第21話 私の知らない事

 私の知らない北川さんの事をなんで政虎君はこんなに詳しく知っているのだろう。私を連れ去ろうとする北川さんの事も怖いけれど、私の知らないことをたくさん知っている政虎君の事も何だか怖く感じてしまっていた。

「大丈夫だよ。桜さんは突然の事で怖いかもしれないけどさ、俺と政虎がちゃんと桜さんの事を守るからね」

 私は右近君の優しい声を聴いて少しだけ落ち着きを取り戻してはいたけれど、北川さんと政虎君のやり取りを見て二人に恐怖を感じてはいた。私の事をそんな風に勝手に見ていた北川さんの事はもちろん怖いと思うのだけれど、北川さんと面識のないはずの政虎君が私の知らなかった北川さんの事をとてもよく知っているという事の意味が分からず北川さんの事以上に政虎君の事が怖くて仕方なかった。

 恐怖に震えている私の事を気遣ってくれた右近君は私の方を見て笑顔を見せてくれた。その笑顔は二人の事を忘れさせてくれるような気さえ起こさせてくれたのだけど、二人のやり取りを聞いてしまうと私は一気に現実へと引き戻されてしまっていた。


「何の権利があってお前は僕と唯菜の邪魔をするんだ」

「何の権利があってって言うけどさ、あんたは唯菜ちゃんの特別な存在じゃないだろ。あんたと唯菜ちゃんって、カフェの店員と客ってだけでそういう関係なんじゃないって自覚してるだろ」

「今はまだそうかもしれないが、僕と唯菜は心から結ばれているんだ。部外者であるお前たちが僕と唯菜の邪魔をするな。大事なのは今なんじゃない、僕たちの明るい未来なんだ」

 北川さんが話している間も政虎君はチラチラと私の事を見てきたのだけれど、冷たい感じのするその視線は私の事も責めているようにも感じてしまった。私は普通に接客をしていただけで北川さんに好意を向けられるような特別なことはしていなかったのだけど。

「そうか、お前も唯菜の事が好きなんだな。だから僕たちの事を邪魔するのか。何だ、ただの嫉妬野郎か」

「あのさ。お前と一緒にしないで欲しいんだけど。俺も唯菜ちゃんの事は好きだけどさ、あんたと違って俺は一途なんだよ。初めて見た時から唯菜ちゃんの事が好きだし、他の人に言い寄られてもソレになびくようなことは無かったよ。でも、あんたは俺と違って自分の嫁や子供の事も好きなんだろ」

「そんな事は今関係ないだろ。大体、お前は僕の何を知っているというだ。さっきから適当なことばかり言いやがって、お前はいったい何がしたいんだ」

「何がしたいんだって、お前みたいなストーカーから唯菜ちゃんを守りたいだけだよ。今日みたいに危ない目に遭わないか心配だったからな」

 政虎君はそう言いながらまた私の事をチラッと見たのだけれど、やっぱり政虎君の視線はどこか冷たさを感じてしまう。守ってくれているという事は嬉しい事なんだろうと思うけれど、さっきみたいな事が起こるという事を知っているみたいな口ぶりなのは気になった。でも、右近君はそんな政虎君の事を頼もしいと思っているような感じで見ているんだけど、本当に政虎君の事を頼っても大丈夫なのかな。私には何か北川さん以上に政虎君の事が怖いように思えてしまっている。

「ちょっと待て、お前は僕の事を見張っていたとでもいうのか。もしかして、お前は僕のストーカーなのか?」

「そんなわけないだろ。俺はお前みたいな危ないやつが唯菜ちゃんに変な事をしないか心配してるだけだ。今日は右近と買い物に行く途中にたまたま怪しい車を見かけたから見張ってただけだし、本当にお前みたいなやつがいるなんて思ってなかったからな。それに、今日は何となくお前が何かするんじゃないかって予感はあったし」

 政虎君は私の事を心配してくれているんだろう。それは理解出来るのだけど、何でバイトが終わって私が帰宅する時間帯に買い物に行こうと思ったんだろう。こんなに遅い時間に買い物に行かなくてももう少し早い時間に買い物に行くことだってできたんじゃないかな。もしかして、北川さんと同じで政虎君も私の事を見ていたって事になるのかな。でも、それだと右近君も一緒に私の事を見てたって事になるよね。それはちょっと嬉しいかも。

「ねえ、右近君はどうしてこの時間に政虎君と一緒にここに居たの?」

「さっきまで政虎と一緒にテレビで野球見てたんだけどさ、それが終わって何か食べるものでも買いに行こうかって話になったんだよ。それで、たまたまこの辺を通ってコンビニに向かってたんだけど、そこにとまってる車がなんか変だなって話をしてる時に女の子が男に捕まれてるのを見てしまったんだよ。その時は俺はその女の子が桜さんだって気付かなかったんだけど、なんかヤバいなって思って助けに入ったって感じかな」

「そうだったんだ。たまたま私が危ないところに遭遇して助けてくれたって事なんだね。ありがとうね」

「野球がもう少し早く終わってたり遅く終わってたりしたら桜さんを助けられなかったって思うと偶然って凄いなって思うよ。でも、俺達が近くに来たのに気付いてあの人が焦って桜さんを襲ったって可能性もあるんだよね。そう考えるとさ、俺達がここを通ったことが桜さんを危険な目に遭わせたって可能性もあるんだもんな。ちょっとそう考えると怖いかもね」

「ううん、そんな事ないよ。右近君達がいなかったら私はどうなってたかわからないし、右近君たちが助けてくれて私は良かったって思うよ。でも、いきなり掴まれて車に押し込まれそうになったのは怖かったな」

 右近君がここを通ったのはたまたまなんだと思うけど、政虎君はそういう風になるように右近君を誘導したんじゃないかなと思ってしまう。学校でも家の近くでも時々視線を感じてそのあたりを見てみると、政虎君によく似た人影を見かけることがあったりした。そう考えると、政虎君は私の事をいつも見てるのかなって思ってしまう。見守ってくれているのか見られているのか、似てるようだけど全然違うように感じてしまっていたのだった。

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