第3話 髑髏沼愛華は俺に当たりが強い

 知り合いがほとんどいない俺は鬼仏院右近がいない授業を受ける時はほぼ最前列の空いている席に座っている。最前列以外の席は固まって座っているグループが多いので近くにそんな人達がいると居心地が悪いというのが理由なのだ。

 ただ、これから受ける授業に知り合いはいるのだけれどそこまで仲が良いというわけでもないので座る場所に毎回苦労してしまっている。俺が先に教室に入っている時は何も気にせずに空いている席に座ればいいだけなのだが、髑髏沼愛華が先に教室にいる時は何も考えずに空いている席に座るわけにはいかない空気になってしまっているのだ。

 今日は運が良く俺の方が先に教室にやってくることになったので誰も座らなそうな最前列ど真ん中の席を確保することが出来た。最前列の席は他にも空いているので髑髏沼愛華が俺の近くに座ることは無いと思われる。別に近くに座ってほしくないわけではないのだが、俺にだけあたりが強いのであまり近くにいない方が良いかなと自衛の意味も含めての事なのだ。

 俺から遅れること数分、髑髏沼愛華が教室に入ってきたのだが、身長も高くて細身でモデルのような外見であるその姿に男子も女子もその動きを目で追ってしまっているようだ。俺がその事に気付くくらいなので本人も突き刺さるような視線に気付いてはいるのだろうが全く気にする素振りは見られない。大学内ではさすがに髑髏沼愛華に声をかける無謀な輩はいないようなのだが、校外で見かけた時はナンパをされている姿はよく見かけるのだ。よく見かけるほど外で遭遇するという事なのだろうが、俺も髑髏沼愛華もお互いに会おうと思って行動しているわけではないのだ。

「ちっ。今日はお前の方が早く来てるのかよ。よりにもよってなんでど真ん中の席に座ってんのよ」

 こいつは俺にだけあたりが強いのだが、興味のない他の人間に対しては完全に無視を決め込むことが出来るのだ。俺の事もそうやって無視してくれていいと思っているのだけど、なぜか俺に対しては物凄くあたりが強いのだ。

「真ん中じゃなくてもう一個隣にズレなさいよ。私が座れないでしょ」

「え、ここに座るの?」

「私が座ったらダメな理由でもあるわけ?」

「いや、そうじゃないけど、窓側の席も空いてると思うけど」

「うるさいわね。ここでいいから隣に一個ズレろって言ってるのよ」

 いつもの髑髏沼愛華であれば今のような状況だと何も言わずに窓側の空いている席に座るはずなのだが、今日は俺の近くに座ろうとしている。きっと何か良くないことがあるんだろうなと思いながらも俺はなるべく髑髏沼愛華の顔を見ないようにしていた。

 俺は自分が今まで座っていた席に荷物を置いて一つ隣に移動したのだが、髑髏沼愛華は俺が置いた鞄の上に自分の鞄を何のためらいもなく置いてきた。壊れるようなものが入っているわけではないので別にいいのだが、こういうことはあまりよろしくないのではないかと思っていた。そして、後ろの方に座っている連中の視線が髑髏沼愛華ではなく俺の方へと向いているような気がしていた。

「なんでお前は唯ちゃんに気に入られてるんだろうな。何か弱みでも握って脅してるわけじゃないよな」

 机に肘をついて俺の事を鋭い眼光で睨みつけている髑髏沼愛華ではあるが、見る人によってはこの姿も芸術作品だと感じてしまうだろう。それくらいこの女には華があると思う。ただ、その華も俺には恐ろしい毒のある華としか思えないのだが。

「弱みなんて握ってないし」

「そうだろうけどさ、じゃあなんでお前が唯ちゃんに気に入られているのか謎だわ。私にはお前の良さなんてちっともわかんないけど」

「別に髑髏沼にわかってもらおうとは思ってないし。鵜崎がなんで俺にかまうのかもわからないし」

「私の事を髑髏沼って呼ぶのはやめろって言ってるだろ」

「それなら何て呼べばいいんだよ」

「そんなの自分で考えろよ。あ、名前を呼び捨てで呼ぶのもダメだからな。お前に呼び捨てで呼ばれると気持ち悪くなっちまうからな」

 苗字でも名前でも呼ぶのを禁止されるとなんて呼べばいいのかわからなくなる。あだ名で呼べばいいのだろうが、髑髏沼愛華が誰かにあだ名で呼ばれているところを見たことも聞いたことも無いのだ。俺があだ名を付けなくてはいけないという事なのだろうが、見た目や言動から受ける印象にピッタリのあだ名は女帝や女王というのがふさわしいと思うけど、そんなあだ名で呼ぶと殴られてしまいそうな気もするんだよな。噂では、髑髏沼愛華は幼少期から絶世の美少女と言われて心配した両親がありとあらゆる格闘技を護身術として習得させたという話だ。その事もあってスラっとしたモデルのような体型をしているという話もあるのだ。

「あだ名とか思いつくほど仲がいいわけでもないしな。なんで髑髏沼って呼んだらダメなんだ?」

「なんでって、髑髏沼って可愛くないだろ。それに比べて、お前は柊で良いよな。それ以外は褒めるところ何もないのにな」

「俺は髑髏沼って強そうでいいと思うけどな。中学生だったら憧れてると思うけど」

「何言ってんだお前は。本当に殺すぞ。つか、なんで今日はお前の家でゲームなんだよ。唯ちゃんが楽しいって思うんだったらいいんだけど、お前の家に行くのは気が進まないんだよな」

「そんなに嫌だったらさ、別に来なくてもいいと思うけど」

「お前はバカなのか。私がお前の家に行かなかったら唯ちゃんと二人っきりになっちゃうだろ。そんなのダメに決まってるだろ」

「いや、右近もいるし二人っきりじゃないけど」

「あいつはバイトで途中までしかいないだろ」

 まあ、俺も鵜崎唯と二人っきりにならずに済むのであれば髑髏沼愛華がいてくれた方が助かるのも事実なのだ。三人でいても俺と髑髏沼愛華が関わることが無いので本当にいるだけの関係でしかないのだが、それでもいてくれるだけでありがたいとは思える。鵜崎唯が一緒にいる時は今みたいに髑髏沼愛華の言葉も態度も力強くないという事もあるので俺も少しは気が楽になるのだ。

「しかも、煮魚ってのはな。私はあまり上手に食べることが出来ないから唯ちゃんの前で魚は食べたくないんだよな。なんで煮魚なんてリクエストしたんだよ」

「別にリクエストしたわけじゃないって。鵜崎が決めた事だし」

「もっと他のモノが良いとか言えばいいだろ。例えば、グラタンが食べたいとかあるだろ」

「何でグラタンなんだよ。もう少し寒くなってからの方が良いと思うけど、確かにグラタンもいいかもな」

「ちっ、わかればいいんだよ。あと、迷惑だから授業中に話しかけるなよ」

 髑髏沼愛華の性格は全くつかめていないのだが、俺がこいつに対してあまり興味を持っていないから知ろうとしていないだけなのだろう。

 ただ、こうして近くで見ていると本当にモデルか芸術作品なのではないかと思ってしまうほど均整がとれていると思う。これで性格も良くて愛嬌もあれば言うことも無いと思うのだが、そうだったとしたら俺はこうして普通に言い合う事も出来なかったんだろうなと思ってしまっていた。


「おい、さっさと行くぞ。早くしないと唯ちゃんを待たせることになっちゃうからな」

 帰り支度がまだ済んでいない俺を髑髏沼愛華は急かしてくるのだが、知らない人が見るとこの光景もカップルが急いでいるようにしか見えないのかもしれないな。

 いや、俺と髑髏沼愛華ではつり合いも取れていないし仲の悪い姉弟にしか見えないのかもしれないな。

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