第16話 Revenge story
バーナードは再びパイプに火をつけた。
「ペドロ、フレッチャーさんが言っている事は本当なのか?」チャールズは、ペドロに最後の希望をかけた。
「はい。あともう少しで、完全犯罪が達成できると思ったのに・・・。あなたさえいなければ・・・。」「私はただ、あなたに呼ばれただけですよ?恨むなら私をみくびっていたウィリアムズ君を恨みなさい。」バーナードの澄ました顔に、ペドロは憤りを感じていた。
「いや、彼もあなたのことは、みくびってなんていませんでしたよ。。だが、この計画の一番のネックだったのは、リチャードさんの存在だった。彼は頭が良すぎるし、彼以外で彼らと接している人はいないし、みんな彼を信頼していた。」「確かに、かなり手こずりました。」バーナードのわざとらしい仕草をペドロは無視した。「やつは最後まで俺を疑っていた。」「いえ、確信しておられましたよ?」ペドロはますますバーナードを憎んだ。
「でも、いったいどうやって・・・。こんなにずっと一緒にいたのに・・・。本当にフレッチャーさんが言っていることを君がしたのかい?」ペドロは、顔に不気味な笑みを浮かべた。
「はい、フレッチャーさんのおっしゃったことに、間違いはありません。」ペドロの言葉に、バーナードは満足げにお辞儀をし、チャールズは顔を背けた。
「ミスターハミルトン。これでご理解いただけましたか?以上がこの事件の顛末です。」「理解なんてできるわけないじゃないですか。まだ肝心な事が不明瞭のままじゃないですか?」チャールズは取り乱したように、大声でがなりだした。
「ペドロ、これだけははっきりさせてくれ。」チャールズはパドメの亡骸を眺めて、再びペドロを見た。「お前がパドメを殺したのか?」ペドロはまだ笑みを浮かべたままだった。
「はい、私があの夜、姉さんにゾンビパウダーをもった。」「一体どうして?」「さっきも言ったじゃないか、復讐だよ。」「パドメは関係ないだろ?」「いや、姉さんも例外じゃない。」「なぜ・・・君の姉さんは、君をあんなに愛していたのに・・・。君のために彼女はどれだけの事をしたか・・・。」チャールズの目には光る何かが浮かんでいた。
「分かってますよ。姉さんのことは、あんたよりも知ってますよ。でも姉さんは俺を・・・俺たちを捨ててあんたらを選んだんだ。憎いはずのハミルトン一族を。」ペドロはチャールズを力強く指を指しながら怒鳴り散らした。
「あなたの一族はハミルトン家に滅ぼされた。」ペドロはバーナードの言葉に目線だけ向け、チャールズに全てを訴えかけるように話した。
「姉さんの家系は、代々集落の族長でブードゥー教のシャーマンだった。もちろん姉さんも次期のシャーマンであり、族長となる予定だった。そんな集落は、作物の不作や部族間闘争で集落が不況になった。そこで集落の男たちは、出稼ぎに行くことにした。もちろん族長である、姉さんの父親も集落のためと出稼ぎに行くメンバーに入っていた。。」「そこにハミルトン家の屋敷の建設の仕事が入ってきた。」「報酬に加え集落の支援も約束されて、すぐに集落の男たちは異国の地を目指し海を渡った。」「だが、何ヶ月経ってもハミルトン家から支援される兆しはなかった。」チャールズはバーナードの言葉に、驚きを隠せなかった。
「男たちが向こうで怠惰だからと言われていた。もちろん、集落の人間は誰も信じなかった。だがそれを主張したからと言って状況が変わるわけもなく、やがて集落は隣の集落に略奪されるような形で吸収され、姉さんには新しい父親ができた。」「新しい父親?」「最低なクズ野郎だった。俺は毎日のように奴に殴られ姉さんは・・・。」「その新しい父親というのがもしかして・・・。」「はい、私の本当の父親です。」「じゃあパドメとは腹違いの・・・。」チャールズはだんだん言葉を失っていった。
「そしてそれから七年経ち、屋敷が完成すると集落の男たちは祖国に帰った。」「そして死んだ。新しい族長である父の手で、集落に戻ってきた男たちは全員皆殺しにされた。」ペドロは顔色ひとつ変えず、平然とした顔で話した。
「俺は目の前で、自分の父親が人を殺している姿を目の当たりにした。虫ケラのようにナイフで一刺し。呆気なかった。母さんも姉さんも泣き続けてた。それから母さんは抜け殻みたいになって、ある日、川辺に打ち上げられているのが見つかった。」ペドロの頬を一筋の涙がつたっていった。
「どんな時でも優しくて、俺にとって大事だった母さんを奪われたという気持ちが幼いながら芽生え、やがてその悲しみは父親への憎しみに変わった。」ペドロは拳を血が出そうなくらい握りしめていた。
「そしてある夜、何かが割れるような物音が聞こえて、目が覚めた。もちろん様子を見に行くと、そこにカエル毒が塗られたナイフを持った姉さんと、傷を負ってる父さんの亡骸があった。」「まさか、パドメが?」ペドロは黙って頷いた。
「その時の姉さんの顔は忘れられなかった。復讐という悪魔に取り憑かれた、残忍な顔だった。だがすぐにいつもの優しい姉さんに戻った。俺はそれが怖かった。姉さんは俺に、部屋に戻るように言ってきた。姉さんはどうするか聞くと、姉さんはまた復讐に取り憑かれた顔に戻った。そして姉さんはこう言い残した。」ペドロの目の奥は、恐怖の念が浮かんでいた。
「私たちをこんな目にあわせた奴らを呪いに行くと。」「それが我々のこと・・・。」チャールズは息を吐くようにつぶやいた。
「その時に私もせがんだ。復讐をしても母さんは戻ってこないことは分かっていた。でもだからって何もしないでいることも出来なかった。ただのやり場のない怒りをぶつけたいだけだったのかもしれないが・・・。」「それであなた達はこの国に来て、ウィリアムズ君に出会ったというわけか。」「彼は右も左も分からない私たちに、良くしてくれました。私は彼の知識を復讐に使えないかと考え、カエル毒の事や、ゾンビパウダーについて教わった。というよりかは、一緒に勉強をしたと言った方がしっくり来るかもしれませんがね。」バーナードはロバートに呆れるような笑みを浮かべた。
「そして姉さんはいよいよ、ハミルトン家の召使いになり、屋敷に潜入できる時が来た。順調に計画が進行し、いよいよ復讐が果たせると思っていた。」すると急に、ペドロは怒りで体を揺らした。
「だが、姉さんは変わってしまった。いや、変えられてしまった。そして終いには敵に恋してしまうしまつだ。」ペドロはチャールズを睨みつけながら、力強く指差した。しかし、チャールズはそれに屈することなく、毅然とした態度でペドロを鋭く見ていた。
「いや、君の姉さんは変わってなんかいない。そもそも彼女にはそんなことは出来なかった。なぜだか分かるかい?君のお母様みたいな優しい心を持っていたからだよペドロ。」チャールズは、鋭くも温かみのある声で語りかけた。
「そう、だが私には極悪非道な父の血も入っている。そこからは俺の復讐の物語が幕を開けた。私だけは母さんを裏切らない。その一心で結婚式当日を待ち侘びた。」「だから二人の幸せな時間をぶち壊すために、結婚式の日を実行日に選んだのか?」チャールズは、憤りで体が震えていた。
「まぁそれもあったが、いろいろと都合が良かった。計画に使用する物を、うまくカモフラージュして仕入れることも容易かった。」「それでアフリカ料理を?」「あなたを誤魔化すことはできませんね。さすが、フレッチャーさん。あれも私が姉さんに提案したんですよ。そしたら仕入れの品の管理も任されて、好都合でした。だが、そのせいでリチャードの監視が厳しくなってしまった。計画段階から彼は、私の行動一つ一つにケチをつけるようになった。」「それが彼の仕事だからね。リチャードは我が家にトラブルを持ち込まないように尽くしてくれた。」チャールズは、リチャードを眺めた。ペドロは、そんなチャールズの言葉を鼻で笑うとさらに話を続けた。
「このままでは計画が破綻してしまう。そこで私は、この国の唯一の友人に助けを求めた。」そう言いながらペドロは、意味深にバーナードに視線を送った。
「それが大きな間違いだったというわけですね。」「だが、ウィリアムズさんのおかげで、随分とうまくことが運びましたよ。あなたの捜査を撹乱することで、リチャードにとっての邪魔が増える。それにあなたという異物が、閉鎖的なこのハミルトン家に入ることで、みんなあなたに夢中だった。」「ええ、うまく利用されてしまいましたね。」バーナードは頭の後ろをかきながら、笑みを浮かべた。
「では、あなたのお連れの方も・・・。」「お恥ずかしい話ですが・・・。」バーナードは気まずそうにチャールズに頭を下げた。
「彼はリチャードに罪を着せるために、フレッチャーさんをこの屋敷に招く手紙を自作自演してもらいました。そしてあなたを騙すことができれば、あなたの説得力のある推理で、周りの人間をねじ伏せることができると考えて行動してくれましたが・・・。ここまで危ない橋だったとは想定外でした。」「あの手紙は最初から胡散臭さがぷんぷん臭っていましたよ。そもそもなぜ、昨日の出来事を手紙に書いて今朝届くのか、なんならそうなると考えたのか、私には不思議で仕方がなかった。」「そんな時からですか?それはちょっと甘くみすぎていました。」ペドロは感心の気持ちで、清々しい表情を見せていた。だが、バーナードは首を横に振っていた。
「そう言いたいのは山々ですが、お恥ずかしながら、私もあなた方の術中にハマってしまっていた。あなた達が甘く見ていたのは、執事長のリチャードですよ。彼は最初からあなたが犯人であることを確信していた。あなた達は私がこの屋敷に来ようが来まいが、ハミルトン家の執事長に負けていたんですよ。」バーナードは強い口調でペドロに言い放ちきる前に、ペドロが急に笑い出した。
「そういうことか。姉さん、俺はあんたに負けたみたいだよ。」そう言いながらペドロは、パドメに手を触れようとした。すると勢いよく、チャールズがパドメが眠る棺に駆け寄ると、彼女を守るように腕を広げ、ペドロを睨んだ。それを見たペドロは、蛇のような笑い方でチャールズを嘲笑った。
「本当にあなたは姉さんに愛されていたんですね。嫉妬してしまいそうですよ。」「パドメは君のことだって愛していたさ。」「それは僕だって。例え流れている血は違えど、同じ母体から生まれ、同じ母親を愛し、失った悲しみに涙を流し、そして憎んだ。そんな姉さんに、私が愛を示さなかったと思いますか?」ペドロはチャールズに詰め寄った。
「でも、姉さんはあんたを選んだんだ。あの夜に。」「あの夜?パドメが僕を殺そうとした日?」ペドロは黙って首を横に振った。
「あの夜、姉さんに呼ばれた。姉さんは体調なんて崩してはいなかった。」「結婚式の夜。」チャールズは、ペドロの言葉にすぐにピンと来た。
「私は絶好のチャンスだと思い、ゾンビパウダーを用意していた。だが最後の情けとして、姉さんに選択肢を与えようとした。だが、姉さんはすべてお見通しだった。私がやろうとしていた計画は、すべてバレていた。」「パドメさんは全部知っていた・・・?」バーナードはポツリとこぼした。
「そして改めてチャールズ・ハミルトンを愛していること、これからはあなたの夫として、ハミルトン家の人間として生きていくことを誓ったこと。そして復讐することをやめたことをはっきりと告げられた。悔しかった。」チャールズとペドロは、相反する涙を目に浮かべていた。
「でも、あなたに復讐の心がまだあるなら、私もハミルトン家として受け入れる。それが、あなたの心を復讐色に染めてしまった姉さんの償いだと言い、泣きながら私に許し乞い始めた。だが・・・。」ペドロは言葉に詰まったが、大きく深呼吸をして再び呼吸を整えた。
「だが、私は復讐を選んだ。それを知ったパドメは泣きながら、私が用意していたゾンビパウダー入りのスープを飲み干した。パドメの父親や私の父親、そして母が死んだ時みたいに呆気なかった。」チャールズは、口を押さえて涙を止めようと努力はしたが、押し寄せてくる感情を、たかだか両手で押さえることなんて出来なかった。
「パドメ、君がこの家を・・・。」「その意思をリチャードさんは、パドメさんに託されていたといわけですね。だが、彼も彼でペドロさん、あなたを信じていらっしゃった。だから、あなたの手が人を殺めていることを理解していたにもかかわらず、受け入れることができなかったんです。だから、逆にここまでの犠牲者が出てしまった。彼はそう嘆いていらっしゃいました。」するとペドロの様子が急に不気味に変化し、月夜の影が彼の顔を隠した。
「だが、そう嘆いても、死者は戻らない。もう誰も後戻りはできない。だから私は復讐をやり切らなければならない。誰も運命に逆らうわけにはいかない。」ペドロが勢いよく叫ぶと、急に腰に隠していたナイフを振り上げ、チャールズの腕を切り付けた。しかし、硬い物に当たった感覚と、甲高い無機質な音が響き渡った。バーナードは鎧甲冑の飾りが持っていた、銀色に輝く剣でナイフの攻撃をかわし、ペドロに剣先を向けた。
「私も亡くなる直前に、リチャードさんと約束をしてしまいました。ハミルトン家の一人息子であり、自分が愛した女性の子供を守ると。」バーナードの構えた剣は鋭く光を放っていた。
「分かりました。ではブードゥーの呪いにひれ伏し、恐れ慄いてもらいましょう。」そう言いながら、ペドロはナイフから剣に持ち替え、バーナードに切り掛かった。バーナードはその剣筋を華麗に避けた。
「動きとしてはまぁまぁですね。」ペドロは笑顔を浮かべながら、攻めの姿勢を貫いていた。無機質な音は屋敷中に響き渡った。月がだんだんと夜空から外れ、少しずつ空に色がつき始め、その光は二人の剣に反射し鋭い光を放っていた。バーナードはその光に気を取られてしまい、剣の入りを見誤ってしまった。ペドロはその隙をつき、剣を内側にねじ込ませ、大きく回した。バーナードの手から離れた剣は宙を舞い、大きな音を立てて床に叩き落とされた。
「もう誰も私を止められない。」ペドロはバーナードにとどめの一撃を与えようとした時、再びそれを弾く銀色に光るものがバーナードの前を横切った。
「今度は私が相手だ。ペドロ。」ペドロはチャールズを、不敵な笑みで眺めると、剣を構えた。
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