ケース3ー2「青天の霹靂」
「え、わたしにインタビュー……?」
こじんまりとした社長室で、美雲は信じられないとばかりに社長の横顔を凝視した。その後ろではマネージャーが、むっつりと口をへの字に曲げている。「おい」と社長が手を振り、不承不承といった具合に口を開いた。
「あまりに信じられないことですが……〈Aquarius(アクエリアス)〉に取材の申し込みが来たのです。それも、代表としてあなたを指名して」
「うそ……」
「ええ、私だって嘘だと信じたいですよ」
「まったくだ」
二人揃って渋面を作るが、美雲にはどうでもよかった。
「ねぇ、どこからの取材なの!? まさか、そこら辺の三流ゴシップ誌じゃないわよね!?」
「だったらよかったんですが……」
「……取材の申し込みがあったのは、〈galaxy(ギャラクシー)〉だ」
その名を聞いた瞬間、美雲の口がぽかんと開いた。アイドルにあるまじき間の抜けた表情に二人は目を見合わせ、同時にため息をついた。
〈galaxy〉。アイドルならば誰もが知って当然の、一流芸能誌だ。一人ひとりのアイドルの実力を可視化し、毎月ランキング付けを行うため、上位ランカーといっても油断はできない。審査員も兼ねた記者の目は非常に厳しく、どんなに顔が良かろうと歌が上手かろうと、下手を打てば下位に転げ落ちる。スキャンダルなど、もっての外だ。
「銀河から、夢を——」それがこの芸能誌のコンセプトであり、ファンを裏切るような真似は断じて許さないというスタンスを徹底している。
厳しい。厳しいが——それだけの芸能誌から声がかかったということは、〈Aquarius〉の——いや、相良美雲の実力によるものだ。
あるいは、そう。〈星見の庭〉の——
「受けます! 受けさせて下さい!」
机に両手を叩きつけ、前のめりになる美雲の手前——想像していたといわんばかりに、社長とマネージャーは片手で顔を覆った。
「美雲、わかっているのか? これは千載一遇のチャンスなんだぞ?」
「わかってますよ! だから受けたいって言っているじゃないですか!」
「今、あちらと交渉しているところです。代表をあなたから、別のメンバーに変えてもらえないかと」
マネージャーの言葉に、美雲がくわっと目をむく。
「何それ、どういうつもり!? わたしじゃ務まらないとでもいうの!?」
「お前、すぐにキレるだろう」
「キレませんよ! 〈galaxy〉相手に、そんなことをするわけがないじゃないですか!」
もう一度机に平手を叩きつけ、二人が顔をしかめる。それに構わず、美雲はマネージャーを鋭く睨みつけた。
「ねぇ、わたしの代わりに誰かやるってんなら……誰がやるの?」
「それはもちろん、アリスですよ。リーダーですし。というか、本来ならば真っ先にアリスに話が行くはずなんです」
「そこなんだよ。どうにも話がおかしいんだ」
「おかしい……?」
社長は頬杖をつき、組んだ膝の上で指を叩いた。
「なんでお前が指名されるんだ? お前は人気最下位だし、メンバーとも仲が悪い。見た目だってアイドルとしちゃ普通だし、ついでに短足だ。声はいいが、抑えるってことを知らない。とても、〈galaxy〉がお前を相手にするようには思えないんだよ」
「何よ、それ……あと、短足って言わないでよ!」
「まさかとは思うが、お前……誰かと寝たか?」
あまりに率直な物言いに、美雲の脳内は一瞬だけ真っ白になった。すぐに現実を認識した途端、腹の底から煮えたぎるような感情が喉から迸った。
「馬鹿言わないでよ!!」
あまりの怒声に社長もマネージャーも耳を押さえ、目をきつく結んだ。
「わたしはまだバージンだっての! どこの馬の骨とも知れない奴に捧げるわけがないじゃない! 枕営業なんてそんなプライドのないこと、このわたしがするわけないじゃない!!」
「わかった、わかった……」
社長は目頭を指で揉み、椅子の向きを美雲に向けた。机に両肘を載せ、ゆっくりと美雲の顔を見上げる。
「これだけは約束しろ」
「何……?」
「絶対に、他のメンバーに迷惑をかけるな。悪口、足を引っ張るようなことは俺が許さん。代表として指名された以上、〈Aquarius〉の名に恥じない振る舞いをしろ。それができなければクビだ」
「……ふん、たかが地下アイドルの集まりでしょ」
「美雲!!」
マネージャーが怒りをあらわに一歩前に出ようとして——とっさに社長が彼の腹に手を当てる。取り乱したことに気づいた彼はうつむき、「失礼しました……」と元の位置に戻る。
美雲とマネージャーとを交互に見やってから、社長は口を開いた。
「確かにこれは千載一遇のチャンスだ。だが、お前にとってはラストチャンスだと思え」
「っ……」
「お前の行為は目に余る。メンバーからも、お前を脱退させろって声が何度も上がっている。陰口を叩かれていることぐらい、気づいているはずだ」
「…………」
「〈galaxy〉が悪く書けば、うちみたいな弱小は潰れる。そうなれば仕事にあぶれる奴も出てくる。アリスや他のメンバーだって、他のグループに行けるかわからない。そして何より、お前は人生の破滅になるだろう。誇張抜きでな」
低く、一言ずつ力を込めた口調に、美雲は息を呑む。社長の眼差しは美雲を捉え、逃がすまいとするかのようだった。
「覚悟はあるのか?」
「……あ、あるわよ! たかがインタビューじゃない!」
「経験はないだろう」
「練習すればいいでしょ!」
「……わかった」
社長は嘆息し、マネージャーをくいと指で誘って、耳打ちした。先ほどよりも重々しく、表情に陰の差し込んだマネージャーは、「わかりました」とだけ口にした。
そして——この日の呼び出しは終わった。
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