第8話 Break for dinner

ハミルトン家の屋敷の廊下は、先が見えないほど長く、内緒話をするにはかなり適していた。

「バーナードさん、正気ですか?」「何が?」「これから彼らと食事だなんて・・・。」「食べたくないなら、君は遠慮したらどうだ?どうせ明日まで我慢すれば、君が満足できるものを食べられるだろ?」バーナードを追いかけるように、ロバートは少し小走りで歩いていた。

「え?本当にあなた彼らと食事をするのですか?」「お腹空いたからなぁ。もし君が来なければ、美味しい朝食を食べる予定だったのに・・・。」バーナードは、口を尖らせた。

「だったら祓いの儀までの間、寝てないで何か食べればよかったじゃないですか?」「だって、あの時は眠かったんだもん。それに今日はおそらく寝れなさそうだからねぇ・・・。」バーナードの言葉に、ロバートは身体中に悪寒を感じた。

「いやでもそうは言っても、自分達の手に傷をつけて血を擦り付け合う人たちですよ?きっと血なんて日常茶飯事で見ているんですよ。」「私の記憶が正しければその儀式には、君の友人も参加していたが?」「ペドロが、あんなことを平気でできる人間だとは思っていませんでしたよ。」ロバートはどうやら完全に精神が壊れているようだった。しかし、そんなロバートに構わず、バーナードはダイニングを探し回っていた。

「いやはや、ダイニングの場所をちゃんと聞いておくべきだった。そう言うのは、いつも君の役目だろ。」「そりゃ私だって死にたくはないですからねぇ。どうせ彼らのことだ。毒でも入れてるに違いない。」「確かに。深い深い眠りにつけそうだな。」すると突然バーナードは足を止めた。

「どうしたんですか?」「静かに。」バーナードはヘビの囁き声のように、鋭く音を立てずに言い放った。ロバートは訳もわからず、ただ辺りとバーナードを交互に見ていた。するとロバートの耳にも、人の声が微かに入ってきた。

「誰でしょう?」「それよりどこにいるんだ?」二人は音を立てないように、こっそりと一歩ずつ足を前に出した。すると微かに聞こえていた声は渋く響き、曲がり角からだんだんと人の影が二つ見えてきた。

「なぜあの二人にあんな事を言ったのだ。」「僕は別にそう言うつもりではなかったんです。ただ・・・。」弱々しいペドロの声と渋く鋭いリチャードの声が廊下の一角に響いていた。

「なぜあの二人に協力的なのだ?」リチャードがそう言った瞬間ふと彼の背筋が少し伸びた。

「どなたでしょうか?」リチャードの声にバーナードは名乗りを上げた。

「すみません。ちょっとダイニングの場所を聞きそびれてしまいまして・・・。」この階の反対側の突き当たりです。」ペドロが丁寧に答えた。

「おっと、まさかの真逆でしたか。これまた参りましたねぇ。なんせ、ここの廊下は気が遠くなるほど長いですから。声も良くお通りになる。」バーナードがそう言うと、リチャードは手に持っていたガーゼを手の中に隠した。

「なんの話をしていたんですか?あなたがペドロに何か問い詰めているように見えましたが?」「何をおっしゃいますか?ただの言いがかりですよ。」しかしペドロは何も言わなかった。

 「なぜ我々に協力的だといけないのですか?何か不都合でも?」ロバートはしわくちゃの老人に畳み掛けるように詰め寄った。

 「ウィリアムズ君、君は本当に、守秘義務というものを知らないなぁ。特に執事という職業はいろいろな情報を得てしまう。だからこそ、その守秘義務というものは非常に大事。そうですよねぇリチャードさん。」「おっしゃる通りでございます。お食事の御支度も、もう間も無く済むでしょう。お二人も早くダイニングへ行かれた方がよろしいかと。」リチャードは表情一つ変えず、その上、二人に目を合わせずに淡々と話した。

 「分かりました。ありがとございます。行くぞ、ウィリアムズ君。」そう言うとバーナードは真反対の方向に体の向きを変え、歩き始めた。ロバートは不服な顔をしながらバーナードの跡をついていった。

 「なんであなたはリチャードの肩を持つんですか?」二人が見えなくななると、ロバートは念の為声を落として話した。

 「なぜ君は彼を疑う?」「だって我々の肩を持つことを悪いと思うなんて・・・。」「別に彼は悪いなんて言っていなかっただろう?」「え?」ロバートは舞い上がっていた感情が、急に静止し暗くなったように感じた。

 「別に彼は、なぜ協力的なのかを彼に尋ねていただけではないか。」「それは私の友人だし、彼が私たちを呼んでいるのだから当然じゃありませんか?」「ではそれを知らなかったら?」「どういうことですか?」バーナードはロバートに一切視線を向けなかった。

 「それに私はさっき、パドメ・ハミルトンを殺したのはチャールズ・ハミルトンだと言ったばかりではないか。」「分かってますけど、なんか腑に落ちなくて・・・。」ロバートの言葉はだんだんと勢いを失っていった。

 「それは単純に君が望まない結末だからじゃないのかい?」「それがそうかもしれませんが、どうしても彼が殺したとは思えない。」「一体絶対それはなぜなんだい?ウィリアムズ君。」ロバートは急にしどろもどろになり、変にハニカんだり人差し指で頭の横をかいたりし始めた。

 「とてもくさいかもしれませんが、あんなに彼女を愛し、彼女に愛された人が、彼女を殺すとは・・・。それに動機もないです。」「いや、動機ならいくらでもある。人間は皆本心なんて他人がわかるもんじゃない・・・。」バーナードも話す勢いが、切れかけの電池のように弱まっていることにロバートも気がついた。

 「愛ねぇ・・・。」そうつぶやいていると、先ほどの部屋と反対側の、ダイニングの扉にたどり着いた。

 「まぁそこは本人に直接聞けばいいさ。」そう言うとバーナードは、勢いよくダイニングの扉を両手で開けた。

 「失礼、遅くなって申し訳ございませんでした。」「フレッチャーさん、心配しましたよ。」チャールズがすぐに駆け寄ってきた。

 「一層のこと呪いの餌食になれば良かったのに。」真っ赤に目をはらしたペギーが、血走った目で睨みつけた。

 「母さん、食事の時ぐらい楽しく食べようじゃないか。」チャールズはそう言うと、バーナードとロバートを席に案内した。だだっ広い大広間の真ん中にかなり長いテーブルが置かれ、その一番奥の真ん中は空席で、右隣にペギーが座り、その反対側にチャールズと空席の椅子が一脚置かれ、そこから少し離れた場所に二人のものと思われる椅子がひっそりと並んでいた。

 「では、これより御夕食をお持ちいたします。」渋い枯れそうなリチャードの声でも、響き渡るほど広い大広間は、気まずい沈黙が流れていた。

 「リチャードさん?なんで?」「どうかなさいました?」チャールズが心配そうに尋ねると、バーナードはまるで幽霊を見たかのように、リチャードとチャールズを交互に見返した。

 「いやだってさっき反対側の部屋の前で・・・え?」ロバートは少しやりすぎだと思っていた。

 「今度は何をおっしゃりたいんですか?」ペギーが不機嫌に尋ねた。「いやだって・・・瞬間移動とかできるんですか?」「フレッチャー様は、おそらく先程私と反対側のペギー様の部屋の前で鉢合わせたのに、私が既にここにいることを驚かれているのだと推察します。」「なるほど、確かにリチャードは、この屋敷では神出鬼没ですからね。」チャールズが笑いながら答えた。リチャードはそんな話をしながら、各テーブルにスープを配膳していた。

 「私もこの屋敷に勤めて、もう何十年も経ちますし、こんな広いお屋敷ですと、迅速な移動が強いられますから、それで身についてしまったのでしょう。」リチャードは無機質に答えた。

 「現にその時に一緒にいたペドロは、まだ到着しておりませんし。」「そう言われてみれば・・・。」チャールズがそう言うと、皆部屋の辺りを見回し始めた。

 「変だなぁ?今日はこんな時だから、一緒に食事をしようと思ったのに。」「そうだったのですか。」「どうかしたのか?」バーナードは二人のやり取りを、真剣な眼差しで眺めていた。

 「申し訳ございません。実は先程別件で仕事をお願いしてしまいまして。チャールズ様とそんなお約束をされているのなら、頼まなかったのですが・・・。」「仕事なら仕方がありませんね。」ペギーは呆れたような口調で話題を終わらせようとした。

 「確かに。仕方がないですね。でも残念だなぁ。せっかくだし、パドメの事についていろいろと語り合おうと思っていたんだが・・・。」「では私が呼んできますので、

先に召し上がっていてください。冷めてしまっては、せっかくの料理が台無しですから。」リチャードはずっと無表情で無機質な口調だった。

 「それは助かる。ありがとうリチャード。」「いいえ、これもハミルトン家のため。」そう言うと本当の幽霊のように、音を立てず部屋を出て行った。

 「すいません。どうぞ皆さんは召し上がってくださいね。」チャールズはそう言ったが、彼自身は、食器に手を出そうともしなかった。

 「あなたは召し上がらないのですか?」そう言っていると、向かいのペギーは、もう既にスープをたいらげてしまったようだった。

 「すいません。ペドロが来るまで私は・・・。」ロバートの問いかけに、チャールズははにかみながら答えた。

 「ペドロと、とても仲がいいんですね。」ロバートは彼が、アフリカから来た頃からの知り合いなだけに、彼のことを気にかけてくれる人間に会えて、安心と嬉しさが込み上げてきていた。

 「はい、本当の弟のようで・・・。」バーナードもスープをたいらげ、暇そうにしていた。

 「もちろん、パドメの弟だから結婚したから、義兄弟として本当の弟になるんですけど、そんな関係じゃなくても、私は彼を弟のように思っています。」ロバートは嬉しそうにペドロの話を聞いているのを、チャールズも感じていた。

 「彼とはどこで?」「私ですか?」すると隣で暇を持て余しているバーナードの、こちらをゆっくりと見る黒目が見えた。

 「今の話の流れなら、君しかいないだろウィリアムズ君。」しかし、ロバートはバーナードの一言を無視して話を続けた。

 「彼らがアフリカからの移民として入国した際に、彼の就職の手助けをしておりました。ただ、彼もこっちに来てすぐ精神を壊してしまいまして、それで私の治療を受けていたんですよ。」「ああ、そうだったんですか。」ロバートの答えに、チャールズも笑顔で返していた。その時にはもう既に前菜のサラダが、各テーブルのさ皿ぬ盛り付けられていた。

「はい、とは言ってもすぐに就職も決まって、精神も安定したので、短期間で私の手からは離れましたけどね。」気がつくとチャールズも、スープからサラダに食事を変えていて、ロバートは慌ててスープを飲み干した。

 「私が移民の学校で彼女を見つけ、その後すぐに彼女がペドロを連れて来たのでね。」「その頃から奥さんとは恋仲だったんですか?」バーナードがレタスを頬張りながら、嫌みったらしく尋ねた。

 「バーナードさん。」「何?君ばかり質問してずるいだろ。」チャールズは笑いながら、二人のやりとりを見ていた。

 「いや、まぁいろいろとありました。最初はこういうか間柄なので、そう言ったことは全くありませんでした。まぁとは言っても、最初は私の一目惚れでしたが・・・。その後いろいろあって、彼女が僕を信頼し、一緒に過ごしていく上で、私も彼女の美しさは内面から溢れ出るものなんだと気づいたからこそ結婚を決めたんです。」チャールズの顔から笑顔が消えた。

 「その内面から溢れ出るカリスマ性は、ペドロにもあるんです。だからリチャードは、彼を時期執事長にしようとしているんですよ。」チャールズは涙をグッと堪えていたが、喉仏は絶え間なく動いていた。

 「さぞ周りからの反対は多かったんじゃないんですか?」バーナードが、土足でどんどんと彼の過去に深入りしていくのを見て、ロバートは憤りしか感じていなかった。だが、チャールズがそれに対して、どことなくパドメのことを考え、嬉しそうにしている姿を見て、バーナードにも何か意図があると思い、渋々黙ってサラダを頬張っていた。

 「もちろん、父も母もそもそも移民がこの家で働くことから反対でしたし、ましてや恋に落ちているなんて言えるわけありませんでした。でも、父も母も彼女・・・彼ら姉弟の、心の優しさに触れて好きになってくれたんです。そうですよね?母さん。」急に話を振られたペギーは戸惑いながらも、穏やかな顔つきになった。

 「確かに、あの子は本当に良い子だった。誠実でなんでも器用にこなして、そして何よりとても優しかった。」そう言うとペギーは服のポケットに手を当て始めた。

 「もしかしてまた無くされたのですか?」チャールズが呆れたように、ただ笑顔で尋ねた。

 「何をお探しなのですか?」「髪飾りです。」ロバートとバーナードは、葬儀の時に見た髪飾りを思い出していた。

 「あれは婚約した後、母の誕生日に彼女がプレゼントしたものなんですよ。身につけていれば、失くすことはないと思うのですがねぇ。」「もったいなくて付けれないのよ。」ペギーはそう言いながら、ポケットを探し回っていた。

 「後でリチャードに屋敷を探してもらおう。」ペギーはそうつぶやくと、髪飾りの捜索はやめて、食事に戻った。

 「その髪飾りは、どういう髪飾りなのかご存知なんですか?」バーナードの質問は他のものに比べて、少し鋭くなった。

 「と言いますと?」「私たちも先程その髪飾りを見たのですが、あなた方が付けれそうなものに見えなかったんですよ。」バーナードの言葉に再びその場の人々は顔を曇らせた。

 「皆様、申し訳ございませんが、メインのお料理がもう少し時間がかかりそうなので、もう少々お待ちください。」ペドロを呼びに行っていたはずのリチャードの言葉に、誰も耳を傾けてはいなかった。するとその瞬間ダイニングの扉が開いた。

 「遅くなって申し訳ございません。奥様、先程廊下で髪飾りを見つけましたので、お部屋の方に置いておきました。また無くされてはいけませんので。」ペドロがそう言うと、ペギーは無言で頷き、か細い声でお礼を言った。ペドロも場の雰囲気を理解したのか、少し険しい顔になった。

 「ペドロさんも来ましたし、みなさん聞いていたかわかりませんが、メインディッシュが来るまでまだ時間がかかりそうなので、そろそろ聞かせていただけませんか?あなた方が隠していることを。」バーナードがそう言うと、チャールズが黙って腰を下ろし、テーブルに肘をついて頭を手で支えた。

 「分かりましたフレッチャーさん。ご満足いただけるか分かりませんが、お話します。その代わり条件がございます。」「はい?」バーナードは首を傾げた。

 「この呪いを鎮め・・・いや、解決してくれませんか?」バーナードはチャールズの提示した条件を聞くと、笑みが止まらなかった。

 「もちろんです。」バーナードはそう言うと、足を組んで彼なりの話を聞く体勢になった。

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