ケース3ー1「騒々しい来訪者」
「だから! 願い事を叶えてほしいの!!」
深夜、教会にヒステリックな声が響いた。フリルのついたゴシック調のドレスを身にまとい、カールを巻いた線の細い女だが——その形相は凄まじい。神父に詰め寄り、今にも彼に掴みかからんばかりだ。
神父は手に抱いた聖書(実際はカバーを付けただけの花の図鑑)を後ろに回し、困り顔で「まぁまぁ」と空いた手で相手を落ち着かせようとした。
「そこまで必死にならなくても、〈
「そうしている間に別の女が、トップアイドルになりたいって願ったりしたらどうすんのよ! あたしは今すぐにでも、願い事を叶えて欲しいのよ!!」
「トップアイドルになるというのが、あなたの願い事で?」
「そうよ! なんか文句ある!?」
いえいえ、と神父は首を横に振った。
「ご安心下さい。今までに似たような願い事をした方はいますが、
「本当に!?」
「神に、そして〈星見の庭〉に誓って」
女はやがて息を鎮め、「本当に……?」ともう一度訊ねた。
「嘘だったら、八つ裂きにしてやるから」
「それは怖い。
「じゃ、今すぐ〈星見の庭〉とやらに案内して! この近くにあるんでしょ!?」
「はい。ですが、もう少し声量を抑えてくれませんでしょうか? 結構響くんですよ、ここは。あなたの声は通りがいいですし」
すると女は目をぱちくりと開き、それから急にもじもじとし出した。「そ、そうかしら?」と神父の顔色をちらちらと窺っている。
「ええ。トップアイドルを目指すのなら、声は必要な資質ですよね?」
「そ、そうよ! 声だけは自信があるんだから!」
「……声だけ、ですか?」
「何が悪いの!?」
「いえ、失言でした。では、ご案内致します」
手を出口の方に示し、神父が先導する。
女は期待と緊張の余り、気づいていなかった。神父がごくわずかに、ため息をついていたことを。
★
歌は上手いし、顔立ちも整っていて男子からの人気は高い。勉強は苦手だが、教えてくれる生徒は枚挙に
他者からの羨望や好意の眼差しを向けられることに喜びを覚え、いつしかもっと注目を浴びたい、アイドルになりたいと思うようになった。街で声をかけられるのではないかと期待して、休日の度に繁華街に出かけるようにしていたが、そういったことは一度もなかった。
業を煮やして芸能プロダクションに応募してみたが、オーディションにすら辿り着けない。二、三年してようやくこぎつけたかと思えば、地下アイドルからのスタートとなった。
当然、美雲は不満足だった。
自分はこの程度の肩書で、こんな場所で終わるような人間ではないと信じていたから。
日々、レッスンに明け暮れた。家に戻っても肌やスタイルに磨きをかけるための努力を惜しまなかった。高額な化粧品を買い、親との喧嘩になったのは一度や二度ではない。地下アイドルで満足しているようなメンバーとは、元から仲良くする気はなかった。
マネージャーどころか社長に注意されても、それでも態度を変えなかった。トップアイドルを目指しているのだから、弱小プロダクションの言うことなどいちいち聞いていられなかったのだ。
そして、孤立した。
グループで活動していたから、それは致命的なことだった。ダンスでも歌でも悪目立ちし、その後の特典会においても、美雲の列に並ぶ者など片手で数えるほどしかなかった。他のメンバーが愛想よくファンと話しているのを見、苛立ちが募っていった。なぜ、どうして、と毎回自問しては、ぽつねんと立ち尽くすことが多かった。
そんな中でも、並んでくれる者はいた。
眼鏡をかけた中肉中背の男性で、チェックのシャツの裾をジーンズに入れている。第一印象は「ダサッ」で、どこにでもいるようなオタク系の青年だった。眼鏡越しの目はきらきらと輝いていたが、そんな目で見つめられても嬉しくもなかった。
「あ、あの……今回も、良かったです!」
「うん、ありがとう!」
営業用スマイルを振りまき、内心でため息をつく。
ひとまずサインをし、満足そうに帰っていく青年の背中を見送りながら、またため息をつきたくなった。どうしてこんなのが、毎回のように並んでくるのだろうか。もっと背の高くてイケメンの男性は、他の女の子に並んでいる。
何がいけないのだろう。何が悪いのだろう。
悶々としている内に——女性誌で、〈星見の庭〉の記事を見た。パワースポット的な扱いをされていたが、「これだ!」と美雲は確信した。もしこの状況を変えられるのなら、この場所しかないと。
それからの動きは速かった。マネージャーに急ぎで休みの連絡をして、電車やタクシーを乗り継いで噂の教会まで辿り着いた。
そして神父に詰め寄り、〈星見の庭〉まで案内してもらった。
願い事はたったひとつ。非常にシンプルで、わかりやすいものだ。
トップアイドルになりたい——
ただ、それだけの願い事だった。
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