ケース3-3「驀進」

〈galaxy(ギャラクシー)〉からのインタビューは、つつがなく終了した。


 明るく、丁寧に、堂々と答える美雲の姿に、帰り際でマネージャーが「驚きました」と口にするほどだ。「そうでしょ!」と返し、車内では美雲の自慢話が延々と続いた。


 そして数日と経たずに、〈Aquarius(アクエリアス)〉に仕事が舞い込んだ。


 地下ステージではない。数百、もしくはそれ以上のファンが押し寄せてくるであろう、開けたステージでのライブだ。暗くじめっとした空間からいきなり陽光を浴びる機会に恵まれたことに、社長以下誰もが驚きを隠せなかった。


 メンバーの反応は様々だった。臆する者、意気込む者、そしてリーダーのアリスでも突然の事態にどう反応したらいいのかわからないのか、口をつぐんでいることが多くなった。


 美雲みくもは内心でほくそ笑んでいた。実力を示せたことへの優越感、そして〈星見の庭〉の噂は嘘ではなかったのだという安心感から。


 トップアイドルへの道は拓けた。


 後は一歩ずつ——いや、誰よりも高く跳んで追い越してみせる。


 美雲はメンバーたちを尻目に手を後ろに回し、骨が軋むほどに握り込んだ。


     ★


「あのさぁ、美雲」


 輝けるステージの舞台裏で、アリスが突然声をかけてきた。その後ろでは他のメンバーが、ライブ直後だというのに沈んだ顔をしている。美雲に投げかける視線は、非難の色が強かった。


「何よ、アリス?」

「あんた、さっきターンの時に逆に回ってたよね。あれほど練習したのに。信じらんない」

「些細なことじゃない、そんなの」

「それだけじゃないわよ。あんたの声、ところどころ外れてたじゃない。いくらなんでもあれはないわよ」

「外れてた? どこが?」


 アリスは一瞬面食らい、失望の吐息をついた。


「自覚、ないんだ」

「なんの自覚よ?」

「アイドルとしての自覚よ。あんた一人でアイドルやれるとでも、本気でそう思ってるの?」


 片手で体を抱くようにし、険のこもった眼差しを向けられる。


 しかし——


「あのさぁ、ここに立てたのは誰のおかげだと思ってるの?」

「…………」

「〈galaxy〉がわたしたちのことを取り上げてくれたからでしょ? わたしがインタビューに答えたからでしょ? なのに何よ、その口ぶりは」

「あたしは、リーダーとして……!」

「でも、実際に指名されたのはわたし。あんたじゃないわよ」


 アリスが奥歯を噛み締めた。他のメンバーからの視線も、より強い感情が伴っていく。


「そこまでにしろ」


 奥から社長とマネージャーが姿を現し、美雲を除くメンバーは全員、素早く頭を下げた。


「そこにいつまでも突っ立っているな。他の人の邪魔になる」

「……すみません」

「アリス。美雲の挑発に乗るな。お前はリーダーなんだってことを、きちんと自覚しろ」

「……申し訳ありません」


 ふぅ、と社長は息をつき——「まぁ、いい」


「とにかく、もう控室に行け」


 さっさっ、と追い払うように手を振り、メンバーたちはすぐさま控室に向かっていった。美雲も後に続こうとして——「美雲」と後ろから呼び止められる。


「なぁに、社長?」

「アリスの言葉は真実だ。お前一人でアイドルをやれるわけじゃない」

「なんだ、盗み聞きしてたの? 趣味が悪いわね」


 振り返り、両手を腰に当てる。スタッフから嫌そうな視線をいくつも差し向けられても、まるで平然としていた。偉大な存在に見えた社長も、気難しいマネージャーも、今では地下ネズミのように小さく見える。


「美雲」

「何よ?」

「この先何が起こっても俺は……いや、俺たちはお前を助けない。そのことは肝に銘じておけ」

「……はいはい」


 手を下ろし、颯爽と振り返る。地下ネズミが何か鳴いたところで、まるで心に響かない。


 この際、別の事務所に移籍でもしようか——不意に、そんなことを考えついた。


 こんな弱小プロダクションより、もっと力のある場所がいい。今の自分ならたやすいことだろう。今日のステージは単なる踏み台に過ぎないし、アリスや社長といった路傍の石ころなど無視すればいい。


 自分は神に愛されている。


 そればかりか、〈星見の庭〉の恩恵もある。トップアイドルとして成功することは約束されているのだから。


     ★


 目まぐるしい日々が続いた。


 美雲はまず、〈Aquarius〉を脱退した。他の事務所に移籍すると言って。誰も、引き留める者はいなかった。厄介払いができたと言いたげな社長のため息が癇に障ったが、この程度の些事にこだわることはないと割り切った。親のコネでなんとか入り込んだような場所だから、〈Aquarius〉に思い入れはなかったのだ。


 そして次の事務所では、何もかもが輝いて見えた。レッスン場も、コーチも、マネージャーも、切磋琢磨するアイドルたちも。彼女たちのパフォーマンスは〈Aquarius〉の比ではなく、ライブ以外の日はほぼレッスンで埋まっているという徹底ぶりだ。


 そこに突然美雲が移籍してきた。


 歓迎の声はなかった。美雲も、それでいいと思っていた。どうせこのアイドルたちも、いずれは追い抜くのだから。トップアイドルになるために、仲良しごっこなどしている暇はない。


 最初はソロでの活動を希望していたが、実力を見てから判断したいということで、グループの新入りとして抜擢されることとなった。グループにすら入れない、いわゆる二軍のアイドルからは当然やっかまれることとなったが——美雲はそれを平然と受け流していた。


 陰口も、嫌がらせも、美雲にとってはどうってことはない。


 風向きが変わり始めたのは、美雲がステージに立って間もない頃だった——


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