日の宿泊地のようだった。


 【ごじゆうにおはいりください】


 そう貼り紙をされた大きな和風家屋。


 入る前にどこか遠くのほうから奇妙な音がした。

 「ぽぽぽ、ぽっ、ぽぽっ、ぽっ」

 かすかな音だった。

 聞こえたのは地獄耳の白田さんと俺だけだったらしい。


 白田さんがとてもとても嫌そうな顔をした。

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