第11話 The destress of Deacon

 本棚の奥に広がる通路は薄暗いが、ちらほらと明かりが足下を照らしてくれているおかげで、歩くには困らなかった。風通しは最高に良く、隙間風が二人の体を冷やした。

 「こんな通路、一体なんのために?」「食事の運搬、倉庫、避難通路、移動手段、用途は多岐にわたるとても便利なものだと思うぞ?」「てっきり犯人の隠れ蓑にでも使われているのかと・・・。」「ああ、じゃあそれも・・・。」バーナードは、通路の隅々まで目を通しながら歩いていた。

 「私は、この通路はこの屋敷を造った者の、ロマン心が造り出したなんの意味もない空間だと思っているが、現在の用途はもしかすると、ウィリアムズ君の推理が正しいかもしれないなぁ・・・。」ロバートは当たってほしくないタイミングで、頭が冴えてしまった。

 「なぜですか?」「もしこの通路が、仮になんの意味もなく、今は全く使われていない秘密の通路だったら、埃が溜まっているはずだ。ところが・・・。」「確かに・・・。」ロバートは、周りの空間や床に手を置いたりしてみた。

 「綺麗どころか、埃ひとつない。」ロバートは、自分の手のひらを見ながらつぶやいた。

「でもチャールズさんはここの存在を知らなかったんですかねぇ?もしそうなら、あえて言わなかった可能性があるってことですよね?」「いや、こんなに秘密主義な皆さんだ。身内にだって一つや二つ、秘密を作っていても私は驚かんよ。」二人は通路を進んでいくと、上につながる螺旋階段が現れた。

 「こんなところに・・・。」「まるで、あの廊下を往復した我々を嘲笑っているようだな。」二人は螺旋階段を眺めながらつぶやいた。

 「これを使えば・・・。」「それはこの階段の先を見ればわかるぞ。」そう言うと二人は、足早に階段を登り始めた。登り切ると、そこにはまたもや本棚があった。

 「さっきはどうやって開けたんですか?」ロバートは本棚を無作為に触りながら、開くスイッチのようなものを探した。

 「本を取ろうとしたら開いたぞ?」しかし、バーナードが本に手をかけても、スイッチのようなものはなく、ただ古い本を手に取れただけだった。バーナードはその本を広げ読んでいる間に、ロバートは本棚から少し離れ、全体を観察しながら探すことにした。

 「中からは別の開け方があるってことですかねぇ?それか、元々ここは開かないのかも?」「いや、ミスハミルトンが倒れていた方向の先にも、同じ本棚があった。それにこの屋敷の構造を踏まえても、ここは間違いなくミスハミルトンが亡くなっていた部屋に繋がっているはずだ。」バーナードの鋭い語彙と流れるように繰り出される言葉からして、彼の中で自分の推理を、確信に近づけようとしているのがわかった。

 「ミスハミルトンが亡くなっていた部屋ということは、新婦のパドメさんが、亡くなっていた部屋でもあるなぁ。」ロバートは、状況の整理に手こずっていた。

「ってことは、彼女も・・・。ミスハミルトンもこの通路は知っていたってことですか?」「知っていてもおかしくはないかもしれないなぁ。」「それはなぜ?」ロバートが質問すると、バーナードはさっき本棚から取り出した本の、あるページを見せた。そこにはこの屋敷の写真と、二人の男性の間に一人の女性が笑顔で写っている写真があった。

 「この写真・・・。ってことはミスハミルトンが?」「この屋敷を建てたってことだな。」「どういうことですか?」バーナードはまだ他にも情報がないか、本棚の本を物色していた。

 「そもそもハミルトン家自体は、そこまで権力を持った貴族ではなかったようだ。恐らくほぼ、ペギー・ハミルトンの実家の家名の力だろう。」ロバートはどんどんと、本のページをめくっていった。そしてとあるページで手が止まった。

 「この写真・・・。」ロバートは、バーナードにその写真を見せた。

 「どうやらこの屋敷は、差別社会の象徴のようなものらしいねぇ。」そこに写っていたのは、アフリカ人の労働者が肉体労働に明け暮れ、疲労感が漂う表情で写っている写真だった。

 「恐らくアフリカから安い賃金で連れてきて、散々こき使った挙句に、終わればそれではいさよならって言うとても聖人とは思えない行いだよ。」「どうしてこんなことを記録されたものが、こんなところに?」「こんなものが記録されているからだよ。ウィリアムズ君。こんな記録が世間にしてたら・・・?それこそ新婦だったパドメさん、や君のお友達のペドロさんが知ったら・・・。」バーナードの言葉に、ロバートは少しうつむくと、再びページを戻し先ほどの完成した屋敷の写真を眺めた。

 「繁栄の陰は、暗いって事か・・・。」そうつぶやくとロバートは、写真に写る人物に見覚えがあった。

 「これって・・・。」それと同時にバーナードも何かを見つけたようだった。

 「これは・・・。」バーナードは、便箋のような紙の中身を数行読むと、何か面白いことがあったかのように、笑みをこぼした。

 「ウィリアムズ君、面白いものを見つけたかもしれない。」だが、ロバートはそれよりもその写真に写る人物が気になっていた。

 「バーナードさん、この人って・・・。」バーナードはロバートが見せた写真を改めて見た。

 「ああ。彼だ。執事長のリチャード。」「なぜ彼が?」「彼は昔からハンク・ハミルトンと親しかったからじゃないか?それか何か別の・・・。」「ということは彼もこの場所を知っている可能性は・・・。」「大いにあり得る。」その時、下の方で物音がした。二人はすぐに物音のする方へ顔を向けた。

 「もしかして・・・犯人?」「あれ?この一連の事件は呪いと言っていなかったか?」バーナードは状況は状況であるにもかかわらず、半笑いだった。

 「いや、ここまで証拠が揃ってたら・・・。」「確かに、証拠は出揃ってるな。」そう言うとバーナードは、勢いよく螺旋階段を降り始めた。

 「ちょっと・・・。相手は殺人犯ですよ?正気ですか?」しかし、バーナードはロバートの忠告も聞かずに、そのまま階段を降りきった。

 「やはりあなた方でしたか。」低く渋い声が薄暗い通路によく響いた。見るとさっき入ってきたダイニングのキッチンへ続く通路の扉は、しっかりと閉ざされていた。

 「その扉、中からどうやって閉めるんですか?」バーナードは軽口をたたいた。

 「そう。ここのが閉まっているかどうかで、侵入者の有無を判断していましたので、すぐにあなた方だと気が付きました。」リチャードが、暗い陰からゆっくりと明かりに照らされる位置へと移動してきた。

 「なるほど。単純だが賢いセキュリティですな。ですが、なぜ我々だと?」「チャールズ様もハンク様も、長年お住みになられておりましたが、ここの存在を疑ったことは、一度もありませんでした。ここの存在を自力で見つけたのはあなたが二人目です。」「二人目?ということは?」「ええ、そうです。あなた方より前に一人だけ、ここの存在に気がついた者がいます。」相変わらずリチャードは顔色ひとつ変えずに、淡々と話を進めていた。

 「差し支えなければ、教えていただいても?」するとリチャードはなんの抵抗もなく、その人物の名前を告げた。

 「パドメ様です。」「新婦の?」「ええ、その通りです。彼女はここへ来てからすぐに存在を疑っていました。とても賢い方でした。」するとロバートが螺旋階段から降りてきた。

 「だから彼女を殺したのですか?上の本棚のことを知られないように。で次は・・・我々を・・・。」ロバートは勢いよくリチャードに言い放つと、場の空気がかなり凍りついていることに、さすがのロバートも気がついた。

 「フレッチャーさん、彼はなんの話をされているのですか?」「さぁ?恥ずかしながら私にもさっぱりです。」ロバートはリチャードどころかバーナードにまで見放された。

 「え?でもそう言う・・・。」「ウィリアムズ君、君は共感性羞恥というものを知っているかね?」「共感性羞恥?」「ああ、端的に言うと、今君を見ているだけで私も辱めを受けている気分だ。だから・・・。」「だから?」「引っこんでいてくれたまえ。」そう言うとバーナードはロバートを、螺旋階段へ押し込んだ。

 「それでなんの話でした?」「お連れの方は勘違いをされているようですが、私はパドメ様が結婚しなければ、次期執事長になってもらおうと考えていました。なのでここの存在は遅かれ早かれ知ることになったでしょう。」「ですが、彼女はチャールズさんとご結婚されることに・・・。そのことについてはいかがお考えだったのですか?」バーナードの問いかけに、リチャードは口を継ぐんだ。するとバーナードは急に心の底から拍手をし始めた。

 「いやぁ、あなたは本当に素晴らしい執事だと思います。主人に仕える者、その忠誠心は感服です。分かりました。これ以上詮索するのはやめます。まぁ残念ながら、お二人の無念を晴らすことはできないかもしれませんが。」バーナードの言葉にロバートは引っかかりを感じた。

 「行こう、ウィリアムズ君。くれぐれもこの部屋の存在は内密にな。」ロバートは一目散にこの部屋から出ようとするバーナードを追いかけようとした時、リチャードの大きな呼吸音が聞こえてきた。

 「もちろん反対でしたよ。」いつもの無機質な渋い声とは裏腹に、張りのある人間らしい感情が乗った声がリチャードから発せられた。バーナードは立ち止まると、リチャードの方を向き直し軽く会釈をした。

 「それはどうしてですか?」「ハミルトン家の一人息子の結婚相手が、使用人である事が社交界に広がれば、ハミルトン家どころか・・・。」「ミスハミルトン、基、ペギー・バーキングの汚名になってしまう。そうお考えになったのですね?」バーナードの補足にリチャードの細い目がブドウのように丸くなっていた。

 「なぜあなたはそのことを?」「この部屋が何の目的で作られたか分かりませんが、おそらく今はあなたの自室として使っている。違いますか?」そう言いながらバーナードは、さっきまでロバートと見ていた本を手に持って見せた。

 「抜かりない方ですね。私はあなたを一目見た時から、只者ではない何かを感じていました。」「それは光栄です。」バーナードは軽くお辞儀をした。

「そうです。この部屋は私とペギーでこしらえました。」「ペギーってどういうことですか?」状況が読めないロバートにバーナードは一枚の手紙を見せた。

 「そんなものまで・・・。ここを掃除するべきでしたね。」ロバートは受け取った手紙を読むと、ようやく状況を察したようで、ため息をつきながらリチャードを眺めた。

 「ペギーと私、そしてハンクは大学で知り合いました。ハンクはペギーに一目惚れして、二人の交際はわりとすぐに始まっていたと思います。ハンクは、自分の友達ならその共通の友達も友達同士であるべきという、私には到底理解し難い考えを持っていました。」「それは私も同感ですな。お察しします。」「それで全く知らなかった私とペギーも、ハンクを介して知り合いました。そしてよく三人で出かけたりもしました。」ロバートは、リチャードの話を興味津々で聞いている中、バーナードは話は聞きつつも、部屋の中を色々と探し回っていた。リチャードはそれを感じ取りながらも、今日まで隠し通したストレスを発散するかのように、話を続けた。

 「ところが、男女の友情というものは、変わりやすいもの。それは私たちも例外ではなかった。大学卒業前に私とペギーは愛し合ってしまった。」「そんな・・・。」ロバートはすっかり、リチャードの話の虜になっていた。

 「そして大学を卒業してすぐ、ハンクがペギーにプロポーズをした。それを機に私はペギー・・・、二人の元から去ろうとしました。だが、できなかった。実は、ペギーの愛も私にしか向いていなかったのだ。私たちは、知らないうちに愛し合っていたんです。」「なるほど、それであなたとミスハミルトンは、ハミルトン氏にバレないように、交際をし続けることを選んだというわけですね。そして私の推理が正しければ、この部屋はその愛の巣窟というわけですか。」月明かりに照らされた円形の物置は、愛の巣窟とは程遠い見た目だった。

「私は大学で建築を専攻していましたので、この屋敷の設計は私がしました。そして出資は全てペギーの実家のお金です。」「なるほど、だからこの通路はあなたが一番使うキッチンと書斎近くの本棚。そしてミスハミルトンがよく出入りする彼女の部屋にしか、繋がっていないということですね?」「実は、この通路は最近作ったものなんです。もう一つはあそこに。」リチャードはもう一つ、二階のペギーの部屋の隣を指差した。

 「あそこの部屋は、結婚式の時にはパドメ様の部屋として使っていた部屋ですよね?」「はい、そしてパドメ様が亡くなられた後は、すぐにペギーがあの部屋に戻りました。」「なるほど、普通はそんな凄惨な事件の現場になった部屋にすぐ戻りたいと思わないはずですが、そういうことだったのですね。」ロバートは話を理解するのがやっとで、会話に入れないでいた。

 「心が憔悴している時ほど、心の拠り所を求めるもの。特にペギーはあんなふうに見えて、繊細な心の持ち主でした。」リチャードの表情に、感情が見えた。   

「ところで、パドメさんがこの通路を見つけたのは、どのタイミングだったのですか?」「プロポーズされる前から、彼女はすでに仕事でこの抜け道を通って移動をしていました。そのため、他の召使いに比べて、仕事が人一倍早かったのです。この通路は彼女がこの屋敷での存在を、確立させる役割を果たしたと言っても過言ではないでしょう。」すると、バーナードは少し険しい顔つきに変えた。

 「ということは、彼女がこのページを見た可能性があるわけですか?」バーナードはそういうと、さっきの本の一部に掲載されていたアフリカ系アメリカ人が写っていた写真をリチャードに突きつけた。するとリチャードは、その写真から目を背けた。

 「もう私から話すことはありません。」しかし、バーナードは容赦なく彼にこの写真を見せた。

「この人たちは誰なのですか?恐らくこのページからして、この屋敷を建てた時に雇われていた労働者の皆さんかと思うのですが?」リチャードはバーナードの問いかけに対して、答えなくなってしまった。

「リチャードさん、私は先ほども言いましたけど、真実を知りたいだけなのです。所詮私もマスコミから嫌われてしまった身ですから、漏らしたくても情報を提供する場所がありません。だから、その点は私を信じてください。」すると、リチャードはロバートの方を見た。バーナードはすぐにリチャードの意図を察した。

「ウィリアムズ君、すまないが君に頼みたいことがある。」バーナードはそういうと、ロバートに耳打ちで何かを指示した。

「わかった・・・。」ロバートは不思議そうな顔をすると、そのまま外に出ていった。

「さぁ、リチャードさん、これで邪魔者は居なくなりましたよ。」そういうとリチャードは、息を軽く吐いた。

「分かりました。ですがここからは他言無用でお願いします。」バーナードは意味深にお辞儀をした。

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