第14話 The truth of the curse

 叫び声は、屋敷の至る所に響き渡っていた。その声に張りはなく、一生懸命ガサガサの声帯から絞り出された声だった。すると屋敷のエントランスにある大きな円形状になった階段の上の広場に、男が一人這うように現れた。そしてその後ろからは、大きな黒い影が追いかけていた。その影はさらに大きくなり、次第にその影はナイフを持ったチャールズに変わっていった。

 「チャールズ様、どうかお話を聞いてください。勘違いです。私は何もしておりません。信じてください。」声の主のリチャードは、腰が抜けて立ち上がれない様子だった。だが、チャールズは我を忘れて、追い打ちをかけていた。

 「黙れ。」そういうとチャールズはナイフを大きく振りかぶり、リチャードに切り掛かった。リチャードはすぐに体を回転させナイフを避けると、チャールズは勢い余って、そのままリチャードがいた階段の柵を一切りした。柵には生々しい切跡と、軽くて鈍い音が響いた。リチャードはその隙に起き上がり、ふらふらとバランスをとりながら、チャールズから逃げた。チャールズは床に手をつき、ふらふらしながらもバランスをとりきり、再びリチャードに襲い掛かった。右に左に切り掛かるチャールズのナイフを、体を大きく振りながら避けるリチャード。しかし、彼の体力は限界を迎えていた。一歩一歩下がるうちに、階段の段差に差し掛かったことを、リチャードは横目で感じていた。リチャードは襲いかかるチャールズを階段に引きつけ、立ち位置を反対側に持っていこうとした。しかし、若い頃ハンクと対峙した時のようにはうまくいかず、リチャードは足を滑らせた。それに不意をつかれてしまったチャールズは、咄嗟に我に返り階段から落ちそうになっているリチャードに手を伸ばした。しかしお互いその記憶を最後に気がつくと、そのまま二人とも階段を転げ落ちていた。下まで降り切った時、ナイフはチャールズの手から離れていた。二人は同時にそのナイフを認識すると、身体中の痛みに耐えながら、ナイフを取りに行った。リチャードは脚にかなりの痛みを感じてしまい、うまく動かすことができず、ナイフはチャールズが手にした。チャールズはすぐにナイフを、リチャードの首元に突きつけた。

 「何もしていないなら、あれはなんだったんだ。お前の前で倒れていたのは、ペドロだろ?ペドロに何をした?」チャールズは怒鳴った。

「それは誤解です。チャールズ様。私は彼とただ話をしていただけなんです。誓って彼に、指一本触れていません。」「パドメが教えてくれなければ、分からなかった。」チャールズは息を吐くようにつぶやいた。

 「パドメ様が?」「ウェディングドレス姿の誰かだが、きっと彼女に違いない。」チャールズは、その時のことを頭に思い出していた。それはとても辛い時間だった。

チャールズはペギー、ハンク、そしてパドメの亡骸が安置されている部屋にこもってうなだれていた。部屋は肌寒い温度だが、今のチャールズには、それを感じる感情は用意できなかった。まるで眠っているように横たわる三人を眺めながら、チャールズは独り言を呟いていた。

 「父さん、母さん、パドメまで。どうして私を置いていくのですか?どうして私は、生かされているのですか?どうか、神という存在がいるのであれば教えてください。私に与えしこの試練は、なぜ課せられているのですか?死ぬのであれば、私だけで十分じゃありませんか。」チャールズが倒れ込んだ先は、パドメの懐だった。

 「君が私を殺せていれば、こんな悲劇は起きなかったのかい?」パドメは安らかな表情で目を閉じたまま何も答えなかった。そんなチャールズを、部屋の明かりが寂しげに照らしていた。その時、チャールズの視界に、白くて軽い舞っている物が飛び込んできた。透き通った清らかな色の布のような物は、ウェディングドレスのベールの様だった。

 チャールズは睡魔によって見る幻覚かと思いながらも、その白い何かに視線を送った。確かにどこをどう見ても、チャールズにはウェディングドレスにしか見えなかった。

 その白いベールのような物をよく見ると、縁が黒く染められた小さな穴があり、その周りも泥がついたように茶色く変色して見えた。

 「パドメ・・・。」チャールズは思わず声が漏れた。だが、肝心の本人の姿はすぐ目の前で安らかに眠っていた。それでも、その白い布は何か意思を持っているかのように、チャールズの視界を行ったり来たりしていた。チャールズは、パドメの亡骸を見つめた。

 「何か伝えたいのかい?」もちろん、彼女は返事をしない。だがチャールズは意を決して、白い布を追いかけた。暗い屋敷の廊下では、白い布はいい目印だった。だが、チャールズはすぐに、白い布を見失ってしまった。すると足音と共に暗い屋敷の壁にうっすらと人影が見えた。

 「誰だ?」チャールズはその影に問いかけた。しかし、幻だったかのように返答もなく、その姿も消えていた。

 「パドメ?君なのかい?もし君なら何か合図をくれないかい?」チャールズはそう言いながら、屋敷を彷徨っていた。暗闇の中、自分が屋敷のどこを歩いているのかすら分からなかった。すると、曲がり角の近くで、再び白いレースが目に入ってきた。チャールズは次こそは見失わないように、小走りでレースを追いかけた。しかし、またすぐに居なくなってしまい、いよいよチャールズは幻覚を疑いはじめた。

 「そうだ、私は疲れているに違いない。少し睡眠をとったほうがいいかもしれないな。」チャールズの大きな独り言は、だだっ広いダイニングホールにこだまして聞こえた。だが、チャールズは言葉と全く正反対に、ダイニングホールを彷徨い続けていた。すると、今度はうっすらと何かが動く影と、その影が消えたあとにうっすら灯りが灯っているように見えた。チャールズは、幻覚を疑いつつ影を追いかけた。屋敷の中なのにも関わらず、外の冷気のように冷たい風が、チャールズの冷えた心をさらに冷やした。

 「この場所は一体なんだ?」チャールズの目の前にあったのは、見たこともない部屋へと続く通路だった。

 「父さんが隠してた秘密の通路とか?もしかして、父さんも知らなかったりして・・・でもなんのために?」チャールズは、独り言で恐怖心を押し殺しながら、灯が漏れた通路に誘われて行った。

 冷たく吹き抜けていく風に乗って男が二人、低音の話し声が通路に微かに響いていた。チャールズはその声をさらに聞くために恐怖心を捨て、どんどん近づいていった。だんだんと、声の主が分かりかけたとき、チャールズの視界に再び白い何かが入ってきた。

 「パドメ・・・。」思わずチャールズは、焦げついたウエディングドレスを見てつぶやいた。そのウエディングドレスの近くには、一冊の資料が置かれていた。

 「これを見ろって事か?」チャールズは何の疑いもなく、その資料の冊子を食い入るように眺めた。そこには、この屋敷ができた時の資料が書かれていた。もちろん、チャールズにとっては初めて目にする情報ばかりだった。

 「これってつまり母さんがパドメのお父さんを?ってことはパドメの仇は母さん?」そしてついにリチャードと母ペギーとの関係を物語る物を見つけてしまった。

 「母さんとリチャードが?父さんはこの事・・・。」チャールズの心はぐちゃぐちゃにかき乱されていた。

 「パドメ。どうしてこの事を伝えたいんだい?君の狙いは一体・・・。」その時、机の端に白いレースの切れ端が風にあおられ、波を打っているのが見えた。どうやら何かにおさえられているようだった。チャールズはゆっくりそのレースに近づくと、レースにはナイフが刺さっており、それが机にしっかりと固定されていた。チャールズはナイフを机から引き剥がすと、刺さっていた写真を手に取った。そこに写っていたのは、ハンクとペギー、そしてリチャードだった。その時、ちょうど先ほどから聞こえていた声が少し大きくなり、声の主が分かった。

 「ペドロ?」声の主は怒りの感情が向き出ているように感じた。するとそれに対して、毅然とした態度で答える低く響きわたる声も聞こえてきた。

 「リチャード?一体こんなところで?」その瞬間急に苦痛に悶える叫び声が、チャールズの耳に飛び込んできた。声の正体の見当がついたチャールズは、気づいたら声のする方へ向かっていた。

 「チャールズ様・・・。」ペドロの傍らで黒目を泳がせたリチャードが、まるで幽霊を見ているように顔で、チャールズを眺めていた。

 「リチャード、お前・・・。ペドロに何をした?」チャールズはリチャードの前で倒れているペドロに駆け寄った。

 「チャールズ様、これは誤解です・・・。」「ではなぜこんな状況になっているんだ?ペドロが勝手に倒れたとでも言うのか?」「私にも分かりません。話をしていたら急に苦しみ出して・・・。恐らく彼は・・・。」リチャードは必死に弁解した。しかし、彼の耳には届いていなかった。

「そうか、全部お前だったのか・・・。」チャールズは不気味に笑っていた。

 「何のことですか?」リチャードは、チャールズが出てきた場所を確認すると、大きなため息をついた。

 「お前がパドメの家族を・・・。」「知らなかったんです。まさかペギー様があんな事をしていたなんて・・・。」「お前さえいなければ、パドメの純粋な心を闇に染めることはなかった。」チャールズは怒りに震えていた。

 「チャールズ様、まずは話を聞いてください。」リチャードは必死だった。

 「黙れ、お前のせいで、パドメも父さんも母さんも死んだんだ。」リチャードはその瞬間、チャールズの手に光るものを見つけた。それはだんだんと姿を現し、リチャードの方を向いていた。

 「家族の仇をうつ。」その言葉が聞こえたかと思うと、鋭く光る刃物が閃光のように目の前に向かってきた。その刃物は何度もチャールズの手によってリチャードを切り裂こうとしていた。だが今はその刃物の鋭さは緩やかに落ち、先ほどまでの勢いはもう残っていなかった。

「チャールズ様、パドメ様はもう・・・。」「ああ、分かっているよ。彼女は死んだ。でも、もしこれが彼女の呪いで、彼女の意思なら・・・。」チャールズの声は、屋敷中に響き渡っていた。

 「尊重してあげたい。夫としてせめて一つぐらいは・・・。」チャールズはもう既に、ナイフを持つ手に力が入っていなかった。するとリチャードは、ゆっくりとチャールズの側に近寄った。リチャードは愛する人の息子であり、我が子のように、大切だった人の夫であるチャールズにそっと近づいた。

 「チャールズ様、あなたは本当にパドメ様が、こんな事を望んでいるとお思いなのですか?」チャールズはゆっくりとリチャードの顔を見た。リチャードは、その顔に対しての感情を押し殺した。

 「パドメ様があなたに人を殺させると本当にお思いなのですか?あなたを殺すことが出来なかった彼女が?」「リチャード、なぜお前がそれを?」「彼女から聞きました。彼女は自分の行いをとても悔い、恥じていました。彼女はあなたを愛していたことに気付きながら一瞬でも復讐を優先してしまったと。」「パドメ・・・。」チャールズの手に刃物はもうなかった。

 「それにパドメ様は、こうもおっしゃっておりました。」チャールズは、ゆっくりと顔を上げた。

 「あんな事をしてしまった償いに、彼をたくさん愛さなければいけないと。」「パドメ・・・。」「そんな事を私に言って来た彼女が、あなたにそんな仕打ちをすると思いますか?これではパドメがうかばれませんよ。」チャールズもリチャードも、瞳の涙はとっくのとうに溢れ出ていた。

 「しっかりしてくださいチャールズ様。だからこの一連の騒ぎが彼女の呪いではないと、一番気が付かなきゃいけなかったのは、あなたなんですよ。」「すまないパドメ・・・。」チャールズは泣きながら、崩れ落ちた。

 「私は君の事を何も分かっていなかった。許してくれ。」泣き崩れたチャールズは、ふと自分の涙と違う何かが、床や手の甲についているのが分かった。生暖かく少し厚い何か。チャールズはゆっくりと手の甲についたものを見ると、恐る恐る顔を上げた。

 「チャールズ様・・・。」リチャードの口から赤い線が一筋流れ落ちていた。リチャードはチャールズを覆い被さるように倒れた。

 「チャールズ様、私は最後まであなたの母親を愛していました・・・。本当に申し訳・・・。」状況を飲み込めないチャールズの腕の中で、リチャードは息を引き取った。チャールズはリチャードの背後に視線を向けると、そこには廊下に飾られていた鎧姿の騎士が一人立っていた。騎士の持つ剣からはリチャードの血液が滴り落ちていた。

 「お前は一体何者なんだ。」チャールズは震える声で騎士に問いかけたが、騎士は黙ったまま不気味にこちらを見ると、ゆっくりと金属が重なる音を立てながら、こちらに向かって来た。チャールズは全力で両手両足を動かしどうにか体を起こすと、大広間へ続く階段を転がるように下りた。

 「なんなんだ。お前は。悪霊なのか?」しかし騎士は黙々とただチャールズに向かってきた。だがチャールズは逃げたくても、疲労からか足が思うように動かずただ、その場でジタバタすることしかできなかった。チャールズは大広間の端に並んでいる鎧の騎士も今にも動きそうで、半ば諦めた気持ちになった。

 その時チャールズは、大広間の真ん中に何かが置かれているのが分かった。細長い木で出来た大きな棺の中には、パドメが安らかに眠っていた。

 「なぜ?」鎧の軋む音がだんだんと大きくなっていき、そしてその音は背後からも聞こえいよいよ逃げ場がなくなってしまった。チャールズはパドメを見つめた。

 「ようやく、君と一緒になれる。」チャールズがパドメに微笑んでいると、視界に鎧の騎士が入ってきたのが分かった。

 「覚悟はできている。」チャールズはパドメから目を離さなかったが、月明かりに照らされた騎士の影が大きくなると、チャールズは目を閉じた。無機質な金属音が、屋敷のありとあらゆる壁を反射していた。

 痛みも感じない。静寂な雰囲気。チャールズは死を感じようとしていた。だが、体の重みやわずかに差し込む光を感じ、恐る恐る目を開けた。そこには剣を振り下ろした鎧の騎士が少し震えながら立っていた。チャールズは状況がわからず困惑しながら、剣先を辿ってみると、そこにもう一体の鎧の騎士の剣が、チャールズに降りかかる刃を防いでいた。

 「申し訳ございませんが、感動の再会はしばらくおあずけさせていただきますよ。ミスターハミルトン。」チャールズは聞き覚えのある声だった。

 「フレッチャーさん。」鎧姿の騎士は剣を弾くと、鎧の頭を取った。

 「いやぁ、昔の人はこれを着て戦っていたと思うと、私たちは柔になりましたねぇ。」チャールズは改めてバーナードの顔を確認すると、安心したかのように全身の力が抜けていた。バーナードはその様子を穏やかに眺めると、今度はすぐに鋭い目線を鎧の騎士に送った。

 「どうしたんですか?急に躍起になったのか、堂々と殺しをするようになりましたねぇ。ペドロさん。」その瞬間騎士は逃げようとしていたが、バーナードはすかさず剣で足を引っ掛け転ばせた。

 「ハミルトンさん、お待たせしました。ようやく呪いの正体を突き止めました。」バーナードはそういうと、転んだ勢いで頭部の鎧が取れ、顔が晒されたペドロの首に剣を突きつけた。ペドロは、戸惑うような顔をしながら、チャールズとバーナードの顔を眺めていた。

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