第4話 鬼仏院右近と桜唯菜

 俺の親友が政虎だという事を良く思ってないない人がいることは知っている。俺の親も政虎の事はあまり良く思っていないようなのだけど、そんな事は俺には関係ない話だ。

 人を見た目で判断するのは良くない事だと言っていた俺の両親は政虎の性格も良く知った上で付き合いを考えろと忠告をしてくる。高校時代の担任にも同じように人付き合いは考えた方が良いという事をかなりマイルドな表現で伝えてきていたのだけれど、俺はその忠告も一切聞くことは無かった。

 みんなの言いたいことはわかるし、俺が政虎と付き合ったとしてもメリットよりもデメリットの方が多いという事も十分に理解はしている。ただ、それを度外視することが出来るような良さが政虎にはあると思っているのだ。見た目だけではなく性格もそんなに良くない政虎ではあるけれど、他の人達とは違ってどんなことになったとしても最後まで離れずにそばに居てくれる人間だと信じている。例えば、俺が両手両足を事故で失ったとしても今までと変わらないような関係でいてくれると思うのだ。その事に共感してくれるのは鵜崎唯だけなのだが、俺と鵜崎唯が面と向かって政虎の話をする事はあまりない。

 最近はバイトまでの空いている時間に政虎の家に行って時間を潰すことが多くなっているのだけれど、今日はいつもと違って鵜崎唯と髑髏沼愛華も一緒に遊ぶらしい。鵜崎唯は政虎の家で晩御飯を作って三人で食べると言っていたのだけれど、そう言うことは俺のバイトが休みの日にしてくれればいいのにと少し思ってしまった。何度か鵜崎唯の作る料理を食べさせてもらったことがあるのだけれど、見た目も部屋の感じも料理を全くしなさそうな鵜崎唯は意外なことにどんな料理でもちゃんと美味しく作ることが出来るのだ。政虎は自分の好きな味なので楽しみだということも言っていたくらいだ。

 今も食材を買いに行っているという事なので暇な俺は荷物でも持ってあげようかと声をかけてみたのだけれど、鵜崎唯は俺と二人で一緒にいるという事を嫌がるのでその提案は受け入れられることが無かったのだった。別に俺は鵜崎唯に対して恋愛感情なんて無いので政虎に見られたとしても誤解されるようなことは無いと思うのだけれど、鵜崎唯はそう思っていないようであった。


 政虎の授業が終わるまで空いた時間をどうしたものかと悩んでいたのだけれど、特にやることも無いのでいったん家に帰って準備でもしようかと思いながら歩いていた。なぜかいつももう少しで家に着くというタイミングで桜唯菜に話しかけられていた。桜唯菜は政虎が片思いをしている相手なのだけれど、この女は政虎に対して一切興味を持っていないのだ。残酷な話になってしまうが、桜唯菜が政虎を好きになる事なんて天地がひっくり返ったとしてもありえないのだろう。その理由は主に政虎の性格と言動のせいなのだが、それはもう取り返しのつかないようなところまで行ってしまっているのだった。

「あ、右近君おかえり。今日も右近君はバイトだよね?」

「そうだけど、唯菜はこんなところで何してるの?」

「何って、授業も無いから家に帰ろうかと思ってたことろだよ。でも、家に帰ってもバイトの時間までやる事なんて無いし、どうしようかなって思ってたところだったんだよね」

「唯菜もバイトなんだ。バイトまで三時間くらいあるけど、いつもは何してるの?」

「特に何もしてないかな。課題があればソレをやってたりもするけど、今日は何もないから本当に何もしてないんだ。それでさ、右近君が良かったらさ、バイトの時間まで一緒に映画でも見ないかなって思ったの。新しい映画も結構配信されてるから気になるやつあるかもしれないしさ。どうかな?」

「ごめん。俺、約束あるんだよね。バイトの時間まで予定あるんだよ」

「それってさ、また政虎君と一緒って事?」

「そうだよ。今日は俺だけじゃなくて鵜崎と髑髏沼も一緒だけどな。唯菜も政虎の家に行くか?」

「行くわけないでしょ。私があいつの家に行くことなんてないよ。唯ちゃんも愛ちゃんもなんで平気な顔してあいつの家に行けるのかわかんないよ」

「髑髏沼は平気な顔してないと思うけど」

 桜唯菜を政虎の家に誘っても着いてくることは無いという事を俺は知っている。政虎の家ではなく俺の家で集まるのだとしても、そこに政虎がいるという事を知れば桜唯菜は誘いを断るだろう。なるべく同じ空間にいたくないという事を何度も何度も俺に熱く語ってきているのを忘れているわけではないのだけれど、俺は政虎と遊ぶ時は形式的に桜唯菜を誘うことにしているのだ。桜唯菜は絶対に誘いに乗ってくることは無いと思うけれど、万が一気が変わって一緒に遊ぶことにでもなれば政虎は俺に感謝するだろう。そんな事は現実には起こらないと思うけれど、そんな事があれば政虎の性格も言動も少しは丸くなるのかもしれないな。

「なんで右近君が政虎君とそんなに仲が良いのかわからないけどさ、私が政虎君と仲良くなることなんてないからね。たとえ私が政虎君に命を救われたとしても、私が政虎君の事を好意的に思う事なんてありえないから。だから、政虎君がいるところに私を誘わないで欲しい。政虎君がいないんだったら私はどこにでも喜んでついて行くよ。そこが真夜中の墓場だとしても右近君が一緒だったら私は行くからね」

「唯菜が政虎を嫌いな理由は知ってるし、そこまで考えてるって事は知ってるよ。でも、政虎が唯菜の事を好きでいる限り俺は唯菜と遊ぶってときは政虎も誘うから。それだけはわかってくれよ」

「うん、それはわかってるよ。何故か右近君が政虎君の事を大切に思ってるのも知ってる。なんでそこまで思ってるのかは知らないけどね。でも、私は右近君がそこまで大切に思ってるとしても、政虎君の事だけは好きになれないの。たぶん政虎君と話したことがある女子なら唯ちゃん以外はみんな私に共感してくれると思うよ」

「だろうな。髑髏沼もなんで鵜崎が政虎に対してそう思ってるのか疑問みたいだけど、そう言うのって言葉に出来るもんでもないと思うんだよな」

「そんなのはどうでもいいよ。私は政虎君に本当に興味なんて無いし。政虎君が私の事じゃなく唯ちゃんか愛ちゃんの事を好きになってくれれば右近君は私と付き合ってくれるのかな?」

「それはどうだろう。断言する事は出来ないかな」

「そうだよね。変な事言ってごめんね。じゃあ、またあとでバイト先で会おうね。今日も帰りに家まで送ってもらってもいいかな?」

「ああ、それは帰り道だから良いよ」

 どんな事をしたって普通の人は政虎みたいに好意を向けている相手から嫌われることは無いだろう。ダメな部分やイヤな部分があったとしても少しくらいは許せる面や場合によっては好意的に感じるところもあるはずだ。それなのに、政虎は鵜崎唯以外の女性から徹底的に嫌われているのだ。特別何かをしたという事も無いとは思うのだが、日々の小さな積み重ねや女子特有の情報もネットワークで政虎の悪評が広まり切っている事が主な理由なんだろう。

 そんな中、一切ブレることも無く政虎の事を思い続けている鵜崎唯はある意味特殊過ぎるのかもしれないな。おそらく、この世界で唯一政虎に対して愛情を持っている他人なんだと俺は思っている。さすがに政虎も家族からは愛されているだろう。そうでなければ、鵜崎唯が世界で唯一政虎の事を愛している女性になってしまうな。

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