第15話 Show time
バーナードはガサゴソと、自分が身につけている鎧を触りまわっていた。その間もどこか不穏な雰囲気が流れていた。すると何かに気がついたかのようにふと手を止め、ペドロを見た。
「君は脱がないの?ならちょっと手伝ってよ。」ペドロとチャールズは困惑していた。鎧が軋む音がだんだんとエスカレートすると、ようやくバーナードから鎧が離れた。
「本当にいいの?ちょっと長くなるよ。」バーナードがそういうと、ペドロも渋々鎧を脱ぎ始め、あっという間に脱ぎきった。
「え?ねぇどうやったか教えてくれない?ほら、なんていうの?またこういう事があるかも・・・。」「フレッチャーさん、そんなことよりどういうことですか?」ペドロは目を泳がせていた。
「どういうことと言いますと?」「いやさっき呪いの正体が私だと・・・。」「いえ、私は呪いの正体が分かったと言ったのです。だがしかし、あなたがそうおっしゃるというなら、あなたが呪いの正体だったということですか?」「は?何を言っているのですか?」ペドロの戸惑いは、さらに増しているようだった。
「まぁ確かに私はあなたを疑っています。だがあくまで、それは私の頭の中での話。それを真実とするにはまだ早計であることは自明しております。」そういうと、三人はリチャードの亡骸に目を向けた。
「しかし、あなたが彼を殺害したという事実は、私を含めハミルトンさんも目撃しています。そうですよね?ハミルトンさん。」急に話を振られたチャールズは、犯人並のしどろもどろさを出していた。
「は・・・はい。」「これについてはどう弁解されますか?ご説明いただきたいですな。」バーナードは鋭くペドロを見ているのに対し、ペドロも二人の方を小刻みに見た。
「いや、それはチャールズ様の身に危険があると感じたからですよ。」「なるほど、ミスターハミルトンに、身の危険を感じたからですね?では、なぜ、そんな動きにくそうな格好をされていたのですか?もし彼を助ける局面であれば、その鎧甲冑を身につける必要はないはずですが?」そう言いながら、バーナードは胸ポケットからパイプを出して、咥え始めた。
「それはとある探し物をしておりまして・・・。」「鎧甲冑の中にかい?」チャールズもだんだんとペドロへの疑いを強めていた。
「焦げついたウェディングドレスなら見ましたけど?」バーナードの言葉にペドロは目を見開いた。
「どうして?」「実は偶然も偶然だったのですが、私、お恥ずかしながら道に迷ってしまいましてねぇ。意図せずこの廊下に辿り着きまして。それでこの廊下を通るとなんと、焦げたウェディングドレスを着た、鎧甲冑の飾りが目の前に現れまして、お恥ずかしながら飛んでびっくりしてしまったんです。」チャールズとペドロは困惑した顔を浮かべていた。
「あ、びっくりしたのはここだけの話ですよ?」「でもそのウェディングドレスなら私も見ましたよ?フレッチャーさん。パドメが私をあの部屋まで導いたのです。」「はい、存じ上げております。あれは私ですから。」チャールズは複雑な表情を浮かべた。
「あ、着てないですよ?私そういう趣味はございませんので。」バーナードは一生懸命弁解した。
「あれは、やっぱりパドメではなかったのか・・・。」チャールズは落胆していた。
「恋は盲目って奴ですかね?」「では、あなたが私をあの部屋へ?」「はい、大変申し訳ございませんでしたが、あのウェディングドレスを使わさせていただき、あなたを誘導しました。」バーナードは鋭い目つきだった。
「あなたはこの二日間で、ご自身では気づかないほどの精神的ショックをお受けになった。それゆえ私はあなたの信頼を失ってしまっている。だから、私ではなく、一番信頼のおけるあなたの奥様のお力をお借りして、あなたに真実をお伝えさせていただきました。」すぐにバーナードの顔はうつむきながら、リチャードの亡骸を見た。
「だが、そのせいでまた一人犠牲が出てしまいましたが・・・。」「なるほど、ということはあなたが居なければ、チャールズ様がリチャードさんに襲われてる勘違いをせずに済んだといわけですね?つまりあなたのせいでリチャードさんは死んだ。そういうことですか?フレッチャーさん。」ペドロはバーナードに詰め寄った。
「いいえ。私はあの部屋へ導いたまでです。あなたの意図しないタイミングでね。」「ナイフ・・・。」チャールズは消え入る声でつぶやいた。
「あなたはチャールズさんにこの家の真実を見せ、リチャードさんに恨みを持たせて殺害させようと企てた。あの資料を見せるためにレースを切りナイフも机に刺し、いよいよチャールズさんを誘き寄せようとしたとき、あろうことかチャールズさんの声がダイニングから聞こえてきた。」バーナードの手には、その白いレースが握られていた。
「びっくりしたんじゃないですか?チャールズさんがあの通路に入ってきた時は。そのせいであなたはリチャードさんに見つかってしまった。」ペドロは何も答えなかった。
「私は、どうしても犯人を突き止めたい一心で、再び廊下に戻ってくるであろうと信じてあの場に戻りました。そしてそのおかげで・・・私は、犯人を確信することができた。」バーナードはリチャードの死に顔を一瞬見た。
「それが私ってことですか?フレッチャーさん。」「ええ、私は一部始終をずっと見ていました。あなたがこの廊下に戻ってきて、まず鎧の飾りがウェディングドレスを着ていないことに困惑し、二人が揉み合いながらこちらに来るはるか前から急いで鎧甲冑を身につけ、隠れているところを。まるで、ここにあの二人が来ることが分かっているかのように。」バーナードはパイプを吸うと、ゆっくりと煙をはいた。
「なるほど、そこまでこの一連の騒ぎを人為的犯行とおっしゃりそれを私の反抗に仕立て上げたいのであれば、まず今までの不可解な死に方の説明をするべきじゃないですか?」「確かに・・・。ペドロを犯人とするのであれば、その理由を知った上で私も疑いを持たなければ。お願いします。フレッチャーさん。ぜひご説明を。」チャールズがそういうと、バーナードは笑みを浮かべた。
「かしこまりました。」バーナードは満を持して、自分の推理を披露し始めた。
「まず今回の犯行のポイントはアイテムです。」「アイテムですか?」「はい。髪飾り、聖水、そして鎧甲冑。」バーナードはそう言いながら、ペドロを指差した。
「髪飾りってあのパドメが母に渡した?」「はい、まぁ正確には、その髪飾りは凶器ではないですが。」バーナードは挑発するように、鋭い目線をペドロに送った。
「そうか・・・。ブードゥーの呪い。」チャールズは何か気がついたようにつぶやいた。
「そう、ブードゥー教の呪いは、物体。特に、人の念がこもりやすいアイテムが使われることが多い。ブードゥー教のシャーマンの家に生まれた彼なら、十分過ぎるほど知識を持っているはずですからね。」「では、髪飾りが凶器でないなら、母は一体どうやって?」チャールズの問いかけを受けながら、バーナードはペドロからひと時も目線を外すことはなかった。
「覚えていますか?祓いの儀。」「あれも確かブードゥー教の・・・。」「ええ。」「結局呪いですか?」「いえ、祓いの儀であなた方は何をしましたか?」「手のひらを切り・・・。」チャールズはその時の状況を必死で思い出していた。
「もしかして、ナイフに毒が染み込まされていた?」チャールズは自分でも驚くほど大きな声が出た。
「確かアフリカ産のカエルの毒を、剣や矢に塗って使うって聞いたことがあります。」「そう、だがナイフに塗ってしまうと、勘のいいリチャードに気が付かれてしまうと考えたあなたは、別のものに染み込ませていた。」「別のものですか?」「思い出してみてください。あの時ペドロが一度だけあなたのお母様に手を触れた瞬間があったのですが?」チャールズは割とすぐに心当たりがあった。
「ガーゼ?」「ご明察。あなたはカエルの毒が染み込ませてあるガーゼを、彼女の手の傷口にあてた。そして彼女が体調を崩して自室に戻るタイミングで、部屋に向かい彼女が毒が回り息絶えたところで彼女に髪飾りを着けさせ呪いに見立てた。私が通路の入口らしき本棚の近くで髪飾りを見つけたのも、ちょくちょく彼女が大事だったはずの髪飾りを無くしていたのも、恐らくあなたが関係していたからかと・・・。」バーナードの推理をペドロは毅然とした態度で聞いていた。
「それなら、今朝の葬儀で起きたことは一体・・・。あの時確かにパドメが立ち上がっているのを見ましたし、それに火種もなかったのに、あんなにドレスが焦げるなんて・・・。それもトリックがあるということですか?」「はい。」バーナードはそういうと内ポケットから一枚の紙切れを出した。
「それがなんですか?」ペドロは挑発的な態度だった。
「ここ最近の宅配リストです。最近はあなたが荷物管理を任されていたと聞きましたが?」「はい、そうですけど?」「では、お聞きしたいことがあるのですが?」「なんですか?」ペドロの言葉にはため息が混じっていた。するとバーナードはリストの一部分を指で指した。
「これはあなたが発注したものですか?」チャールズもリストを覗き見た。
「塩酸?」「清掃用に発注したものですが?」「では、その在庫は?」「ちゃんと倉庫にありますよ。」ペドロの目線は右往左往泳ぎ回っていた。
「倉庫というのはどちらの?」「それは・・・。」ペドロの反応はチャールズからしても、本当のことを話しているようには見えなかった。
「もしかして、その塩酸が凶器?」チャールズの顔はすぐに花が咲いたように、大きく広がった。
「まさか聖水?」「さすが、素晴らしい理解力。パドメさんの近くに行った時、少し酸っぱい匂いがしませんでしたか?」「いやぁ?気がつきませんでしたが・・・。」チャールズの目はすぐにすわり始めた。
「ということは父は聖水を飲んで・・・。」「その通り。ミスターハミルトンの独特の聖水の使い方を知っているあなたは、聖水を少し薄めた塩酸とすり替えた。水は蒸発しても塩酸は残りやすい。だから、聖水をかけてもすぐに焦げることはなく、その効果が発揮される時には、まさかその聖水が原因とは思わず・・・。」「ウェディングドレスが焦げたのは、呪いのせいだと見せかけることができたというわけですね。」「まさか聖水だと思わないミスターハミルトンは、なんの疑いもないどころか、藁をもすがる思いで聖水を飲んでしまったというわけです。」「だから父のキャソックも所々焦げていたというわけですね。」チャールズはパドメの亡骸を眺めた。
「フレッチャーさん、ではパドメがあの時起き上がったのはどういうことですか?あれが呪いでないということは・・・。」「そうですよフレッチャーさん。まさかあれまで私が仕掛けたトリックとおっしゃるのですか?」二人はバーナードに詰め寄った。
「ええ、おっしゃる通りですよ。」バーナードは全く表情を変えなかった。
「どうやってですか?」「テトロドトキシンです。」「なんですか?そのてとろどきしんっていうのは?」「ふぐ毒と言った方が分かりやすかったですか?」「ふぐ毒ってかなりの猛毒ですよね?それをどうやったとおっしゃるのですか?」バーナードは、ペドロの額に尋常じゃない量の汗を見ていた。
「神経毒であるテトロドトキシンは神経細胞や、筋繊維の細胞膜にある電位依存性ナトリウムチャンネルを抑制することで、活動電位の発生と電導を抑制し身体に麻痺をさせ、人の命を奪う。」「そんな毒物が使われていたなら、尚更あの現象の説明がつかなくないですか?」ペドロの感情が明らかに揺さぶられているのは、チャールズでもわかった。バーナードはさらに畳み掛けるように、話を続けた。
「ブードゥー教に伝わるゾンビパウダーというものをご存知ですか?」「ゾンビパウダーですか?またそうやって非現実的なアイテムを。そろそろ勘弁してもらえませんか?」ペドロの怒鳴り声は屋敷中に響き渡った。
「いえ、非現実的なアイテムではないんですよ。ゾンビパウダーを摂取した人間は、その中に含まれている毒物で仮死状態になる。だが、死んでいるわけではない身体は、ゆっくりと毒を身体から抜いていく。そして毒が抜けたとき、仮死状態が解かれ意識を取り戻す。」「仮死状態を死んだと勘違いしていると、その死体が息を吹き返したという勘違いが起きるわけですね。ってことは・・・。」「そのゾンビパウダーに使われていたのが、テトロドトキシンなんです。購入リストにフグがあったということは、あなたはフグから抽出して、ご自分でゾンビパウダーを製造し、それを翌日の葬儀の時間までには、仮死状態から回復するように調節し摂取させた。あなたがその知識を持っているのは、あなたの出生を知れば、そこまで不思議な話ではないでしょう。」「でも、パドメが亡くなっていた時、部屋には鍵がかかっていて、それを開けることができたのはリチャードだけだ。そうなるとペドロがどうやって摂取させたかという問題が浮上しますが?」チャールズは、バーナードがすでに答えを知っていると確信した上で尋ねた。
「そこで、あの秘密の通路ですよ。」バーナードの返答を聞き、ペドロは笑みを浮かべた。
「フレッチャーさん、あの通路はどの部屋にでも繋がっているものではなく、ペギー様の部屋にしか作られていないんですよ?」「ええ、存じ上げておりますとも。」「では・・・。」ペドロはバーナードが少し怖くなった。するとチャールズの顔もみるみる険しくなっていた。
「パドメの部屋は元々母の部屋。・・・。だからその秘密の通路が存在する・・・。」「つまりあの部屋は、その秘密の通路の存在を知っている者は、いつでも出入りできたというわけです。そしてその当時、通路の存在を知っていたのは、殺害されたパドメさんに、リチャードさん、そしてペギーさん。そして今回、唯一生き残っているあなただけなんですよ。ペドロさん。」「それがなんですか?姉さんが殺された逆恨みで、彼らを殺した可能性だってあるじゃないか。違いますか?」「ではあなたは彼らの殺害をお認めになられるということですね?」「なんて?」「あなたのおっしゃる通りなら、お姉さん以外の殺人は関与したと自白したことになる。だが、それを否定したとしても、今の状況下ではあなたが第一容疑者となりますよ。」バーナードとチャールズはペドロを鋭く見た。
「いかがですか?」そういうとバーナードのパイプの火が次第に小さくなり、そして煙が無くなった。
ペドロはパドメの亡骸を眺めると、大声で笑いながら頭を掻きむしった。
「墓穴掘ったなぁ・・・。まぁ掘ってなくてもこれは詰んでいたかもしれませんね。」「はい、もちろんですよ。」チャールズは喉仏を上下に動かしながら、ペドロに鋭い視線をおくっていた。
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