第22話 政虎君はどこか怖いと思う
私の事で男の人が二人言い争いをしているのだけれど、私が好きな右近君はその言い争いには加わらず私のそばで守ってくれている。北川さんと政虎君が私の事を好きなんだという事があらためて感じられたのだけど、ハッキリ言って私は二人にこれっぽっちも興味を持っていない。北川さんの事はいい人だなと思ったこともあったし、お店に来てくれている時も紳士的なのである程度の好意は持っていたけれど、ちょっと年上すぎると思っていたので異性としての好きとは違うものであったし、政虎君にいたっては右近君と仲が良いから話をしているだけに過ぎないのだ。
でも、こうして右近君が私のすぐそばに居てくれるという事はとても嬉しい。右近君がすぐ近くにいてくれるから怖いなんて思いは無いけれど、こうして怖がっているふりをして右近君に抱き着いていることが出来ているのは幸せなことだと感じていた。
ハッキリ言って、あの二人がどれだけ私の事で揉めていたとしても私には関係ないことだと思うし、いくら言い合ったとしても私の気持ちがあの二人に向くことなんてない。政虎君の話が本当なら北川さんには奥さんも子供もいるという子になるんだけど、私はそんな人と不倫をするつもりなんて無い。というよりも、私は北川さんの事を異性として見るつもりなんて全くないのだ。政虎君の事は今までも何か怖いと思う事が多かったけど、今日の政虎君を見ていると私の感覚は間違いじゃなかったんだと実感してしまっていた。
「一応確認しとくけど、桜さんはあの人と付き合ってるとかはないよね?」
「そんな事ないよ。私はまだ誰とも付き合ったことないし、好きな人もいるから」
「そうなんだ。その好きな人ってあの人ではないんだよね?」
「うん、全然違うよ。北川さんの事をそういう目で見た事は一度もないから」
他のお客さんと違って紳士的でさわやかな北川さんの事をちょっとは良いなって思ったこともあったりはしたけどさ、本当に来田川さんの事を異性として意識したことなんて一度もないんだよ。私はずっと右近君の事が好きなんだもん。そんな事思うはずがないよね。
「それなら良かった。おい政虎、桜さんはそいつの事を何とも思ってんだって。付き合ってるわけでもないって事だぞ」
「そんなの知ってるよ。こんな奴と唯菜ちゃんが付き合ってるなんて思わないし」
「な、何を言ってるんだ。僕の事を唯菜が何とも思ってないわけないだろ。いつだって僕に優しくほほ笑んでくれているし、僕と目が合えば笑顔を見せてくれているんだぞ。そんな唯菜が僕の事を何とも思ってないなんてそんなはずはない。そうか、こいつらがいるから恥ずかしがってそんなことを言ってるだけなんだ。そうに違いない」
私が北川さんに対して恋愛感情を持っていないという事は間違いないし、笑顔を見せていたのだってお客さんと店員の関係なんだから当たり前だと思うんだけどな。私は北川さんだけに笑顔を見せているわけではないし、こんな風に思われているなんて知らなかった。他の人も北川さんと同じような考えを持っているんだとしたら、私は明日から怖くて人前に出ることが出来なくなっちゃうかもしれない。
「いい加減に気付きなよ。唯菜ちゃんはあんたの事なんて別に好きでもないんだって。あんたは家族がいるんだからこの辺で引き下がった方が良いと思うんだけど。あんまりしつこいとこっちもそれなりの事をしないといけなくなっちゃうよ」
「そんなはずはない。それに、僕の家族とか関係のない話題を出すな。そもそも、お前は僕の家族の事を知っているとでもいうのか。お前の方こそ何も知らないただの部外者だろ。俺と唯菜の問題に口を挟むな」
「あんたと唯菜ちゃんは特別な関係なんかじゃないって気付けよ。唯菜ちゃんはお前に興味なんて持ってないってのは自分でもわかってるだろ。この辺で身を引いていた方が子供も悲しまないと思うぞ。明日だって動物園に行く約束をしてるんだろ?」
「お前はいったい何を言っているんだ。何で動物園の事を知っているんだ?」
「なんでって、あんたの娘が嬉しそうに教えてくれたよ。明日はパパもお休みだから一緒に動物園に行くって言ってたし、おにぎりもママと一緒に作るって言ってたぞ。明日は天気もいいみたいだし、いい思い出が作れるといいね」
「やめろ、なんでお前がそんな事を知っているんだ。お前、まさか、僕の娘に何か変な事でもしてないだろうな」
「そんな事をするわけないだろ。たまたま買い物をしてた時に仲良くなってちょっと話をしただけだよ。そう言うことってよくあるだろ」
「よくあるだろって、僕の妻が娘を連れてこっちまで買い物に来るはずも無いし。まさか、僕の家の近くまで行ったという事なのか」
「たまたまだけどな。あのスーパーは小さいながらもフードコートがあって便利だよな。俺はあそこのお好み焼きを食べるのが好きでたまに行くんだよ。お前の娘はうどんが好きだって言って美味しそうに食べていたけどな」
「本当にお前は僕の家族の事を知っているのか。いったい何が目的なんだ。そこまでして僕と唯菜の邪魔をしたいとでもいうのか」
「別にそう言うわけでもないんだけどな。でも、このままあんたが唯菜ちゃんに付きまとうって言うんだったら、お前の娘にお願いをするしかなくなっちゃうかもしれないな」
やっぱり政虎君って悪い人なんだね。
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