第12話 Sins of the past
バーナードは、相手が話しにくい話をさせる時は必ず、何か別の行動をしながら片手間に話を聞く癖があった。今回も同じように、隠されたこの場所の中を物色しながら話を聞くスタンスは、変わらなそうだった。暗い隠し通路は夜が更けこむにつれ、さらに寒くなってきた。そしてリチャードの静かな低い声が、気持ちをも凍りつかせるような気分にさせた。
「この屋敷を建てるにあたって、土地はあるしちゃんとした設計図もある。そしてそれに見合う財も。だが、肝心なものが私たちには欠けていた。」「労働者ですね。」「まだ私たちは若かった。屋敷の設計や予算だけでは、机上の空論に過ぎなかった。現実をしっかり失念していた。だからと言って屋敷のクオリティに関しては、ハンクが妥協を許さなかったし、お金もペギーの親が、これ以上出せないと止めてしまった。」「たいそうなジレンマですな。」バーナードはそういうと、布を被った木箱を漁った。
「そこでペギーは社交界の知り合いの伝で、アフリカから安い労働力を確保できる話を持ちかけられて、彼女はその話に乗った。」「ほう、いわゆる奴隷ってやつですか?」バーナードは密室でパイプを咥え火をつけた。
「まぁあの当時はそんなつもりはありませんでしたが、今思えばそうかもしれません。」「安い賃金でアフリカ人をこき使う。立派な奴隷的な使い方ではありませんか?」バーナードの口から煙が溢れていた。
「我々は取引をしたつもりでした。ある村の族長と村の支援を約束して、族長も含めた大勢の村人を我が国に送ってもらえるという契約を交わしたのです。」「なるほど、そうすれば、労働者たちには村に残っている家族のためと思わせることで士気も上げ、彼らの最低限の衣食住さえ確保すれば、労働力としては申し分ないということですね。」「しかし、そうはならなかった。」リチャードは先ほどより、少し顔が下に下がっているように感じた。
「そして、建設を始めて七年。ついにハミルトン邸が完成した。労働者たちは、なんの疑いもなく祖国の村に帰れると考えた。しかし、ペギーは彼らに、支援を続けて欲しければ、屋敷で使用人として働くようにと指示したのです。さもなければ今までの村への援助も全部なしだと。」「それに対して労働者はどうしたのですか?」リチャードはバーナードの問いに対して、声が段々と掠れはじめてきた。
「従わなかった。彼らは七年の労働を終えて、祖国に帰っていった。それがこの労働者たちの話です。」「この話はハンク・ハミルトンはご存知だったのですか?」バーナードは、足が疲れてしまい、そこら辺に置かれている木の箱なのかタルなのか、暗くてよくわからないものに腰掛けていた。
「いいえ、彼は知らずにこの世を去りました。それが不幸中の幸いかもしれません。」「まぁ、もしかしたらそうだったかも。長年寄り添ってきた自分の妻が、身近な人間と恋愛関係であったと知れば、さぞショックだったかと思うし、さらにそんな詐欺まがいのことをしていたなんて・・・。正気ではいられなかったでしょう。だがしかし、なぜかさほどあなたの話は、びっくりするほどではありませんでした。それこそアフリカの労働者の話についても、つい最近まで奴隷なんていう言葉が横行していた世の中では、そこまで不思議ではないはずですが?」バーナードは、話が変わる度に、組んでいる足を組み替えていた。
「実は、この話には続きがあるんです。」「ほう、続きですか?」バーナードは組んでいる上の足に肘を置き、そこから伸びる手の平に顎を置いた。
「それはとても興味深いですな。」「そうでしょうとも。この話はペギーも知りません。」そういうとリチャードも、ゆっくりと部屋のはじにあった椅子を引きずり出し、それをバーナードの座っている場所より少し離れたところに置き、そのままゆっくりと腰をかけた。
「この屋敷を作った労働者たちは、アフリカの自分たちの村に帰ったと言いました。そのあと村で起こったことです。」通路を吹く隙間風が少し強く吹きつけた。
「実は、ペギーはあの村に全く支援なんてものをしていなかったのです。」「なるほど、騙したんですね。」「もちろん、私は知りませんでした。」「でしょうね。それで?」バーナードの返答は、あまりに淡白すぎて、皮肉なのかはたまた興味がないだけだったのか分かりづらかった。
「族長を含めた労働者たちは、荒れ果てた村の惨状に、立ち尽くすしかなかったそうです。村は男たちが働きに出ている間に、よその村との闘争に負けたらしく、違う村人が住み着いていたそうです。そして多くの妻たちは、別の男と暮らして新しい家庭を築いていたそうです。」リチャードは、少しの間黙った。バーナードは、そんなリチャードが話し始めるまで、黙って見守っていると、すぐにリチャードは再び息を軽く吸った。
「そして、帰ってきた男たちは・・・。全員殺された。」リチャードの迫力ある語りに、偽りではあるが、殺されていった彼らの声が聞こえるような錯覚に陥った。
「それは確かに、たいそうな話でしすなぁ。確かにこうなったのはハミルトン家にも責任はある。このことが世間にバレでもしたら・・・。恐らく社交界どころか、地元の人々まで相手にしなくなるでしょうね。」「ペギーがいなくなった今、もうこの家がどうなろうと私の知ったことではございません。」リチャードは強い口調で言い放った。
「なるほど、あなたはそんなことをしたペギーさんでさえも、心底愛していらっしゃったということですね。」「今も愛しています。」「それはなぜでしょう?あなたの口ぶりだと、その村の惨劇に胸を痛められていらっしゃる。その原因とも言える事を起こした張本人であるにも関わらず・・・。私は不思議で興味しか生まれませんなぁ。」「違う。彼女ではない。お金もないのに、ペギーの実家の金に目がくらんで、無理難題を彼女に要求したのは、何を隠そうハンクだ。あいつが彼女を破滅に導いたんだ。あいつさえいなければ・・・。」「ペギーさんと結ばれていた。そうですね。」リチャードはバーナードの言葉に泣き崩れた。
「あいつは金ばかりだ。ペギーの事なんて金づるとしか思っていなかったに違いない。」「あなたにとってハミルトン氏は邪魔な存在だったという事ですね。」バーナードは冷徹な目つきで、言い放った。
「ちょっと待ってください。どういう・・・。」「申し訳ございません。もう一つ興味本位でお聞きしたいことがございます。」バーナードはリチャードの言葉を遮り、会話の主導権を完全に握った。バーナードはじっくりと、必死な表情を浮かべたリチャードを舐め回すように見た。
「なぜ、その村の惨状をご存知なのですか?」リチャードは、目を泳がせながら、しどろもどろになった。だが、バーナードは視線をまっすぐリチャードに保ったまま、先ほど漁っていた木箱を取り出した。
「それは、これと関係があったりしますか?」バーナードが見せた木箱の中には、大量のフラスコと、ガラスケースに入れられたおかしな模様のカエルが入っていた。中には、解剖された後のカエルの死体も入っており、蓋のされた試験管には、色のついた粘り気のありそうな液体が入っていた。
「なんですか?これは・・・。」想像を絶する気持ち悪さに、リチャードは吐き気を催すと、腰を抜かし椅子から転げ落ちた。
「毒ガエルです。原産はアフリカ。このカエルの毒は昔剣に塗られ、切ったものの傷口に入ると瞬く間に、体に毒が周り、相手を死に至らしめるという使い方をされていたことがある事をご存知でしたか?」リチャードは、世にも恐ろしいものを目の当たりにしたかのように、目がすわっていた。
「それが私とどういう関係があるとおっしゃるのですか?まさか、私が用意したとでも?とんでもない。」「ではなぜ、はるか遠くの祖国でもない国の話を知っているのですか?」リチャードは転げ落ちた椅子から立ち上がることなく、そのまま床に腰を落としたまま話し始めた。
「パドメです。あの子が私に話してくれたんです。」バーナードは、カエルが入った木箱を元の場所に戻した。
「パドメは、その族長の娘でした。」「なるほど。」「この話をしてくれたのは、あの子が結婚する時、私は彼女に、ちょうどこの場所に呼ばれたんです。」リチャードは、その当時の記憶をはっきり、呼び起こすことができた。
「彼女から話があると告げられたのに、急に黙り始めました。ですがすぐに、彼女の口からチャールズ様との結婚の話をされました。私は正直腹が立ちました。」「それはなぜ?」バーナードが問いかけると、リチャードは目線を遠くに向けた。そこには、パドメの美しい微笑んだ顔写真が置かれていた。月の明かりが少しばかり雲に隠れ、寂しげな光が一点だけ差し込んでいた。
「あの子は私の娘のような存在でした。チャールズ様があの子をこの屋敷に連れてきてから、この国のことや仕事のことを全部教えたのはこの私です。」リチャードの目には光るものが、小さく浮かび上がってきていた。
「彼女は飲み込みも早く真面目で、私の代わりに私の仕事を進んで手伝ってくれたりしていました。そしてこの部屋が見つかった時、あの子にはペギーとの話もしました。その時も彼女は一緒に泣いたり、励ましてくれたんです。こんなことは初めてで、とても嬉しかったのを覚えています。今思えば、それはあの子にとっては仇の人間の話。それこそ私自身も、その類いに当てはまっていたかもしれない。本当にあの子は心優しい娘でした。」リチャードは、拳を強く握り始めた。
「それを、よりにもよってハンクの息子なんかに・・・。この気持ちが分かりますか?」バーナードは首を傾げた。
「チャールズ様が、引き金を引いてあの子を撃った時、怒りで我を見失いそうになり、それを押し殺しているうちに、感情が溶けるように無くなっていきました。あの子の魂と一緒に。」バーナードは少し気まずい空気になり、話題を少し変えたいと考えていたが、どうしようか悩んでいた。すると、盛り上がっていたリチャードの口調が、急に静かな雰囲気に落ち着き始めた。
「ですが、あの子が亡くなった後、チャールズ様の彼女に対しての愛が、確かであることが分かったんです。あの方は全て知っていた。全てを知った上で彼女を受け入れ、パドメはその懐の深さに惚れてしまったのです。」「全てを知っていたというのは、族長の娘であることですか?その話は、あなたしか知らないはずでは?」「いえ、パドメがこの国に来た理由です。」「この国に来た本当の理由?それはなんですか?」「復讐ですよ。」リチャードは、静かに答えた。
「族長である父親を、死に追いやった元凶でもあるハミルトン家に制裁を与える為にこの国に来て、この家に潜り込んだというわけです。ですが彼女はチャールズ様との結婚を機に復讐を止め、過去は水に流して幸せに暮らす。彼女は私にそう言いました。」「その時、あなたはどう感じましたか?」バーナードは再びパイプに火をつけ始めた。
「正直驚きました。あの事は今から数えても、もう二十年以上も経っていますから、それに私は村の支援を止めたというのは知っていましたが、まさかそんなことが起こっているとは、あの当時ペギーですら知らなかった話です。」「では、彼女がチャールズと結婚してしまったら、なおのことペギーに近づかれてしまうとは考えませんでしたか?」バーナードは、立ち上がるとリチャードに詰め寄るような形で問いかけた。
「いいえ。」バーナードはつかさず次の質問をした。
「では、逆に彼女の話を聞いて、娘のような存在の心に闇をつくった張本人たちを、どうにかしなければとは考えませんでしたか?」「あなたまさか私を・・・。」「答えていただけませんか?」バーナードは、鋭くも落ち着いた口調で問いかけた。
「ありえません。私はパドメもペギーも愛しています。そんな二人を殺すなんて・・・。」リチャードの目に浮かんでいた涙は、とうとう溢れた。
「逆にもし彼女らを殺した人間がいるなら、そいつを私が殺してやりたいくらいですがね。こんなこと言ってしまったら、疑いが晴れないかもしれませんが。」するとバーナードは、急に軽く笑顔になった。
「いえ、元々疑っていませんよ。ただ、確信が欲しかっただけです。あなたが殺していないってことを。まぁ今の話を聞いていたら、真っ先に殺すのはチャールズさん、もしくはハンクさんですもんね。」「いえ、もし私が誰かを殺すなら私です。」「それはなぜ?」バーナードは、不意をつかれた。
「もうこれ以上つらい思いをしたくはないですから。」「では、呪いに願ってみると良いかもしれませんね。」バーナードはパイプのふかしながら、少しリチャードの近くへと寄った。
「まさか、あなたは本当に呪いが、この殺人事件を引き起こしたと考えていませんよね?」リチャードは疑いの眼差しをバーナードに向けた。
「まぁ疑いをまったく持っていないと言ったら、嘘になってしまうかもしれませんが、その疑いをゼロに近づけることが、今の私の捜査へのモチベーションかもしれませんね。」「なら、あなたに言っておきますが、これはあの子の呪いなんかじゃありません。あの子は人を殺せるような子ではありません。」「ですが、復讐に取り憑かれた彼女は、ハミルトン家の人々を殺そうとした。もしかしたら、あなたも殺害リストに名前が載っていたかもしれませんよ?なにせ、この本を見れば、屋敷建設の関与は明白ですからね。」バーナードの会話に、リチャードはうつむいてしまった。
「これは私の座右の銘なのですが、先入観を捨てろとよく私は言います。どんなことも、起きたことが真実なんです。起こしたことが真実。先入観はそれをも嘘にしてしまう恐ろしい兵器です。」そういうとバーナードは帽子のつばに軽く手をかけると、部屋の出口へと向かった。
「あっあっあ、失礼もう一つだけお聞きしたいことが。」バーナードは少し歩くと、すぐにバックステップを踏みながら戻ってきた。
「この部屋の存在を知っているのは、本当にあなたとパドメだけですか?」「私が知る限りでは。」バーナードはリチャードの返答を聞いてもなお、鋭い視線で彼の目を凝視した。
「ありがとうございます。それでは、いい夜を。」バーナードはその場から立ち去ろうとした。
「もし、あなたがペドロを疑うなら、チャールズ様を疑った方が賢いと考えます。」バーナードはリチャードの言葉に再び、回れ右をして戻ってきた。
「それはなぜですか?もうこの屋敷に生き残っているのは、あなたとチャールズさんとペドロさんです。そしてあなたではないと今証明された。となると・・・。」「だが、あの子は動機がないのです。」「そうですか?」バーナードは、少し嘲笑うように首を傾げた。
「あの子は、姉であるパドメが復讐をするために、この屋敷に来ている事は知らないんです。だから、彼はあなたのお友達のお世話を受けていたんです。ペドロに知られないように復讐を果たすために。」「ですが、そうなるとあなたのお話では、チャールズさんにも動機が無くなってしまいますが?」するとリチャードはゆっくりと立ち上がった。リチャードの顔は、少ない明かりで一部分しか照らされていなかった。
「今この屋敷にいるのは、何も我々や使用人だけではない。」「とおっしゃいますと?」バーナードはリチャードの考えていることを、なんとなく察することはできていた。バーナードは、すぐに出口に体を向けた。
「やはり先入観は、人の目を曇らせてしまう。私も人間として、まだまだ未熟でした。」バーナードのパイプから出ている煙の量が、明らかに増えていた。リチャードはその姿を見て、軽く笑みを浮かべた。
「お話できてよかったです。フレッチャーさん。いい夜を。」リチャードがそういうと、バーナードは部屋を出た。
「ええ、こちらこそ。貴重な情報提供ご協力ありがとうございました。」結局バーナードは秘密の抜け穴の扉の閉め方が分からなかった。
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