第10話 Has not yet ended

屋敷の長い廊下を、バーナードはまるで子供が無邪気に走り回るように走っていた。

 「どういうことですか?あの部屋にみんないたはずなのに・・・。もしかして・・・自殺?いややっぱり呪いは本当だったのかも?」ロバートを一人で怯えながら、バーナードを一生懸命追いかけていた。

 「自殺かぁ。自暴自棄になったかぁ?」「もしこの事件が、呪いの仕業でないと言うのであれば、その可能性が極めて高いと思いますけど?」二人は部屋の前に着くと、バーナードはドアノブに手をかけた。

 「その先入観は危険だぞウィリアムズ君。何事も見た物が全て。先入観というものは、汚れたレンズと同じだ。対象物と付着したゴミを間違えて、ただ永遠とゴミを観察する醜態は晒したくはないだろ?」ロバートはバーナードの言おうとしていることを理解するのがやっとだった。バーナードは、なにかを思いついたかのように、人差し指を口元に当てると、そのまま回れ右をした。

 「君、もしかして虫取り苦手だろ?」バーナードはそう言い残すと、再び扉の方向に向きを変え、扉を開けた。

部屋の中に入ると、そこには部屋の奥にある机の近くで、床に倒れ込んでいるペギーの変わり果てた姿が、目に飛び込んできた。直ぐにバーナードはペギーの遺体を犬が嗅ぎ回るように観察し始めた。

「外傷は・・・。」「椅子が倒れていますが、ミセスハミルトンが倒れた時の衝撃で倒れたと思われるので、揉めた様な感じはしませんけど・・・。」ロバートもバーナードに続いてペギーの遺体を観察し始めた。

「外傷に関しては、この部屋でついたものはなさそうだ。」バーナードはそう言いながら、ペギーの手のひらの包帯をロバートに見せた。

「では死因は?外傷性のものでない・・・。だったらやっぱり・・・。」「かもな。だがそれ以外の死因が見つかっていない以上、まだ分からないぞ。」そう言いながらバーナードは、ペギーが倒れ込んでいる位置から、同じ目線になる様に顔を地面に近づけた。

「バーナードさん。あなたこそ先入観を持っているのではないですか?揉めた様な外傷が見当たらない、それに屋敷の人間はあの時間、みんなダイニングルームにいた。つまり全員がアリバイを持っているということですよね。私はこれが、他殺であるとは考えにくいと思うのですが。」ロバートは、死体の周りを行ったり来たりしながら観察をするバーナードを、少し離れた場所から眺めていたが、バーナードは全くロバートの方を見ることはなく、ひたすらペギーの遺体を隅から隅まで観察した。

「バーナードさん。」ロバートは無視された苛立ちで、バーナードの肩を手で抑え捜査を静止する行動をとった。バーナードは、動きを止めるとゆっくりとロバートの肩、そしてその肩に置かれた手の持ち主を腕をなぞるように睨みつけた。

「すみませんでした。」ロバートはゆっくりとバーナードの肩から手を離した。するとバーナードは沸々と湧き上がる感情とともに、状態を起こし衣服を整えた。

「ウィリアムズ君。何も私は自殺ではないとは言っていないし、殺人であるとも呪いであるとも言っていない。まだ何かを決めるには情報が少なすぎると言っているのだ。そんな状態でなにかを決めつけるのは、極めて危険であり、さらなる悲劇を起こしかねない。君はその負の引き金を引きたいのかね?そしてその引いた引き金の責任をとる覚悟はあるのかね?」ロバートは返す言葉がなかった。

「実際の事件捜査というのは、その責任を背負って捜査をしている。邪魔をするつもりなら、今すぐ自分の部屋に戻って、私の荷物の中に入っているコナン・ドイルの推理小説でも読んだらいい。」「すいませんでした。そんなつもりは・・・。」ロバートは初めてバーナードの感情を感じ取ることができた。

「分かればよろしい。」バーナードは一発大きな音で手を叩くと、何事もなかったかのように、また捜査を続けた。

「何か気になることでもあるんですか?」ロバートはそこまですぐに気持ちを切り替えることが出来ず、推理に没頭しているバーナードに恐る恐る質問をした。

 「ウィリアムズ君。もし一人ではどうすることもできないような命の危険を感じた時、君ならどうする?」唐突な質問にロバートは、少し戸惑いながらもすぐに頭の中で想像力を働かせ、答えを探し始めた。

 「助けを呼びます?」「つまり?」バーナードの鋭い視線にロバートは戦慄した。もしまたバーナードの満足のいく答えを出せなければ、なにを言われるかわからなかった。ロバートは確実な答えなんてないにもかかわらず、言葉を発するまでにかなり時間を要した。

 「その場を出ようとします。」ロバートの声は震えていた。

 「そう。たとえそんな力が残っていなくても、人間の防衛本能として、その行動を取ろうとするはずだ。だが・・・。」ロバートはペギーが倒れている向きを見た。すると、ペギーはなぜか部屋の扉ではなく、部屋のさらに奥の大きな本棚の方に頭をむけて倒れていた。

「どういうことですか?気を失ったタイミングで倒れれば、どっちを向いて倒れるかは分からないと思いますけど?」「確かに立ち上がった時に立ちくらみが起き、その拍子に椅子から転げ落ちた衝撃で亡くなった事故死なのであれば、どちらの方向に倒れるかは乱数だ。だが、ミセス・ハミルトンを見る限り、立ち上がっているとは思えない倒れ方だ。」「立ち上がっていなくても、そのまま後ろに倒れることだってあるじゃないですか。」「であれば仰向けに倒れていなければおかしくないか?」バーナードの言葉を聞いて、ロバートはペギーの遺体を観察してみた。するとペギーは少し横向き気味のうつ伏せで倒れていた。そしてロバートはさらなる遺体の特徴を見つけることができた。

「髪飾り・・・。」バーナードはその単語を聞いて、ペギーの遺体の頭の部分に目を向けた。

「君は、私が気が付かない部分に目を向けることができる。これこそまさにファインプレイというものだウィリアムズ君。」ロバートは慣れない褒め言葉に、キョトン顔で眺めていた。

「これはなにを意味しているのですか?」「呪いだよ。ウィリアムズ君。ブードゥーは物に魂や精神を宿すという考え方があると言っていたなぁ。」「ペドロが言っていたブードゥー人形とかですか?」「まぁまぁそんなところだな。これもその一つなんじゃないか?」ロバートは髪飾りを眺めた。

「この髪飾りは新婦のパドメからの贈り物。つまり、パドメの念が宿っていると考えれば・・・。」「花嫁の呪い・・・。」「その通り。」そういうとバーナードは立ち上がり、部屋の奥に歩いて行った。

「でもあなたは呪いを信じていない。もし呪いでないなら、この髪飾りに何か仕込んでいるってことですか?」「その可能性も大いにありえるが・・・。」バーナードが何かを言いかけた時、チャールズとペドロが勢いよく部屋に入ってきた。

「母さん・・・。」チャールズは母親の変わり果てた姿を確認すると、膝を崩し亡骸のそばに倒れ込んだ。

「ペギー様・・・どうして・・・。」ペドロもその場に立ちすくんでいた。

「お悔やみ申し上げます。」ロバートは二人のその姿を見ていたたまれなくなり、静かに声をかけた。するとペギーの亡骸を抱きしめていたチャールズから息を吸う音が発せられた。

「フレッチャーさん。これではっきりしたと思います。確かに、私もいろいろ疑いました。でもこれはさすがに呪いとしか言いようが・・・。」バーナードは黙ったまま、チャールズに話を聞いていた。

「だって・・・この屋敷にこんなことができる人がいないんですよ。部外者であるあなたは、今回の一連の事件はすべて、何者が手をかけているとお考えなのかもしれませんが、私はそうは思いたくはないんです。」するとバーナードも大きく深呼吸をした。

「わかりました。私も悪魔ではありません。あなたにとってこの一連の事件は、大切な方を亡くされた悲しい時間でしかありません。ですので、このままそっとしておくという選択肢も私にはあります。」バーナードもさすがにこの状況では、いつもの調子は出なかった。

「ですがもし、あなた方の大切な人たちの無念を晴らしたいとお考えになりましたら、ぜひ私が今から投げかける質問にお答え願います。」そう言いながら、バーナードはゆっくりと近づき、チャールズとペドロに目を配らせた。

「この部屋の出入り口はいくつありますか?」しかし、チャールズから返事はなかったが、少し眉間にシワが彫られた。バーナードは軽く会釈をすると、ゆっくりと部屋を後にした。

「失礼します。」ロバートもそういうと、うっすらと目に涙を浮かべながら、悲しみに暮れる二人を残して部屋を出た。

「全く、なぜこんなことにならないといけなかったんですかね?」「それは犯人に聞いてみないことには、分からないなぁ。それよりも脳みそが糖質を欲しているぞ。ダイニングにまだ料理を残していてくれているのだろうか?」バーナードはいつもの調子に戻っていた。

「どういうことですか?まるで今のだと、被害者たちはそうなってもおかしくなかったみたいな言い方じゃないですか?」「ウィリアムズ君、それは流石に拡大解釈が過ぎるぞ。」さすがにロバートもそこは認めた。

「それに人間は、必ず誰かしらから恨みをかっているのだよウィリアムズ君。人間は十人十色。つまり一人の良い行いはもしかしたら、もう一人の犠牲の上に成り立っている物なのかもしれない。そうは考えたことはないのかい?」「もしかして、先進国と発展途上国の話をするつもりですか?」ロバートはこの話を、バーナードから何度も聞いていた。

「まぁ要するにそう言うことだ。アメリカの独立戦争はアメリカにとって素晴らしい歴史である一方、イギリスにとってみれば、経済的損失を受けた、歴史上最悪な出来事の一つだ。つまり誰かにとっての聖人は、誰かにとっての悪魔だったりすることは珍しくない。」バーナードは次第に歩みを早めながら話続けた。

「それにしても、なぜここは階段が一個しかないんだ。あの部屋のすぐそこに階段があれば、ダイニングまですぐに行けると言うのに・・・。」バーナードは階段に差し掛かる直前で、自分が歩いてきた道のりを遠く眺めながらぼやいた。

「じゃあつまり、今回の被害者たちは、誰かから恨まれていたってことですか?」「その通り。だからまだいろいろと決めるには早すぎるのだよ。ウィリアムズ君。焦らない、焦らない。」バーナードはまるで、馬をなだめるように、両手の平をロバートに向けた。

「いや、でもそりゃ焦りますよ。」二人は階段を降り切ると、さっきと同じ距離をまた歩き、ダイニングへと向かった。

「だって、我々が調べ始めてもう既に二人死んでいるんですよ?このままだと、ここにいる人たち全員呪い殺されますよ?次は、あなたかも・・・。」ロバートはバーナードを指差した。

「だったら、最後まで残った人間が犯人ってわけだな。」バーナードは笑っていた。

「それにウィリアムズ君。確かに私は、まだ真相ははっきりしないと言った。だが、私の経験上呪いである確率は、地球が隕石に衝突して木っ端微塵になるくらい極めて確率が低いと思っている。」「っていうことは・・・ゼロではないんですね?」「だが、限りなくゼロに近いぞ。」バーナードは歩く速度をさらに速め始めた。

「でも、今だってペギー・ハミルトンは今までずっと髪飾りを付けていなかったのに、つけた瞬間あんなことになった。それに何よりあなただって、今朝の葬式を一緒にご覧になっていましたよね?あんなことが起きて、その原因を呪い以外でどう説明するおつもりなんですか?」バーナードは、ロバートの問いに不適な笑みを浮かべた。

「わかったよ。君の言いたいことならわかった。だがまずは、腹ごしらえと行こうではないか?」そう言うとバーナードはダイニングの扉を開けた。

しかし、すでにダイニングは綺麗に片付けられており、ひとっ子一人いなかった。

「すいません。あの、私お腹が空いたのですが・・・。申し訳ないのですが、食事を摂らせていただけませんかね?」バーナードの声が虚しく響き渡っていた。

「もちろん、部屋で食べますし、ちゃんとお皿も片付けますんで。」しかし、誰からも返事がないどころか、物音一つしなかった。

「一体どうなってんだ?」バーナードは後頭部を掻きむしった。

「それは奥様がお亡くなりになられて、いろいろと大変なんじゃないんですか?」ロバートはバーナードを諭すように言った。

「じゃあ、キッチンに行けばあるかもしれんな。」「バーナードさん、流石にそれは良くないですよ。」しかし、バーナードは話も聞かずに、キッチンへと入っていった。

 「バーナードさん、それこそリチャードさんに怒られたりしたら、どうするんですか?」「なに大の大人が、歳上に怒られることを恐れてるんだよ?」「歳上とか関係ないですよ。そもそも、不法侵入ですよ?」「不法侵入かもしれないが、食事を頂けるって言っておきながら、提供しないってことこそ契約不履行、はたまた詐欺罪になるだろ?それに、今ここから出れない状況で食事が与えられないというのは、場合によっちゃ監禁罪に・・・。」勢いよく喋っていたバーナードからふと言葉が消えた。バーナードは一点を見つめ始めた。

 「ウィリアムズ君、普通キッチンに本棚ってあるものかね?」ロバートは、とうとうバーナードが糖質不足でおかしくなったと思った。しかし、バーナードの視線の先を見て、ロバートも不思議な感覚に陥った。

 「レシピ本を置いておくとか?」ロバートは、確信なく答えた。

 「彼らは料理人か何かか?こんな数のレシピ本の中から毎回料理を決めるなんてよっぽどのグルメか、執事長のこだわりか。」バーナードはそう言いながら、本棚に近づくと棚の本に手をかけた。しかし本を棚の何かに引っかかっており、取りだすことができなかった。その代わりに、何かのスイッチが押されたような音を感じた。その瞬間、本来の本棚ではあり得ない、カニのように横に移動していった。

 「ウィリアムズ君、私はこれを探していたのだよ。」バーナードは本棚の先にある、秘密の通路のようなものをまっすぐ見つめながら言うと、そのまま進もうとした。

 「本当に中に入るのですか?出れなくなったらどうするのですか?」「どうせ、この屋敷から出れない時点で、私にとっては同じことだ。着いてこないなら置いていっちゃうよ。」バーナードの声は、だんだん遠くなっていった。通路を吹き抜ける風が、ロバートの恐怖心を煽った。

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