元は人間、今は素敵な魔獣 〜モンスターと入れ替わったけど、天使なテイマーちゃんに飼われたので、共に最強まで上り詰める〜

紗沙

プロローグ

 俺はテイムモンスターである。

 漆黒の毛並みに、凛々しいオオカミのような姿。それが俺だ。

 名前は人間だった頃は織田隆二だったが、モンスターになってからは『虎太郎』というちょっと古臭--いや、素晴らしい名前をつけてもらった。


「今日も順調に探索ができましたね。竜乃ちゃんも虎太郎くんも、カッコよかったです!」


 そう言いながら俺の首を撫でるのは、俺のテイマーでもある望月里奈ちゃん。

 高校生で、茶髪に眼鏡をかけていて文学少女のよう。

 そして性格はマジ天使な飼い主様だ。


“今日も虎太郎の旦那はすごかった”

“竜乃の姉御のブレスはいつみてもすごい”

“でもやっぱり、モッチー居てこその旦那と姉御だよ”

「えへへ……そうですよねぇ。私が少しでも二人でも輝かせるために、これからも頑張ります!」


 配信で流れるコメントに、望月ちゃんは上機嫌。

 彼女にとって俺たちが褒められることは、何よりも嬉しいことだからだ。

 流石天使。大天使モチヅキエルの愛は今日も俺たちに降り注いでいる。


 今、俺たちは探索者用のテントの中にいる。

 三人……いや、望月ちゃんと俺たち二匹だけの雑談配信。

 けれどそんな俺たちの配信を、多くの人達が視聴してくれていた。


“今日も相変わらずのモチキチ”

“自分<越えられない壁<旦那、姉御”

“その自分の前に越えられない壁を何枚も隔てた最下層に、それ以外の全てが位置するんやで”

“全てをテイムモンスターに捧げた女は訳がちげえや”

“虎太郎と竜乃のグッズ、観賞用と保存用と観賞用で3セット揃えて、しかもそれを保管するためだけにマンションの一室借りてるの聞いて爆笑した”


 なお、そんな配信を見ている視聴者達からの望月ちゃんの評価はちょっと違う。

 大天使モチヅキエルは、あまりの熱の入りっぷりにモチキチとして親しまれていた。

 望月ちゃん、配信で俺や竜乃のシーンを振り返って悶えるのは良いけど、夜はちゃんと寝てくれ。

 お兄さん、心配だよ。


『里奈は相変わらずね。まあ、そうやって私たちのことを大切に思ってくれるのは良いんだけどさ』

『文句はないけど、たまに心配になるけどな。ダンジョンの攻略情報を調べつつ、自分の配信を見直して、俺や竜乃も見てくれるってのは、大変だろうし』

『里奈にとってはそれが幸せだから良いのよ。好きなのは負担にならないらしいわ』

『そんなことないと思うが……というか、お前なんで今日も俺の背中に乗ってるんだよ』


 上から聞こえてきた声に返せば、視界の隅に白が映る。


 俺の背中に乗って寛いでいる彼女の名前は、竜乃。

 白いドラゴンで、これまた望月ちゃんのテイムモンスターだ。

 一応俺の先輩ということで、お姉さん風を吹かせてくる。


『あんたの背中、気持ち良いんだもの。この毛並みはまさに最強ね。里奈がハマるのも分かるわ』

『魔法や物理攻撃を褒められるならともかく、毛並みが最強とか言われてもな……つーか何度も言ってるけど重--』

『虎太郎?』

『ぜひ、くつろいでいってくれ』


 パカっ、と口を開かれた気がしたので、首を戻して地面に伏せた。

 竜乃はドラゴンらしく炎のブレスを吐くのだ。

 俺の綺麗な毛並みが焦げて漆黒から黒になってしまう。


「あっ、あっ……竜乃ちゃんが虎太郎くんの上で翼を広げてる……合体、してるっ!」


 望月ちゃんの甲高い声に視線をそちらに向ければ、そこにはやや蒸気した頬で俺たちを見つめる望月ちゃんの姿。

 また、配信ドローンに映し出されるコメント欄も視界に入った。


“落ち着けて”

“華の女子高生がしちゃいけない顔してるって”

“モチキチ……”

“モチキチ……”


 望月ちゃんはどこからかめっちゃ高そうなカメラを取り出し、それを俺たちに向けた。

 確か撮影用に買ったカメラで、結構高かった筈。金額聞いてビビったなぁ。


「竜乃ちゃん! そのまま! ステイっ! 良いよぉ! かっこいいよ! うん、これ引き伸ばして額縁に入れなきゃ!」

『……あんたにブレスを吐こうとしただけなのに、完全にミスだわ』


 背中から苦笑いと共に竜乃の声が聞こえて、俺は鼻で笑った。


『俺らの飼い主様に付き合うんだな。飼い主の願いを叶えるのが飼い犬……じゃなくて飼い……飼い……モンスター? の使命だ』

『飼いモンスターって何よ……っていうか他人事だと思って、このこのっ』


 背中に、竜乃の翼がクリーンヒット。

 全く痛くないけど、大袈裟に声を上げてふざけることにした。


『いてっ、あ、痛い。折れた。うわー、暴力反対ー』

『……ボスの攻撃すら耐えるすごく頑丈なあんたが、この程度で怪我する訳ないでしょ』


 再びぺしっ、と翼で軽く叩かれた。

 正論で返してくるじゃん……、とちょっとだけ眉を顰めた後で、俺は再び配信ドローンのコメント欄を見る。


“悲報、俺ら、置いてけぼり”

“悲報、いつものこと”

“悲しいかな、誰も、モッチーを、止められないのである!”

“はい、このまま15分は戻ってきませんからねー。今のうちにお風呂入ったりトイレ行ったりしましょうねー”

“雑談配信でこれだけ視聴者集めてもマイペースで暴走するあたり、マジでモッチーって大物なんだなって感じするわ”

“関東最強の一角やからね、仕方ないね”

“俺らなんて旦那や姉御の足元にも及ばないからね、仕方ないね”

“でも見るしかないからね、仕方ないね”

“訓練されててワロタ。……でも俺も訓練されてるから笑えない”


 今日も配信は大盛り上がりなようで、視聴者も楽しそうだ。

 俺の背中で翼を広げている竜乃も楽しそうだし、カメラを構えながらテンションが高い望月ちゃんも、もちろん楽しそう。


 そんな楽しい雰囲気に感化されたのか、ちょっとだけ昔を思い出した。

 人間だった俺が、モンスターになった頃。それこそ、望月ちゃんと出会う前のこと。

 苦しかったけれど、乗り越えてきた日々を思い返そうとして。


「虎太郎くん! 立ち上がって……そう、そうっ。あぁ、カッコいい……虎太郎くんも竜乃ちゃんもカッコいいなぁ……」


 望月ちゃんに請われて、俺はスクっと体を起こした。

 視界が上がったので、目を瞑り、決め顔をして写真映りを良くする。

 フラッシュをたく望月ちゃんの気配を感じつつ、今度こそ過去の日々を思い返していった。

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