04 ブラックスーツの二人組

 ひそひそとした声と嗚咽だけが聞こえる公園に二人の男が入ってきた。

 皆がいぶかしむ中、鳥の巣頭氏だけがヒヒッと気持ちの悪い笑い声をもらす。


 黒いスーツに身をつつんだ男二人、ネクタイも黒く、喪服であるかのようだ。

 ただし、彼らが死者をいたもうという気持ちでそのような服装をしているのでないことはこの真夜中にサングラスをかけていることから明らかである。

 突然歌ってくれるような陽気さももちろんない。ただひたすらに陰気な臭いをまとわりつかせた中肉中背の二人組みだ。


 片方がドラマに出てくる警察手帳のようなものをかざす。

 手帳の出現でささやき声が一瞬とまる。


 「ご足労ご苦労さまです。法務調査調停監視庁の馬頭めず三川さんかわと申します。皆様は厳正なる審査の結果、この場に集まっていただきました」

 

 「法務調査調停監視庁、法務調査調停監視庁です。皆様は我々の指示にしたがってください」

 もう一人が聞き慣れない役所名を連呼しながら手帳を見せつけるようにかざす。


 【法務調査調停監視庁 Legal Investigation and Mediation Board of Observation】という朱色で刻印された文字列がかろうじて読み取れた。


 あからさまに怪しい。

 ふたたびささやきがおこり、それは集まってざわめきになる。


 「皆様は他者に恨まれるようなことをされました。それも手続きされて正式に訴えられております。大変よろしくないことです。結果として、皆様はこちらで特殊刑の執行をされることになりました」

 ざわめきはどよめきとなり、怒号へと成長する。


 俺は絢子と顔を見合わせる。

 俺は聖人君子ではない。言いたいことは言うし、性格だって別に良いわけでもない。だから人の恨みを買っていると言われても納得はできなくとも理解はできる。しかし、彼女が人の恨みを買うなど信じられない。交際相手である俺が言うのも何だが、彼女はびっくりするぐらいに性格の良い子だ。何の間違いであろうか。


 ブラックスーツの二人組は自分たちに浴びせられる怒号を気にせず続ける。


 「特殊刑には回避の方法がございます。私たち法務調査調停監視庁としましても、皆さまを無闇矢鱈むやみやたらと刑死させることは本望ではありません」

 二人組の片割れが棒読み口調で告げる。その口調が発言内容とは真逆の意味内容を俺たちに伝達する。


 「刑死? えっ? 死刑ってこと?」


 「なめてんじゃねぇぞ、こらっ!」


 一人の男がブラックスーツの二人組に怒声を浴びせた。

 彼はそのまま二人組の片割れの胸ぐらをつかむ。


 「訳分かんねぇこと言ってんじゃねぇぞ。何だてめぇ、ここは日本だ。意味不明なこと言ってんじゃねぇ」

 

 パンという音とともに男が倒れた。

 胸ぐらを掴まれていたブラックスーツの男は拳銃らしきものをしまうと、ポケットからハンカチを取り出して、顔の返り血をぬぐった。


 一瞬の間のあと、けたたましい悲鳴があがる。

 ふたたびパンパンという乾いた音がする。

 悲鳴を上げていた者、悲鳴を上げていない者、数名がその場に倒れた。

 悲鳴はおさまり、すすり泣きと嗚咽だけがその場に残った。


 男はサングラスのブリッジを押し上げると何事もなかったかのように話を続ける。


 「すべての刑の執行を回避された方には生還の権利がございます。もちろんその権利をつかむことができなくてもご安心ください。地獄が皆様をお待ちしております」

 二人組の片割れが言い終えるともうひとりが「ご安心ください。地獄が皆様をお待ちしております」と復唱する。

 ここは地獄に違いないと思っていたが、そうではないらしい。

 とても嫌な、腹立たしい気分になる。


 ブラックスーツの二人組はそのまま公園の外に向かう。

 彼らは闇夜に紛れるような黒いセダンに乗り込み消えていく。


 しばらくなりをひそめていた悲鳴と怒号が再び公園を支配した。

 俺は自分と絢子がその一団に入らないようにするので精一杯だった。


 そんな俺たちに先程の鳥の巣頭氏がニコニコしながら話しかけてきた。


 「ちょっといいですか? 先程の話で自分の仮説がそこそこいい線いっているという確信に変わったんですよ。いや、もちろん、自分に都合の良い一部を拾っているだけという可能性もあるんですが、今のところ私の考えは正しいみたいなんです」

 彼は相変わらずの早口でそれでいてまだるっこしく話し始める。

 

 先ほど、俺たちを襲った化け物はテケテケという都市伝説、いわば現代の怪談伝承にあらわれる存在であること。


 「都市伝説には語り手が必要なんです。だって、化け物に会って、人知れず殺されてたら怪異が伝えられないですよね。生き残った人間イコール語り手というわけではないのですが、生き残りがいなければ、語り手は伝承することができないわけなんですよ」

 何が面白いのかわからないが鳥の巣頭氏はニヤニヤしながら説明をする。

 彼は大きく息を吸うと、頭をかきむしる。

 鳥の巣が揺れ、ぱらぱらと白い粉が舞い落ちる。


 「だからね、テケテケに向かってあなたが叫んだという言葉聞いた時、僕、もうね、これだって思っちゃったわけですよ」

 俺がテケテケに向かって放った「地獄に落ちろ」という言葉は彼女から逃れる一種の呪文として伝承されているのだという。

 

 「それでブラックスーツの二人組メン・イン・ブラックでしょ。で、名前がメとサンカワ、メヅサンガワメヅサンガワメッサンガワってね。もうね、都市伝説の玉手箱、都市伝説の無国籍料理ってやつなんですよ」

 早口でまくし立てると両手で頭をかきむしった。

 白い粉が舞い落ちる。


 俺はメン・イン・ブラックといったら、映画しか知らなかったが、彼らもアメリカの都市伝説に出てくる存在であるのだそうだ。

 むしろ映画のほうが都市伝説に着想を得てコメディ映画にしたということらしい。

 無国籍料理たらしてめている彼らの名前は日本の人ならぬ存在の名乗りとして語られ始めているものを想起させるという。


 「だから! 僕らは正しく対処すれば良いんです」

 鳥の巣頭氏が両手を振りながら力説する。

 ブラックスーツの二人組が「回避」といったように都市伝説の怪異には逃れ方が示されているものがほとんどであること、その方法を実践した俺が実際に回避できていること。

 だから、気をつけていれば生還できる可能性が高まる。鳥の巣頭氏は熱っぽく語る。頭からはとめどなくフケが落ちる。

 ここまでまくし立てるようにして言った後、彼は「あっ!」とつぶやいてポケットを探り出す。


 「僕はすこし人とのコミュニケーションが苦手で。あっ、僕、白田いいます」

 鳥の巣頭氏がジャケットのポケットからくちゃくちゃの紙切れをとりだした。

 ティッシュペーパーと妙なシミのついた紙切れは名刺だった。

 名刺入れがどこかに消えてしまってと彼は言い訳をする。人に渡すには汚い代物であることは自覚しているらしい。

 

 聞いたこともない大学名と現代グローバルコミュニケーション、ビジネス人材学科というわけのわからない学科名と助教という職名、その下に「白田路 SHIROTA Michi、Ph.D」と記されていた。


 「僕ね、こんな感じですから。えっと、あなた、あなた……」

 俺は名乗っていなかったことに気がつく。


 「帰山悟かえりやまさとるです。こちらが西田絢子にしだあやこ……その……」


 「彼女です」

 絢子が続ける。

 鳥の巣頭氏改め白田さんは美人さんでとそっぽを向きながら言う。

 変な間合いで話しかけてくる割には目を合わせるのが苦手らしい。

 確かに本人が自覚している通り、コミュニケーションが得意な方ではないようだ。


 「で、僕はこんなんですから、君がうまいこと説明してほしいんです」

 たしかに白田さんのいかにも学者っぽい断定を避ける話し方は、人に素早くものを伝達するのに向いていなかった。

 俺と絢子がどうやって白田さんの話を他の皆に伝えようかと相談し始めた時、遠くに明かりが見えた。


 「向こうに明かりが見える!」

 誰かが叫ぶと数名が明かりに向かって歩み始めた。


 「移動して大丈夫なの?」

 絢子の俺への問いに白田さんが目をそらしたままうなずいた。

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