ダンジョンのモンスターになってしまいましたが、テイマーの少女が救ってくれたので恩返しします。

紗沙

第1話 最悪の日、俺はモンスターになった

 人よりも能力(ちから)があった。

 人よりも恵まれていた。

 だからといって、満ち足りているわけではない。


『姫はまだまだレベル低いからなぁー。もうちょっと頑張らないと』


 手に持ったスマホに映るのは一人の少女。

 黒い絹のような綺麗な髪に、整った顔立ちは知らない人が見れば二次元の産物と感じるかもしれない。

 ただ彼女は人間――俺達と同じ三次元の存在だ。


 姫宮姫乃ひめみやひめの


 こちらもまるで二次元のキャラクター名だが、これも本名である。

 彼女はその美貌とキャラクター性で、大人気になった成功者だ。


 数十年前に地球に突如現れた謎の地下空間を、人はダンジョンと呼んだ。

 地球のものとは明らかに異なる物質で生成されたダンジョンが生活の一部になるくらい世の中に浸透するのに時間はかからなかった。


 ダンジョンから取れるものは金になる。

 それは人々をダンジョンに駆り立てるには十分な理由だった。


 例えそこにダンジョンに生息するモンスターによる死があるとしても、魅力的に映った。

 だからこそ探索者という職業が出来た。


 それからしばらくして、ダンジョン内で配信をして人気を集めるダンジョンチューバー、通称ダンチューバーも生まれた。

 今俺が見ている姫乃も、ダンチューバーだ。


「……やっぱり姫様の配信は最高だなぁ」


 配信を聞きながら俺はしみじみと声を漏らす。

 足音は狭い通路に響き、遠くでは獣の唸り声のようなものも聞こえる。

 通路の壁は、今まさに見ている姫乃の配信に映っているものと同じ。


 そう、俺もまたダンジョンに挑む探索者の一人だ。


 本来ならばダンジョン探索中に配信を見るなど自殺行為でしかない。

 ダンジョンはモンスターが溢れ、それらと命のやり取りをする場である。


 けれどそれはあくまでも自分の実力に合ったダンジョンの場合だ。

 今回のように、十分なセーフティマージンを置いた3段階下のダンジョンでは当てはまらない。


『でも、姫もそろそろ下層に挑戦できるくらいにはなったかなぁって思うんだ。

 レベルも十分に上がったし、本当にそろそろ……ね?』


 決意の籠った強い瞳の姫を見ながら、俺はうーんと声を漏らす。


「レベル的には十分だけど、姫様の周りがなぁ……」


 姫様の目指している下層だが、今の彼女達からすると強力なモンスターが多い。

 苦戦は必至だが、それでも挑戦ができる姫様が俺にはとても輝いて見えた。


 例えそれが、既に通り過ぎた場所であっても。


 人よりも能力があった。だから人よりもレベルが高くなった。

 難易度の高いダンジョンにも挑戦できた。


 けれど俺は人よりも少し優れていただけで、誰よりも優れていたわけじゃない。

 ダンジョンの攻略は行き詰り、レベルもここ数か月まったく上がっていない。


 そんな現実に、俺の心はもう答えを出していた。

 ここが、俺自身の探索者としての限界だと。


『みんなも姫の事応援してくれる? 姫、頑張るから!』


「応援するよ……っと」


 コメントの流れに乗って俺も応援の言葉を投げかける。

 燻っていた俺が見つけた姫様という希望。


 彼女はがむしゃらに頑張っていた。

 そしてそれにふさわしいだけの結果を出していた。


 それは探索したダンジョンの階層やレベル、俺と同じように見ている視聴者数に現れている。

 そんな姫様を見て、俺自身も喜びを感じていた。


 彼女に俺自身を投影して、壁を乗り越えているような気になった。


 姫様のレベルが上がったときは自分の事のように喜んだ。

 彼女がボスを倒したときはその背中にかつての俺の幻を見た。


 彼女の喜びが、俺の喜びだった。




 ×××




『じゃあ今日の配信はここら辺で終わりにしようかな』


「なんだ、もうそんな時間か」


 姫様の配信を見ながら、俺は思い出したようにこのダンジョンに来た目的を果たそうとする。

 ここの中層でしか取れないアイテムが、別のダンジョンの攻略に必要になったからだ。


 とはいえそれは攻略を進めるためではなく、稼ぎが良い場所に入るため。


「お、あったあった」


 無造作に生えている真っ白な花を見つけ、俺は近づいてしゃがみ込む。

 パーティメンバー分の4つと、予備の4つの計8つを確保しておけば十分だろう。


 これでしばらくは保つし、足りなくなったらまた来ればいい。

 この程度のダンジョンなら、俺一人で散歩のように軽い気持ちで来ることもできるから。


「確保したぞ……っと」


 立ち上がってパーティリーダーに連絡を取れば、すぐに既読がついて、間髪を入れずにメッセージが返ってくる。


『ご苦労』


 まるで業務連絡のような返信だが、彼女は不器用ゆえにそれがメッセージに現れているだけだ。

 最初こそ戸惑ったが、長い付き合いになった今は気にならなくなった。


 返信内容を見て返すことはせずにポケットにしまう。

 肩をくるくるとまわして柔軟をすれば、気持ちはもうこの後の事に向いていた。


「さて、今日は何食うかな……」


 夕食のことを考えながら踵を返し、俺は出口へと向かう。

 今日はそこまで疲れていないので、自炊するのもいいかもしれない。


 ――ピリッ


 何かが破れるような音が、右耳に届いた。

 聞いたことがないけれど、どこか不快な音。


 ――ザッ


 続いて聞こえたのは先ほど摘んだ花を何者かが踏む音。


「っ!?」


 体中の毛が逆立つような感覚を覚えて、とっさに振り返る。

 意識する前に体が動いたのは、そこに強敵が居ると感じ取ったからだ。


「……なん……だ?」


 俺の体の反応通り、そこにはさっきまで居なかったモノが居た。

 漆黒の毛皮に身を包み、紫色の電流を体中に纏い、そして黒いオーラを発する狼が。


「……な……ん……」


 いや、それは狼なのだろうか? そう自問してしまうくらいには巨大だった。

 俺の体よりも何回りも大きいそれはモンスターに間違いない。


 俺は、このモンスターを知らない。


 ダンジョンに生息するモンスターは膨大な数だ。

 だからこそ俺の知らないモンスターだって居てもおかしくない。


 けれどそうじゃない。

 俺は、この「強さの」モンスターを知らない。


 俺が普段挑んでいるようなモンスターすら霞むほどの重圧に存在感。

 それこそ今まで死に物狂いで倒してきたボスすら足元にも及ばないのではないだろうか。


「なんで……おい……」


 上手く言葉に出来ない。

 俺は震える体を必死に脳からの命令で押さえつけながら、ポケットの小型タブレットを取り出す。


 モンスターチェッカー。


 世界中で取得されたモンスターのデータが格納されている図鑑のようなツールだ。

 ダンジョンとモンスターは紐づいていて、一度でも倒されたのならばこのチェッカーに保存されている。


 使い方は簡単で、リモコンのようにモンスターに向けるだけだ。

 それだけで、チェッカーがモンスターの強さを測定してくれる。


 モンスターには発する波長のようなものがあるらしく、同じくらいの強さのモンスター同士は、全く同じ波長を出すらしい。


 モンスターの強さはダンジョン難易度に比例する。

 ダンジョンの難易度はTier4からTier1なので、モンスターの強さもそのうちのどれかになる。


 Tier2が先頭に着けばこのダンジョンで出てくる程度のモンスター。

 Tier1でも俺が普段潜っているダンジョンで出てくるくらいのモンスターになる。


 なる、はずだ。


 ――


[個体名]???


[強さ]???


[HP]???


[MP]???


 ・

 ・

 ・


 ――


「は……ははは……」


 画面に表示された「?」の羅列に、俺は乾いた笑みをこぼすしかなかった。


 もしモンスターチェッカーが正常に動作しないことがあれば、故障を疑う前にすぐに逃げろ。

 それがモンスターチェッカー配布時に全探索者に伝えられることだ。


 そんな事態になれば、そのモンスターはダンジョンに縛られない規格外の化け物だからだ。

 別名Tier0。それが規格外に付けられた称号だ。


 世界で確認されたのは3体。

 それぞれが全く異なる能力値とスキルを保持し、人の手には余る怪物だ。


 たった一体だけ討伐されているものの、それもアメリカの世界ランキング1位の探索者の手によるもの。

 それ以外の討伐報告はなく、多数の負傷者と死者を出している。


「に、逃げ……」


 そんな化け物と出会ったときに選べるのは逃げの一手しかない。

 俺は世界どころか日本の中でも最上位の探索者じゃない。


 討伐なんて出来るわけがないのは分かっている。分かっているけれど。

 同時に逃げられるのか?という疑問が頭を過ぎった。


 黒い獣は俺をまっすぐ見つめて離さない。

 人語など喋る筈もないが、こいつの意図は伝わっている。


 確実に俺を殺す。

 目の前に現れてしまった時点で、こいつは捕食者で俺は獲物だ。


「……ははっ……終わり……かよ」


 死にたくない。死にたくないが、このままでは死から逃れられない。

 まだ、姫様の下層挑戦だって見守ってないのに。


「……あ」


 そうだ。姫様だ。

 姫様は同じダンジョンの中層、つまり俺が今居る層に潜っている。


 今ここで俺が殺されれば、こいつはどこに行く?

 決まっている。この中層を虱潰しに徘徊するはずだ。


 そして、出会う探索者を一人残らず全員喰い殺すに決まっている。

 当然、姫様だって死ぬ。


「ふざけっ!」


 先ほど連絡を取ったパーティリーダーに対して素早く指を動かしてメッセージを入力する。

 Tier0の危険性は探索者ならだれでも知っている。


 リーダーなら探索者としての実績もある。

 政府も動いて、中に居る探索者達に避難の連絡を一斉に入れた後にすぐこのダンジョンを封鎖してくれるだろう。


 その後に、アメリカの世界一位の探索者にでもこいつを殺してもらえばいい。

 俺は死ぬが、ギリギリで多くの人が、姫様も助かる筈だ。


 送信ボタンを壊れるくらいに何度も押す。

 リーダー、頼む。早く見てくれ。


「おい……おい!」


 しかし何度押しても矢印が回るだけでメッセージが送信されない。

 液晶の右上を見れば、電波の表示は圏外になっていた。


「なんで……あぁ……」


 脱力して端末を落とし、俺はゆっくりと視線を戻す。


「お前……か」


 体を包んでいる電流か、それとも黒いオーラの仕業か。

 どちらかは分からないが、こいつが何かをしているのは間違いない。


「ふざけ!……っ」


 叫びそうになって必死に押さえこむ。

 どうせ言葉なんてわかりやしない。言うだけ無駄だ。


 そんなことより、もっと考えろ。

 この状況を、どうすればいい?


「どうせ俺は死ぬ……でもこのままじゃダンジョンの多くの人が……それに姫様も……」


 ぶつぶつ言いながら俺は必死に答えを出す。

 考えて考えて、そして思い出す。


「配信……終わって……」


 端末に目を向ければ液晶は光を落としている。

 けれど確かに姫様は、「そろそろ配信を終える」と言っていた筈だ。


 それなら姫様はもうすぐダンジョンを出る。

 だからそれまで時間を稼げば、少なくとも姫様は死ななくて済む。


「どうせ死ぬなら……希望をくれた人くらい生かさないとか」


 それに探索者として、このまま何もせずに死ぬというのもプライドが許さない。

 ダンジョンでしか使えない武器を取り出し、通用するか分からないが可能な限りのバフをかけ、剣の切っ先を向ける。


「おい犬っころ。来いよ」


 早鐘のように鳴り響く心臓の鼓動に背中を押されるかのように、俺は化け物を挑発する。

 黒い獣は俺の言葉に対して怒るでも嘲るでもなく。


 俺の視界を暗くした。


「っ!?」


 頭上に降り上げられた化け物の腕を見て絶句する。

 あの巨体で、あれだけ離れていた距離を一瞬で詰めてくるだと!?


 考えるよりも早く体が動き、ギリギリで剣での防御が間に合う。

 ぶつかっているのは剣と爪の筈だ。だが響いたのは金属音ではなく、轟音。


「ぐっ……おぉ……」


 片手では絶対に止められないと考えた体に拍手を送りたい気分だ。

 しかし剣を支える両腕も、剣も、そして俺の全身も悲鳴を上げている。


 もう一度は耐えられないと思うと同時、苦しくて下を向けば目を見張る光景に出会う。


「うっそ……だろっ……」


 震える自分の足のさらに下。

 ダンジョンを構成する大地に、ひびが入っている。


 持てるだけのバフがなければ今頃ぺしゃんこであることに戦慄した。

 それと同時、化け物が右腕をどかし、続けざまに左腕を振るう。


 ――冗談じゃない!


 震える脚を叱責し、体ごと倒れ込むように後ろへ飛ぶ。

 肩を何かが掠り、そのすぐ後に左腕に衝撃が走る。


 地面の振動が体に伝わり、体の震えを加速させた。


(なにが、時間を稼ぐだ! なにが探索者としてのプライドだ!)


 さっきまでの自分を罵倒し、俺は必死に起き上がろうと力を入れる。

 けれどこの危機的状況に麻痺した脳が正確な指令を送れないのか、思ったように体を動かせない。


 腕も、足も、力が上手く入れられない。

 まるで赤子のように、起き上がるという簡単なことすらできない。


「ひっ……ひっ……」


 いつからそうなったのかもう覚えていないが、しづらい呼吸をするために浅く短い呼吸を繰り返しながら首だけを背後に向ける。

 よせばいいのに、恐怖を直視してしまう。


 攻撃すらしていないので黒い獣は当然無傷だ。ゆっくりとこちらへと歩み寄ってくる。


 一歩一歩踏み出すたびに、俺の命の時間が少しずつ消えていく。

 やめろ、来るな。来るな。来ないでくれ。


 戦うという選択肢はもう俺の中にはない。

 俺は世界有数の探索者じゃない。英雄じゃない。


 ただ現状に満足しているように見せかけて停滞していただけだ。

 そんな俺に、なんとかできる相手じゃない。


「やめろ……やめろ……」


 俺の必死の声にも化け物は顔色一つ変えずに近づいてくる。

 死が、迫ってくる。


「やめろ」


 あと3歩。


「頼む……やめてくれ……」


 2歩。


「やめろぉぉぉぉぉおおおおおおお!」


 そして最後の1歩で地面を踏みしめたとき。

 世界が揺れた。


「な、なにっ……」


 激しく横に揺れる世界。

 震度の大きい地震を彷彿とさせる振動の中で、俺も化け物も身動きが取れずにいた。


 揺れは収まらず、どんどん大きくなる。

 その揺れの中で一層大きな音が響き、舞い上がった土煙と共に化け物の姿が消える。


「はぁ?」


 そう言ったのも束の間。


「う……おぉぉぉぉおおおおお!」


 倒れていた地面が消え、急な浮遊感が襲い掛かる。

 重力に従って落ちていく感覚を覚え、下を見る。


 同じように落ちている黒い獣。

 けれどその先は暗闇に包まれていて確認はできない。


 耳にうるさい程響く風の音とこれから来るであろう確実な死を予想して、俺は瞼を無意識に閉じた。

 そしてそのまま意識を落とすのに、時間はかからなかった。




 ×××




 体中が痛い。

 鈍い痛みが体中を這いまわるように走っている。


 それでも痛みの中で地面の冷たさを感じる。

 空気の流れを感じる。


 まだ、生きている。


(俺……まだ……)


 ゆっくりと瞼をあければ、真っ暗な空間だった。

 見覚えがあるわけではないが、下に落ちたのならダンジョンの中なのは間違いないだろう。


 意識がある間だけでも長いと感じるようなダイブだった。

 相当高いところから落ちたのだろう。今、命があるのは奇跡のようなものだ。


 (ここ……下層か?)


 先ほどまで居た場所とは異なる深い暗闇に、層が変わったのかと思い、立ち上がって辺りを見渡そうとした。


(ぐっ……こりゃ、体は動かせないな……)


 身じろぎしようとするだけで体が痛む。

 しばらくはこの場でじっとしているしかないようだ。


 そんな事を思うと同時に、目が慣れてきたのか闇の中を目視できるようになる。

 目の前に、何かある。


(なんだ……血の臭い?)


 やけに鼻腔を擽ってくる嫌な臭いに気分を害しつつも、目の前のモノを見る。

 それは真っ赤な肉塊だった。


 大きさ的には黒い獣を彷彿とさせるが、あの化け物ではない。

 もっと慣れ親しんだ、俺と同じ。


(うっ……うそ、だろ……)


 人だ。


 あまり原形をとどめていないが、人の死体だ。

 しかも死後すぐのものに見える。


 けれど、まるで巨人のように大きい。

 人間ではなく、人型のモンスターなのか?


 そう思い、痛みが引いてきたので手を伸ばそうとしたとき。


(……え?)


 視界に現れた異質な腕に、俺は動きを止めてしまった。

 真っ白な体毛に覆われた獣の腕。


 ゆっくりと視線を自分の体に向ける。

 目に映るのは、白い体毛に包まれた動物の体。


 腕も、足も、何もかもが獣のそれ。


 あまりの衝撃に俺は何も言えず、何も考えられずに体を見下ろしていた。

 体を動かすように指令を出せば、獣の体が動く。


 右手を動かせば右腕が。左足を動かせば左脚が。

 確実に俺の体ではない獣が、動いている。


(なんだよ……なんなんだよこれ!)


 思わず叫ぼうとすれば、獣の雄たけびのような声が漏れた。

 目を見開き、試しに何かを口に出してみる。


 しかし言葉を口にしているのに、獣の鳴き声しか出てこない。

 言葉は鳴き声に、叫びは雄たけびへと変わってしまう。


(ふざけんな! なにが……一体何が起きている!?)


 なんとか体をうつ伏せに動かし、手足に力を入れる。

 這っているような状態でも感じる体毛の感触が忌々しい。


 よろけながらもなんとか立ち上がれば、嫌でも自分の状況が飲み込めてくる。

 なぜこうなったのかは分からない。けれど。


(俺は、モンスターになっちまったのか?)


 体のどこを見ても獣のそれだ。

 ここがダンジョンならば、それはモンスターという事だ。


(でもモンスターに化けるスキルなんて聞いたことないぞ……どうすれば元に戻れるんだ!?)


 夢にも思わないような異常事態に混乱する。

 けれどその中で、俺はあることを思い出した。


(そうだ、端末……あれがあれば俺がどんな状態なのかが分かるはずだ)


 探索者に支給されている端末は探索者自身の能力も表示してくれる代物だ。

 レベルからスキル、ステータスに至るまでに様々な情報を教えてくれる。


 そしてその中には状態異常の欄もある。

 そこを見れば、なぜ俺がモンスターの姿になっているのかも分かるはずだ。


 辺りを見回してみれば、すぐに見つかった。

 肉塊の近くに落ちている。


 近づいてみれば、その大きさに驚いた。


(でかいな……俺が変身したのは小型のモンスターなのか?)


 猫ほどの大きさなのだろうか。

 そんな事を思いながら端末に腕で触れる。


 落下の衝撃で端末の液晶に罅は入っていたが、動きはするようだ。

 表示された名前を見て俺のものであることを確認し、そして。


(……え?)


 表示された内容を、俺は疑った。


 ――


[探索者名] 織田隆二


 死亡しているために、ステータスは閲覧できません。


 ――


(死亡?……死亡って、何を言って……)


 この端末は壊れている。

 だって俺はこうして生きているのだから。


 例え姿が変わったとしても、こうして生きて……。


(…………)


 目を背けていたものに、目を向ける。

 頭がやめろと警告するけれど、視線はそれから離れなかった。


 地面に無造作に転がる血にまみれた肉塊。

 よく見ればそれが身に着けているものすべてに見覚えがある。


 肉塊の向こうには見慣れた剣も落ちている。

 俺はこの肉塊を、知っている。


 ――嘘だ


 分かってしまった。気づいてしまった。

 いやそれは、本当はもっと前から気づいていたのかもしれない。


 ――嘘だ


 ただ気づきたくなかっただけなのだろう。


(嘘だぁぁあああああああああああああ!!!!)


 獣の雄たけびが響き渡る。

 否定するように叫んでも、もう頭は理解してしまっている。


 これが、俺の、織田隆二おだりゅうじの死体であることを。

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