第23話 政虎君はやっぱり怖い人かもしれない

 右近君は北川さんと私の間に入って守ってくれているのだけど、政虎君は少し離れた位置から北川さんをいたぶるようにネチネチと家族の話題を出して北川さんが反論する間を与えないようにしていた。

「俺としては唯菜ちゃんに直接関わるような事をしないって約束してくれるんだったら何もするつもりはないんだよ。これから先あんたみたいな勘違いした男が出てきても困るんだけどさ、どうしたもんかな。それをわからせるためにあんたのやったことをみんなに知らせるってのも一つの手かもしれないな」

「な、何を言っているんだ。今日はたまたまちょっと強引になってしまっただけであって普段から悪いことをしているわけではないんだぞ。それに、僕は君が何の話をしているのかさっぱり見当もつかないのだが。そもそも、僕が何かをやった証拠でもあるというのかね」

「あんたは本当に何もわかってないのかよ。証拠がちゃんとあるから言ってるんだろ。何の証拠も無しに言うわけないんだよな。あんたがどうして急に異動になったことに対して何の疑問も持っていないのかという事が謎なんだけどさ、何か心当たりでもあるわけ?」

「そんなものあるわけないだろ。僕が異動になることとお前が何か関係でもあると言いたげだな」

「まあね、あんたも薄々感づいてはいるみたいだけどさ、その通りだからね」

「お前が言っている意味が全く理解出来ないのだが。何か言いたいことがあるんだったらはっきりと言ってみたらどうなんだ?」

 北川さんと政虎君はまだ何か言い合っているみたいだけど、こんなのを見ているよりも今のうちに家に帰ってしまった方が良いのではないかと思って右近君に確認してみることにした。

「ねえ、今のうちに私の家に帰ったらダメかな?」

「ダメじゃないと思うけど、ここに居るのが怖かったら桜さんは先に帰ってて大丈夫だと思うよ。最終的にどうなったかはちゃんと後で報告するからさ」

「私は北川さんと政虎君がどうなったかはそこまで興味無いから大丈夫だけど、外にいるのも寒いし右近君も一緒に私の部屋で暖かい物でも飲まないかな?」

 私が右近君を誘ったとしてもいつも断られているんだけど、今日はなんだか大丈夫なような気がしていた。根拠なんて何もないけれど、今日みたいな状況だと右近君は断らないと思うんだよね。だって、Tシャツ姿の右近君の腕は鳥肌が立っているから暖かい物欲しいと思うんだよね。

「その提案はありがたいけどさ、俺は政虎に何かあったら困るからここで見守ってることにするよ。桜さんの事も心配だけどさ、やっぱり政虎の事が心配になっちゃうんだよね。あいつはこういう時ってちょっとやりすぎてしまうから思わぬ反撃を食らっちゃうことがあってさ、そんな時に俺がいないと政虎を助ける人がいなくなっちゃうからね」

「そうだね。変な事言ってごめんね」

 私の提案を断わって政虎君を心配するってのは美しい友情だと思うけどさ、こういう時は女の子に恥をかかせるような事はしない方が良いと思うんだよね。男同士の友情ってかっこいいと思うけど、度を越えたらあんまりいいなとは思えないんじゃないかな。


「お前は僕が異動する事と唯菜が関係あるとでも言いたいのか?」

「関係あるというよりも、直接の原因だと思うけど」

「本当にお前は何を言っているんだ。俺の仕事に唯菜が関係あるわけないだろ」

「確かに唯菜ちゃんはあんたの仕事に何の関係もないと思うけどさ、あんたが唯菜ちゃんにやっている事はあんたの会社的にも見過ごすことが出来ないんじゃないかな。ほら、良く撮れてるだろ」

 政虎君は北川さんに近付いて何かを手渡していたんだけど、それを見た北川さんはその場に膝から崩れ落ちてしまっていた。いったい何を見せたのだろうと気にはなっていたのだけれど、二人に近付こうとしても右近君に止められてしまった。初めて右近君が私の手を掴んでくれて少しだけ嬉しかったな。

「それの他にもまだまだたくさんあるんだけどさ、全部持ってきてあげようか?」

「この写真、一体いつの間に撮ったんだ。全く撮られた覚えがないんだが」

「そんな事はどうでもいいんだけどさ、あんたらだってそう言う風に写真を撮ったりしてるんだろ。それとあんまり変わらないんじゃないかな」

「僕はそう言うのとは違うから。カメラマンじゃないし」

「まあ、そんなのはどうでもいい事だしね。で、これからまだ唯菜ちゃんに付きまとうつもりはあるのかな?」

「明日にはもう引っ越しをしないといけないから唯菜にはもう会いに来れないかな。ごめんな」

 私は北川さんに何で謝られているのかわからなかった。職場が変わるという事は理解出来たのだけれど、それと私に何の関係があるというのだろうか。さっき政虎君が見せていたものに関係があるのかとも思うのだけれど、私からは何を見せていたのか全く見えることは無かったのだ。

 北川さんに封筒を渡した政虎君がゆっくりと私達の方へと近付いてきたのだけれど、北川さんはとめてあった車に乗り込んでそのまま向こうへと走り去っていってしまった。最後に挨拶しといたほうが良かったかなとも思うけど、さすがに車に無理やり乗せられそうになったばかりなので近付くのもちょっと怖かったんだよね。

「そう言うわけで唯菜ちゃんはもう大丈夫だからね。でも、これからまた似たような事が起こるかもしれないし、その時のためにも右近が唯菜ちゃんと同じところでバイトするのがいいんじゃないかって思うけど、今ってバイト募集してたりするのかな?」

「募集はしてるかわからないけど、いつも人手不足だし右近君みたいな人が入ってくれたらお店も助かると思うよ」

「決まりだな。次に唯菜ちゃんがバイトの時に募集してるか聞いてもらっていいかな?」

「ちょっと待ってくれよ。俺じゃなくて政虎が桜さんと一緒に働けばいいんじゃないか。俺はバイトなんてやるつもりないんだけど」

「まあそう言うなって。唯菜ちゃんに何かあった時のために頼むって」

「頼まれても困るんだよな。俺は別にお金が欲しいわけでもないし」

「それは良いんだけどね、政虎君は北川さんに何を渡したの?」

「ごめん、それはさすがに言えないかな。あんまり良いものでもないからね」

 正直に言ってしまえば政虎君が何を渡したのかなんて気になってはいなかった。今はそれよりも、右近君が私と一緒にカフェでバイトをする事になるかもしれないという事の方が需要だ。例え店長がバイトを募集してないと言っても強引にでも右近君を紹介してしまわないとね。一度会ってくれれば右近君が良い人だってわかってもらえるはずだからね。

 でも、政虎君は北川さんと一体何を話していたんだろう。少しだけ聞こえてきた事をまとめると、政虎君は北川さんの事を色々と知っていたという事なんだよね。二人に接点なんて何もないと思うんだけど、どうして私の知らない北川さんの事を政虎君は知っていたのだろう。その理由はわからないけれど、政虎君って私が思っている以上に危ない人なのかもしれないな。


 今はこうしてバイト帰りに右近君が家まで送ってくれるようになったので安心なんだけど、北川さんの事があった時に政虎君がどこかで見ているんじゃないかと思うとその方が怖くなってしまっていたのだった。こんな事は右近君には言えないけれど、私は北川さんの事よりも政虎君の事の方が怖いって思ってるんだよね。

「今日も送ってくれてありがとうね。あれ以来ちょっと一人で帰るのが怖くなってるから助かるよ」

「あんなことがあったんだから唯菜も不安だろうけどさ、バイトが同じ日は家まで送るからね。それに、今日はこれから政虎の家に行く用事もあるからちょうど通り道だし」

「そうなんだ。政虎君とまた一緒にゲームでもするの?」

「どうだろうな。ゲームはするかわかんないけどさ、唯と愛華が作ってくれた晩御飯の残りを貰いに行く予定なんだよね。たぶんたくさんあると思うけど、唯菜も一緒に食べに行く?」

「唯ちゃんと愛ちゃんの作った料理は気になるけどさ、もう遅い時間だから遠慮しとくよ。あんまり遅い時間にご飯食べないようにしてるんだ」

「そうなんだ。じゃあ、また明日学校でね」

「うん、ありがとうね。また明日学校で会おうね」

 右近君は私を家まで送ってくれた後は必ず政虎君の家に言っているようだ。私が無事に家に着いたという事を政虎君にも知らせているのだと思うんだけど、それは政虎君が私の事を今でも心配して見守ってくれているからなんだろうね。何か変わったことがあったら北川さんの時みたいに何かしてくれるんだとは思うけど、私はそんな事して欲しいとは思ってないんだけどな。

 でも、こうして右近君と一緒にバイトが出来ているのは政虎君のお陰なんだよね。それだけは感謝してるんだよ。本当にそれだけは感謝してるんだよ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る