11 誰もいない縁日で

 洋品店を出て、ほどなくするとアーケードの外へと出た。

 そのまま道案内の貼り紙にそって無人の街を歩く。


 どこかで見たような風景、明かりの消えた閉ざされた店舗の数々。電柱に記された番地を示す文字と数字はもちろん読めない。

 昼間にもかかわらず大通りには車も走っていない。

 終末世界のようだ。


 その終末世界も少しずつ景色を変えていく。

 アパートやマンション、小さめの戸建ての多かった街並みから、まずアパートとマンションが消えて、畑へと姿を変える。

 戸建ての数もまばらになり、その分、大きな一軒家が多くなっていく。 


 気がつけば、俺たち五名は郊外ののどかな場所を歩いていた。

 

 「ここがどこかはわかりませんが、近くに大きな宗教施設があるようです」

 先頭を歩いていた白田さんが振り返って告げた。

 参道に続く門前町のような雰囲気の場所に俺たちは入っていた。


 この先の寺社は大きなもののようで、暗く閉ざされた店舗もたくさんある。

 それどころか今日は縁が立つ日のようで、さらに「」だ。

 多くの屋台、テントが立っている。

 もちろん、誰もいないから、実際には賑やかでもなんでもなく気味悪いだけだ。

 さらに気味の悪いことにそれぞれの屋台はほんの五分前まで人がいたような形跡が残っている。


 お面やりんご飴が並ぶ。くじの景品はそのままだ。

 金魚すくいの金魚は……俺が目をやった瞬間に一斉に水面に腹を見せて浮かんだ。

 早回しで再生しているかのように金魚の腹が腐敗していく。

 やはり気味が悪い。


 「生き物をあつかう系の屋台は見ないほうが良い」

 俺は皆に告げる。 


 左右に屋台がひしめく中、俺たちは歩く。

 お好み焼きと書かれた空っぽの屋台、刻んだキャベツが風にふかれて飛ぶ。


 「俺も昔はお好みやらイカやらを焼きまくったもんよ」

 強面の佐藤さんが無人の屋台からコテを取るとひっくり返す仕草をした。

 洋品店を出てから、彼の口数はものすごく多くなっていた。

 彼が軽口を叩かなければ、田中さんと南田さんは試着室に入らなかったかもしれない。

 彼なりに責任なり罪悪感を持っているようだったが、彼の罪悪感の解消に付き合ってやる余裕のある者はいなかった。

 だから、誰も答えない。


 「ノリが悪いな、てめえら」


 「静かにして。うるさい」

 昨晩、他人を激高させてひどい暴行を受けた真田さんが殴られて腫れた顔でぼそっと言う。

 佐藤さんが真田さんの胸ぐらをつかむ。

 真田さんの服のボタンがはじけて下着があらわになる。

 それにもかかわらず真田さんは、ほぼ無反応だった。

 腫れ上がった目でただ佐藤さんを見つめていた。

 絢子あやこが割って入り、真田さんに上着を着せる。彼女は真田さんの背中をゆっくりとさすりながらこちらに目配せをする。


 彼女の目配せを受けて、俺は佐藤さんを引き受けることにした。


 「すみません、考え事してました」

 俺は佐藤さんを落ち着かせるために彼の話し相手を務めることにした。

 彫り物が入っていて、そちらの人かと思ったが彼はテキヤなのだそうだ。


 「どちらも擬似的なオヤコ関係を結ぶなど、似たような組織形態を持ちます」

 白田さんも話に入ってくる。

 佐藤さんは話し相手ができて嬉しそうだった。

 

 「兄ちゃん、学者なんだろ? もやしのくせにくわしいねぇ」

 佐藤さんの言葉に、白田さんはそういう研究があるんですよと答えていた。

 暴走族やテキヤ、アメリカのドラッグディーラー、そういったものまで調査研究をおこなう人がいるらしい。


 「で、兄ちゃんはあなたの知らない世界の研究をしてるってわけか? 今の学者先生は本当に糞の役にもたたねぇことやってんだなぁ」

 白田さんはひひひと笑ってから、「今は役に立っているでしょ」といって勝手に屋台から貰ってきたりんご飴をかじっている。


 「こういうところで食べたらいけないって話ありませんでしたっけ? ギリシア神話とか映画とかで」

 俺は有名なアニメ映画の名前をあげる。心配そうなことを言いながらも、白田さんに習って屋台の食べ物をいただいている。

 

 「ああ、あれね。そりゃ、ありますよ。ヨモツヘグイにペルセポネのザクロ。でもね、それを言い出したら、僕らは昨日から散々飲み食いしてますからね。だから大丈夫と判断しました。それに僕、りんご飴好きですし」

 まぁ、たしかにそうかもしれない。

 それにしても、どこか一本頭のネジが抜けた人である。

 

 それでもこの奇人のおかげか長い参道を歩いていくうちに俺たち一行の空気が少し良くなる。

 歩いていくと、昼間にも関わらず明かりをつけたテントがあった。

 屋台のテントと違い、中が見えないようになっている。

 文字の大半はぐにゃりとしていて目をそらしたくなるものであったが、【見世物小屋】という文字だけは俺たちが認識できる文字で大書してあった。


 中からは古い歌謡曲のようなものに紛れて女性の話し声が聞こえた。

 か細い話し声であったが、「田中」、「南田」という名前が混じっていた。


 それまで呑気にりんご飴をかじっていた白田さんは天を仰ぐと、頭をかきむしった。べたついた手でもともと鳥の巣のようにぼさぼさの髪の毛がさらに妙な具合に逆立った

 

 佐藤さんが見世物小屋に突っ込んでいく。

 

 「行っちゃいけない、行っちゃいけないだめだ行っちゃいけない」

 座り込んでしまった白田さんに気をとられた間に真田さんも中に入ってしまう。


 絢子に白田さんをまかせて、俺は二人を連れ戻しに中に入る。

 

 テントの中、入場口と張り紙された黒い垂れ幕をくぐり抜ける。

 中にはパイプ椅子としつらえられた小さな舞台。

 そこで佐藤さんと真田さんは立ち尽くしていた。

 舞台に座る二人は知り合いだった。

 

 涙と鼻水がとめどなく出てくる。

 胸を押さえて吐き気をこらえる。


 叫び声をあげたら、絢子が入ってきてしまうだろう。

 だから、涙と鼻水は出そうとも、ゲロまみれになろうとも叫び声だけは漏らさぬようにつとめた。


 あたしは西園女学院大学二年生の田中芽衣子です。助けてください助けてください。

 わたしは西園女学院大学二年生の南田舞依です。お願いですから助けてください助けてください。

 オネガイデスカラタスケテクダサイ、タスケテクダサイタスケテオネガイ……。


 四肢を切断された二人がうつろな目でつぶやき続ける。

 目が合ったが、俺のことを認識していないようだった。


 真田さんが顔をおおって叫ぶ。

 そしてそのままへたりと座り込んだ。

 肩をゆすったが、もはや女子大生二人組同様うつろな目でぶつぶつとつぶやくだけで正気をうしなったことは明らかであった。


 佐藤さんの頬を張って正気に戻す。

 二人で真田さんを見世物小屋の外に引きずり出した。

 

 真田さんの叫びに反応したのだろう。今まさに入ってこようとする絢子を垂れ幕の前で押し留める。

 

 「あやちゃんは入っちゃ駄目だ。真田さんをお願い」


 そして、再び黒い垂れ幕をくぐり抜ける。

 

 二人の姿はもはやどこにもなかった。


 ◆◆◆


 俺たちは自力で歩くことと他人との意思疎通の一切をやめた真田さんを交代でおぶいながら進んだ。

 参道を抜け、寺の敷地を抜けていった先には、田んぼの広がるのどかな風景であった。

 小さな地蔵堂の屋根の上にトンボがとまっていた。


 人の気配が一切しないこと、地蔵の首がないことを除けば本当にのどかな場所であった。

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