第2話 鵜崎唯は俺の事を知っている

 俺が一人でいるのは友達が鬼仏院右近しかいないからなのだが、一人でいるという事に特別苦痛を感じたりはしていない。そんな事にはなれているし、大学生にもなって一人で行動も出来ないような奴は大人じゃないと思っているのだ。

「今日も右近君と一緒じゃないんだ。一人って事は、私の事を待っててくれたって事でいいんだよね。嬉しいな」

 よく聞きなれたこの世で一番聞きたくない声が耳元で聞こえる。鵜崎唯はなぜか俺の事を気に入ってくれているのだ。

 鵜崎唯は身長はやや小柄なのに胸に大きなものを携えていて愛嬌もあって可愛らしい女の子なのだ。これで中身に問題が無ければ俺も仲良くしたいと思うのだけれど、好きなものに対する執着力というかこだわりが凄すぎてついて行けないことが多い。何を食べに行っても同じ物しか頼まないのは俺も一緒なのだが、俺は選ぶのが面倒なだけで食べる順番なんかにはこだわりもない。ラーメンを食べる時だって先にチャーシューを食べることもあればメンマから食べることだってある。それが普通だと思うのだけど、鵜崎唯は食事も完全にルーティーンが出来上がっているのかと思うくらい同じ行動しかとらない。まるで何かの儀式なのかと思うくらい毎回同じ行動をとっているのだ。

「ねえ、政虎は午後の授業終わったら家に帰るんだよね?」

「そうだけど。ちょっと近過ぎるって」

 鵜崎唯は俺に話しかけてくる時は恋人でもとらないような距離間で話しかけてくるのだ。もう少しで腕が触れそうな距離まで近付いてくるのだけれど、こんな姿を他の人に見られたら完全に俺達は付き合っているって思われてしまうのではないだろうか。もしかしたら、これも俺に彼女が出来ない原因なのかもしれないな。

「ええ、近くでお話してもいいじゃない。それとも、誰かに見られたマズいとかあるのかな。でも、政虎にはそんな相手もいないと思うし、平気だよね。それでさ、授業終わったら政虎の家に遊びに行ってもいいかな。この前一緒にやったゲームの続きやりたいんだけど、愛華ちゃんも誘って四人でまたやろうよ」

「別にいいけど、右近は今日バイトあるって言ってたから二時間くらいしか出来ないけど」

「二時間も出来れば十分だよ。私も愛華ちゃんもあんまりゲーム上手じゃないから少しだけでいいし。じゃあ、右近君がバイトに行くときに晩御飯作るからさ、三人で食べようよ」

 悔しいことに鵜崎唯が作る料理はどれも俺の好みに合っているのだ。和食も洋食も中華も何もかも俺が好きな味付けなのだが、俺の好みを聞かれたことは一度もない。地元だって別々だし俺の親に会ったことも無いはずなのだが、なぜか鵜崎唯は俺の好みを完璧に把握していたのだ。

 何度か一緒に外食をしたことがあったのだけれど、その時くらいしか味の感想なんて言ったことは無かったと思う。それに、食べに行った店だってどこにでもあるチェーン店だし、特徴的なものなんて無かったはずなのだ。それなのに、俺の好みをピタリと当ててそれを作れるというのは何か恐ろしいものが隠されているような気がしている。

「じゃあ、私は午後の授業は無いから先に買い物でもしておこうかな。政虎は何か食べたいものとかある。そうだな、今日は煮魚なんてどうだろう。政虎はラーメンとか唐揚げばっかり食べてそうだし、たまには和食もいいんじゃないかな。政虎は魚も綺麗に食べてくれるし、どうかな?」

 昨日の夜にはラーメンを食べてその前の日は右近と一緒にハンバーグを食べに行っていた。その前もその前も魚なんて食べていなかったので、今日の夜ご飯は買い置きしてあるサバの缶詰でも食べようかと思っていたのは事実だ。俺がちょうど魚を食べたいと思っていたタイミングでこんなことを言ってくる鵜崎唯は何か恐ろしいものを感じてしまう。俺の生活を監視していたとしても思考までは読み取れないと思うし、何だったら俺は一か月毎日同じものを食べたって問題ないと思っているのだ。たまたま今日は魚を食べたい気分だっただけで、いつもなら今日の夜もラーメンを食べている可能性だってあったはずだ。

「そうだな。魚とかいいかもしれないな。でも、作るの大変そうだから煮魚じゃなくて大丈夫だよ。焼くだけでもいいし、刺身とかもいいかもしれないな」

「そんなに気を使ってくれなくても大丈夫だよ。私は買い物を済ませたら下処理だけしていくし。なるべくゴミとかも出ないようにするから気にしなくてもいいって」

「いや、そうじゃなくてさ。煮魚とか作るの大変そうだし」

「そんなに大変じゃないよ。ゲーム始める前にちょっとだけやっとけば右近君が帰る頃には出来てると思うからね。それに、私も最近お魚食べてなかったから食べたくなってたんだよね。政虎は最近お魚食べてるのかな?」

 鵜崎唯はまっすぐな目で俺を見上げている。目元も口元もとても柔らかい感じで声も話し方も甘くゆったりとしているので完全にカップルの会話のようにも見えるのだろうが、俺には鵜崎唯のこの言動の全てが俺の事を確かめているようにしか感じなかったのだ。鵜崎唯は俺の何もかもを覗き見ているような気はするのだが、そんなはずはない。住んでいる家は割と近いけど、約束のある日以外は偶然出会う事も無かった。

「そう言えばさ、鵜崎ってどこに魚を買いに行くの?」

「え、普通に家の近くにあるスーパーだよ。政虎はスーパーじゃないところで魚を買ってるの?」

「そうじゃないけど、俺もあのスーパーに良く行くけど一回も鵜崎を見た事が無かったからどこで買い物してるのかなって思っただけなんだよ」

「そう言えば私も買い物している時に政虎を見かけた事ってなかったかも。大学でもあまり見かけないし、今みたいに決まった場所にいる時以外は見かけないだけなのかもね」

 考えてみれば俺が買い物に行くときに見かけないのは鵜崎唯だけではなく鬼仏院右近も見かけないのだ。そう考えると俺の行動パターンが特殊過ぎるだけなのかもしれないという事になるのだけれど、不思議なことに髑髏沼愛華とはよく遭遇するのだ。スーパーに行くときもそうだしちょっとコンビニに行った時も何となくゲームセンターに行った時なんかもバッタリ出会う事がある。向こうが俺の事を避けているので挨拶をしてさっといなくなるのだけど、そんなに嫌なら挨拶もしてくれなくていいのにと思ってしまう。

「じゃあ、私は買い物に行って準備してくるね。政虎は授業ちゃんと受けてくるんだよ」

「わかってるよ。鵜崎も気を付けろよ」

「ありがとう。あと、誰も近くにいない時は鵜崎じゃなくて唯って呼んでね」

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