第9話 Sherman
「ではフレッチャーさん。私は何から話したらよろしいのですか?」広いダイニングテーブルを挟んで、バーナードとチャールズは向かい合い、お互い不気味な笑みを浮かべている二人を見て、ロバートは気味悪く感じていた。
「そうですねぇ、まずはその髪飾りについてから、お話ししてもらってもいいですか?」「これは先程も申し上げたと思いますが、パドメが母に送ったんですよ。」「では、ミセスハミルトン、あなたに伺います。なぜ、あなたはあの髪飾りを身につけていなかったのですか?」ペギーはバーナードを睨みつけていた。
「バーナードさん、さっき母も言っていたじゃないですか。それに私たちは宗教上、付けられるものと付けられないものがあるんです。」チャールズが話を割って入ると、バーナードは少し不機嫌な顔をした。
「何故ですか?」「それは我々は神に仕える者として、信者の方々に対して信仰の手本を示さなければいけませんから。」「手本になるために、貰い物の髪飾りをつけることができないと言うことですか?」「そう言う場面もあります。」「それなら結婚指輪はいかがですか?」チャールズは、軽蔑するような目でバーナードを見た。
「何をおっしゃりたいのですか?」「あなたの言う信仰の手本が、貰い物の髪飾りを付けないことであるならば、神様からすればそれは結婚指輪も同じ類ではありませんか?少なくとも、公の場では外しておく方が無難でしょう?」チャールズの結婚指輪が、控えめに輝いた。
「しかしながら、あなたは葬儀の際から今に至るまで、ずっと結婚指輪を身につけていらっしゃる。祓いの儀の時も。」チャールズは自分の薬指で小さく輝く指輪をわずかに視界に入れた。
「もし喪に服す意味合いで身につけていらっしゃったのであれば、ミセスハミルトンがつけていても問題ないはずです。違いますか?」バーナードはペギーに、この上なく憎たらしい顔を見せた。
「私がこの髪飾りを付けないことと、呪いがなんの関係があるんですか?」「それが大いに関係あるんですよ。ミセスハミルトン。」バーナードの憎たらしい顔は、さらにエスカレートした。
「まさか、あなた、私が主人とパドメを呪い殺したと言いたいの?」ペギーの怒鳴り声が、部屋中の壁に反響していた。
「フレッチャーさん、あなたは私たちに、何を言わせたいんですか?先ほどからとんと検討がつきません。そろそろあなたの頭の中を、私たちにも見せていただけないでしょうか?」チャールズがそう言うと、バーナードは組んでいた足を解き、椅子から鈍い音を立て腰を上げた。
「髪飾りを付けられない他の理由です。」そう言うとバーナードは胸ポケットからパイプを取り出した。
「バーナードさん。パイプはダメですよ。」「良いじゃないか。ただくわえるだけだ。」バーナードは、おもちゃを取り上げられそうな子供のような顔でロバートを見た。ロバートはそんなバーナードの言葉と態度をどう腑に落とせば良いのか分からず困惑していた。
「私、実はハミルトン氏が亡くなる直前におっしゃっていた言葉が、どうも引っかかっておりましてねぇ。皆さま覚えていらっしゃいますか?」バーナードが辺りを見渡すが、皆首を傾げていた。
「リチャードさん、あなたは確かあの時一番近くにいらっしゃったと思うのですが、どうですか?覚えていらっしゃいませんか?」部屋の隅にいたリチャードへ、バーナードはものすごいスピードで近寄った。しかし、リチャードは微動だにしなかった。
「いえ、私の耳には入りませんでした。」「そうですか・・・。それは困った、ウィリアムズ君、君は?」ロバートはこの流れを予想していた様子だった。
「はい、だから私はこの結婚は反対だった。ですよね。」ロバートの声は、何故かうわずっていた。
「そう、ハミルトン氏はあなたとパドメさんの結婚を反対していた。そうだったんですか?」バーナードはまるでミュージカルのステージのように、縦横無尽に歩き回り、時には軽くターンをしながら話した。
「確かに父も母も僕らの結婚は反対でした。でもそれは最初の話で、式を挙げるとなった時には、二人とも応援してくれて、母は彼女に部屋を開け渡して、結婚式のじ花嫁の準備部屋にしてくれたのですよ?結婚を反対する人間が、そんなことをすると思いますか?」「本当ですか?」バーナードは再びペギーの顔を例の表情で覗き込んだ。ペギーは心底バーナードが嫌いだった。
「そうに決まっているじゃない。社交界の人たちを招待なんかしないわ。私だって社交界での立場を考えたら、この結婚式に招待すること自体リスクなのよ。それでも私たちは、息子たちを応援するらためだけに、社交界の人たちを招待した。これのどこが反対してるって言うの?」ペギーは勢い任せで出た言葉に驚きつつ、な平静を装う息子に視線を向けた。
「では、ほかにあなた方の結婚に反対していた方はいらっしゃいましたか?」「他と言うと?」チャールズの言葉も聞かずに、バーナードはリチャードやペドロ、そして厨房の方を見た。
「執事やメイドの皆さんはいかがでしたか?」するとペギーとチャールズは、動揺したようなそぶりを見せた。
「ここに勤めている方の中には、かなりこのハミルトン家に代々仕えている方もいると聞きました。中にはハミルトン氏の幼馴染の方まで。」バーナードはリチャードに視線を向けると、相変わらずどこか遠くを見ているようだった。
「長くその家に仕えていれば、その家のしきたりというものを誰よりも詳しく知ることでしょう。特に、仕える身であれば、それを理解することが仕事。そしてそれは次第に、自分のものに変わってくるはず。」リチャードに近づくバーナード。しかし、全く相手にされず、まるで屋敷のあちらこちらに飾られている甲冑の置物に話しかけている変な人のようになっていた。
「それに歳を重ねれば変化を恐れる。時代の波に乗るのはやはり難しいし、体力を使いますからねぇ。その変化が目の前に迫った時、それを阻止しようとするのは当然です。」するとリチャードは、鼻から深い息を吐いた。
「召使いというものは、主人に仕えるもの。たとえ何があっても主人に従うのが仕事です。」すると無機質なリチャードの声がふと、人間味のあるトーンに変わった。
「それにこの家には、決まったしきたりなどございません。ハンク様が領主となられてからのしきたりは、先代の面影などひとつも残っていないはずです。それがハンク様の意思でしたし、この家の繁栄の大黒柱みたいなものですから。」そう言うと再びリチャードの声がいつもの無機質な声に戻った。リチャードは、チャールズとペギーの様子を伺った。
「失礼いたしました。何せこの方があまりに無礼極まりないので、つい口を滑らせてしまいました。」バーナードはその言葉を聞くと、少し笑みを浮かべた。
「私もその意見に同意ですわ。」ペギーはバーナードを睨みつけた。
「さすが執事長。長年仕えていらっしゃるからこその、情熱と情報とてもお見事です。ですが、新婦であるパドメさんは、メイド出身。やはりメイドさんの中には、さぞ嫉妬される方もいらっしゃった可能性も無きにしもあらずだと思うのですがねぇ?まさに童話のシンデレラに出てくる、義理の姉妹たちのように。おっと、本物の姉弟もいらっしゃいましたね。」バーナードは、ペドロに視線を向けた。
「フレッチャーさん、我々は良いですが、ペドロにまでこの話を振るのは・・・。」チャールズは、まるで身を呈して守るように、割って入った。
「そうですよ。バーナードさん。さすがにやりすぎです。」ロバートはバーナードを厳しく叱責した。
「何をだね?彼がこの事件を解決してほしいと、私たちを呼んだんじゃないか。それに彼女がこの家に来る前のことを知っているのは、この中で唯一彼だけなんだぞ。」するとペドロは、チャールズの腕にそっと手を置くとバーナードに向かっていった。
「フレッチャーさん、大丈夫です。まだ聞きたいことがあるのでしたら聞いてください。お答えします。」ペドロはそう言いながら、ペギーとチャールズの方を見た。すると突然ペギーが大きな足音を立てて部屋の扉へと向かった。
「もうこの男の無礼には我慢なりません。私は自室に戻ってます。リチャード、食事が出来たら私の部屋まで持ってきてちょうだい。」「かしこまりました。」ペギーは、リチャードの返事を待たずに部屋を出て行った。
「ご協力感謝します。」ペギーが扉を閉める音を聞くとバーナードが静かに答えた。
「じゃあ、早速聞いても良いですか?この国に来た経緯はなんですか?君は確か、ブードゥーのシャーマンの末裔。その末裔で次期シャーマンになる人を異国に送るというのは、それ相当の理由があると思うのですが、いかがですか?」ペドロは再びチャールズを見た。
「僕たちは、亡命してきました。」ペドロはそう一言言うと、少し深めのため息をついてまた話し始めた。
「うちの家は、かなり有力なシャーマン一族で、その集落の人だけでなく、多方面からいろんな相談や冠婚葬祭に呼ばれていました。なかには、富裕層までもわざわざ我が家に頼んでくるんです。つまり変な話をすれば、その謝礼でうちら家族は食べてきてました。ところが、植民地支配が始まると、文化統制やなんやらで宗教が変わってしまったんです。」「それで生計が建てられなくなって、あなた方が?」ロバートはペドロに優しい表情を見せた。
「もちろんそれもありましたが、父は断固として改宗しなかったんです。」「それは何故だい?」ロバートは普段のカウンセリングの癖が出ていた。
「誓い・・・。そうですね?」「えっ?」バーナードが答えを知っていたことに、ロバートは驚きを隠せなかった。
「そうです。本当は我々も改宗したかった。しかし、誓いがある以上それが出来なかった。それで父や集落の男たちは、出稼ぎに行ったんですがうまくいかず、それで・・・。」ペドロは言葉につまってしまった。
「その後に僕と会ったと言うわけだね。」ロバートの言葉にペドロは無言で頷いた。
「あなた方は今の話をご存知だったんですか?」今度はバーナードが尋ねた。
「ええ、本人たちから聞いていました。」「ではなぜそれをみなさん、隠していたのですか?」「そりゃ、あなたみたいな方には特に聞こえが悪く取られてしまうと思いましたし、今の経緯だけで聞けば、我々が疑われるのは、火を見るより明らかですから。」チャールズは、ロバートを指差しながら訴えた。
「確かに、それはうちの連れが申し訳ありませんでした。」「ですがこう隠し事が多いと、私もあなた方に、要らぬ疑いをかけなければならなくなってしまうのですよ。それは事件解決を目的に置いた時、とても障害になると思いませんか?」すると突然鈴の音が部屋中に鳴り響いた。
「お話中申し訳ございません。お料理の準備が整いましたので、この続きはディナーの後にいかがでしょうか?」リチャードがそう言うと、今まで話に夢中になって気づかなかった香ばしいにおいが、四人の鼻に入ってきた。
「確かに、そうですな。少し休憩といたしましょうか。」珍しくバーナードはそう言うと、椅子に座り、首にナプキンをかけた。
「フレッチャーさんがそうおっしゃるなら、そうしましょうか。」チャールズとロバートも首を傾げながらも椅子に座りナプキンをかけた。
「かしこまりました。それではメインディッシュでございます。」リチャードがそういうと、湯気が立ち上った料理がテーブルに向かってきた。
「いやぁ、お腹が空いて仕方がなかったんですよ。それこそ脳がスッキリしたので、なおさらですわ。」バーナードは急に、まるで子供のような無邪気な顔で料理を眺めていた。
「リチャード、せっかくだから母を呼んできてもらえるかい。」「かしこまりました。」そう言うとリチャードが部屋から出ていった。
「我々はこれからお祈りをさせていただきますが、フレッチャーさんはお見受けするところ、そう言った類を信じていらっしゃらないようですので、お先に召し上がってもよろしいですよ。」「ではお言葉に甘えて。」しかし、ロバートがそれを許さず、銀食器に伸びたバーナードの手を掴んだ。
「いえ、郷に入りては郷に従えですから、私たちもお祈りに参加させていただきます。」そう言っている間も、ロバートはバーナードの腕から強い抵抗を受けていた。熱々の料理特有の強い香りが、バーナードの抵抗力をさらに強めた。
「無理なさらずに。」チャールズは苦笑いで言った。
すると微かに外からリチャードの響く低音ヴォイスが聞こえてきた。
「チャールズ様、奥様が・・・。ペギー様が・・・。」リチャードはフルマラソンをしてきたように、荒く呼吸をしていた。
「どうしたリチャード。母がどうした?」バーナードは、そんな状況で緩んだロバートの手を掻い潜り、銀食器を持ち、食事に手をつけた。ようやく息を整えたリチャードは、改めてチャールズに言付けを伝えた。
「ペギー様がお亡くなりになられております。」「母が?」さすがのバーナードもその言葉に手を止めた。
「どういうことですか?」「それはこっちのセリフだウィリアムズ君。」そう言うとバーナードは勢いよく椅子から立ち上がり、その勢いで椅子が倒れてしまった。
「ちょっとどこ行くんですか?」「現場だよ。ウィリアムズ君。早く君も来たまえ。」かろうじて椅子の転倒を防いだロバートは、バーナードの後を追って部屋を飛び出した。
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