第2話1-2

プロミネンス騎士王国騎士学園。

王都から馬車で西に2日の位置にある。

周りを山々に囲まれた広大な盆地に南北1km、東西1.5kmというこれまた広大な敷地の中に石造の建物がいくつも並ぶ。

その中で1番大きな円形の建物がある。

最大収容6000人、建物の真ん中に四角い舞台があり、それを囲むように10段の客席が並ぶ。

名を闘技場。


「学園最弱「敗者(ルーザー)」対魔力量だけ天才「暴発王女」の一戦」


「かなりの泥試合になるんじゃねえか?」


「さっさと終わらせろよ!時間の無駄だから!」


闘技場の客席には次の時間に使う予定の一年A組の生徒たちがやってきて見物中。


「ルールは剣帝大会予選と同じ。どちらかが気絶もしくはギブアップした時点で終了とします。とどめを刺そうとしても先生の魔力「障壁(ウォール)」で止めてあげるから心配せずに本気で戦ってください」


先生の説明に同時に頷く僕とクロエさん。


「それでは神器展開」


利き手のブレスレッド型魔道具「神器」へと魔力を込める。


「顕現せよ。灼熱の業火!『イフリート』」


クロエさんの神器から眩い真紅の光が放たれ会場全体を包み込む。

神器を展開する時に放たれる輝きの強さによって所持者の魔力値の高さが現れる。

通常は一瞬光ってすぐに収束するが、この大きな闘技場を覆う光……なるほど。王国史始まって以来の魔力量と騒がれるのも頷ける。


「行くわよ!」


クロエさんは眩い光の中心に手を伸ばし一振りのロングソードを抜き放つ。

それは真紅に染まった十字架を思わせるロングソードで剣身と鍔がクロスした真ん中にはルビーが妖しく光る。


「顕現せよ。全てを欺く幻『霧雨』」


僕の魔力に反応し神器が水色に輝く。

その光の中から一対の淡い水色の刀を鞘から抜き放つ。


「お、おい見ろよ」


「ああ……なんてしょぼい光なんだ」


あまりの魔力量の低さに唖然とするA組の生徒達

平均魔力量の4倍以上が当たり前の彼らからしたら僕の魔力量の低さは逆に異常なのだろう


「両者準備はいいですか?」


「はい!」


「もちろん」


「では始めてください!」


開始の合図とともにイフリートを構えるクロエさんは勢いよく飛び出し僕へと切り掛かる。


「幻影霧剣流 守式『流』」


僕はクロエさんの振り下ろしを刀で受け流し体勢を崩す。


「く……まだまだ!」


体勢を崩しながらも突き、横薙ぎと連続で剣戟を放ってくるクロエさん。


「おっとぉ!」


それら全ての剣戟に一切の無駄はなく今まで目にしてきた太刀筋の中で最も流麗。

彼女の弛まぬ研鑽の日々が伺える。

しかし剣術は僕の得意とする分野。

これに関しては誰にも負けたくない。


「幻影霧剣流 攻式 弐の型『蛇剣』」


流によりクロエさんの攻撃を受け流し体勢を崩した所へ腕をムチのように振い、通常ではあり得ない相手の背後へ腕を回し刀を振るう。

そんな僕の一撃が当たる瞬間ーー


「魔装『火衣』」


クロエさんの周りを可視化するほどの魔力が覆い僕の斬撃を弾いた。


魔装……高出力の魔力を自身の周囲に放出することで魔力武器「神器」や魔物の攻撃から身を守る魔法騎士の技の一つ。


クロエさんはおそらく全力で魔力の解放はしていない。しかし、噂では魔力を扱えきれずに自滅することが多いと聞いていただけにしっかりと扱えきれていることに驚く。

本人は全力で解放することを躊躇っている節が見受けられるがこの魔力操作技術なら全力でも。


それから互いに距離をとって仕切り直し。


「嘘、だろ」


「こ、これが落ちこぼれ同士の戦い?」


「それにあの王女が魔力を操ってるぞ」


「し、信じられねぇ」


一連の斬り合いを見ていたA組の生徒たちがどよめく。


「これが王宮剣術……凄まじいまでの太刀筋、体勢を崩しても即座に立て直す体幹、女性が扱うには苦である一mの直剣を自在に操る剣術、瞬時に纏ってみせた魔力操作……ものすごい研鑽を積んできたことがわかるよ」


「それはあなたもよ。私の剣戟に耐えるだけじゃなくて受け流しつつ、不意に体勢を崩して来るから本当にやりずらい。あなたの実力を見誤っていたわ」 


僕とクロエさんは剣を構えて笑う。

数号切り結べば相手のことは大体わかる。

そしてやはり彼女は全力で魔力を解放することを躊躇っている。

本当はこれ以上、幻影霧剣流を見せるつもりはなかったけど同じ志を持つクラスメイトとしてはクロエさんに強くあって欲しい。

それに騎士として苦しんでいる人が目の前にいるのなら救う。それが騎士道。


「行くよ……幻影霧剣流 歩法術 『縮地』」


ミドルレンジで直剣を構えるクロエさんがまばたきで一瞬目を瞑った瞬間、五mの間合いを三歩で詰めクロスレンジの間合いにクロエさんを捉える。


「え……」


目を閉じる前はミドルレンジにいた僕が一瞬にして目の前に現れたことに驚き固まるクロエさん。

しかし、「ふぅ……」と短い呼吸で平静を取り戻す。


「王宮剣術改 壱の型 『火天』」


中段に構えるイフリートをそのまま僕へと突き出す


「摂氏2000℃の突き 魔鋼鉄を融解させる灼熱の突きよ!さあ、どうする?」


不適な笑みを浮かべるクロエさん。


「僕にできることは受け流すことだけだから……幻影霧剣流 守式 『流』」


喉元へと迫る突きを受け流し、幻影霧剣流 攻式 弐の型『蛇剣』で、すかさず反撃。


「魔装を発動するよりも僕の剣の方が先に到達するよ。さあ、どうする?」

「く……」


苦悶の表情のクロエさん。

さあ、追い詰めたよ。クロエさん。



◇◇◇◇◇



「出来損ない」「魔力だけ」

これが周りからの私に対する評価だ。

別に望んでこんな魔力量を持って生まれたわけじゃなかった。

だけど、周りにはそんなこと関係なかった。

そんな周り、特に家族に対しての怒りが収まらず若干5歳になったばかりだったが私は剣を取った。

そして今日まで剣を振り続け、魔力操作の訓練も続けた……

しかし、自分に自信が持てなくて練習ではうまく行くのに本番だと暴発してしまう魔力。

そして追い詰められた今現在、諦めようとする弱い自分にまた流されそうになる。


「……やだ!負けたくない!私はもう負けたくない!」


真紅の魔力がはじけ私を包み込む。



◇◇◇◇◇



「私はもう二度と敵が自分であろうと負けたくない!」


会場を覆っていたクロエさんの魔力が1箇所に集まり聖書に記された炎の巨人へと姿を変えていく。


神の敵を焼き払い、世界を覆った巨大津波を一瞬にして消し飛ばしたとされる破壊の炎は畏怖の念を込めて「神の怒り(イフリート)」と呼ばれている。


「顕現せよ!全てを阻む壁となれ!『障壁(ウォール)』」


炎の巨人を見た先生は瞬時に神器を展開し客席に座るA組の生徒に被害が出ないよう障壁を展開。


「魔装 微水(ウォーターミスト)」


僕は自身の周囲に魔力を展開しクロエさんの発する高熱から身を守る。


「な、なんて魔力だよ!」


「いつも魔力を暴発させる奴が……」


「完全にコントロールしてるぞ!」


「ゆ、夢でも見てんのか?あの暴発王女が……」


この試合で1番の度肝を抜かれるA組の生徒達。


「魔力はその人の想いそのもの。奮い立てば味方をし。平時は無。臆せばのみ込まれる。心せよ……昔の人はよく言ったものだね」


僕へと向かってくる炎の巨人へと霧雨を構える。


「第7代プロミネンス王が人類で初めて「神器」を使い滅びかけたこの世界を魔物から取り戻す初陣で、怯える兵士たちを鼓舞するために言ったとされる言葉ね」


クロエさんは背後に巨人を従えて自重気味に笑う。


「昔から言われてきた事だから理解してるつもりだったけど全然わかってなかった。臆せばのみ込まれるか……ありがとう。あなたのおかげでようやく前に進めたわ」


「いやいや。僕はただ君の全力が見てみたかっただけだから」


「それでもよ。色々と失礼なことを言ってごめんなさい。あなたは強い。だから、私の全力を持ってあなたを倒す」


クロエさんは天井に向かって剣を振り上げる。

すると、炎の巨人は右拳を振り上げ、僕に向けて灼熱の拳を振るう。


「僕も色んなことを言ってごめん。そして、認めてくれてありがとう。でも、僕は負けるわけにはいかない。だから、全力で君を倒す!ーーーー

幻影霧剣流 攻式 参の型 『朧』」


「焼き尽くせ!イフリート!」


炎の巨人による容赦のない一撃が僕を飲み込む


「本当に強かったわ。あなたのおかげでこの力を完全に自分のものにできた。ありがとう」


クロエさんは炎の巨人を解き、ホッと一息。

人生で初めての全力の魔力を御したことによる疲れからだろう、体がよろめく。


「ふぅ……」


クロエさんは炎に包まれる僕に背を向けて歩き出す。


「まだ先生は終わりって一言も言ってないよ」


僕は霧雨でクロエさんの肩を叩く。


「な、なんで!炎に包まれてーー」


僕の声に驚き振り返るクロエさん。

驚愕顔のまま炎に包まれている僕を指差す。


「いい焼かれ具合だよね。僕の魔力で作り出した虚像」


「虚像?」


「そう。大気中にある気温を一部分だけ下げることで周りの空気との間に温度差ができ光が屈折することで虚像を生み出すーー俗にいう蜃気楼っていう現象を人工的に再現した技」


去年先生とマンツーマンで実験し続けた日々が走馬灯のように頭をかける。


「と、とんでもない魔力操作技術じゃない。それに剣術と言い優勝候補の1人じゃ……な……」


「お!っと」


魔力の使いすぎで意識を失ったクロエさんを慌てて抱き止める。


「ふぅ……なんとか間に合った。それにしても女の子って……ぐふん。邪なことを考えるなんて騎士の風上にも」


「うう……うるさい」


「……はい。すみません」


気絶しながらも的確なツッコミを入れてくるクロエさんに謝罪し、孫を慈しむおじいちゃんがただただ可愛い孫を純粋な気持ちで見守るように邪な気持ちは一切捨てて意識を失ったクロエさんを医務室へと連れていく。


「……あれがエンドのE組?」


「ただの化け物じゃねぇか」


「決めた。剣帝大会に出ようと思っていたけど辞退しよう」


「おれもそうする」


闘技場に残されたA組の生徒たちは誰もいなくなった武舞台をしばらく真剣な顔で見つめ続け、2時間目の授業に遅れて叱られたそうな。

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