第7話 Ritual of purification

 それから夜の七時まであと5分。バーナードとロバートが例の部屋に入ると、部屋は真っ暗だった。部屋の真ん中には、蝋燭が何本か立てられており、二人が入ってきたときに起きた風で一本消えてしまった。

 「失礼。」バーナードが心にもないことを言うと、ペギーが二人をじっと睨みつけた。リチャードがゆっくりと蝋燭の近くへ行くと、何事もなかったかのように、再び火を灯した。火の灯りでぼんやりと、リチャールズとペドロの姿が確認できた。

 「何の御用ですか?」ペギーが冷たく言い放った。

 「すみません。どうやらこのお部屋でハライノギ?ってやつが行われると、風の噂で伺いまして、どういうものなのか少し見学させていただこうと思いまして・・・。」「一体誰がそんなことを・・・。」ペギーが周りを見渡した。するちペドロ、が少し気まずい顔をしてペギーの方を見た。

 「私がペドロに伝えたときに、このお二人もいらしたのでそのときに知ってしまったのでしょう。」リチャードが無表情で答えた。ペドロはそっと胸を撫で下ろした。

 「ですが、私はこのお部屋で行っていることは話しておりません。」ペドロの顔は一気に青白くなった。

 「ではあなたが・・・。」ペギーは鬼の形相で、ペドロを睨みつけていた。

 「申し訳ございません。ただ、捜査の手がかりにもなり得るかと思いまして。」「あなたは何をしたのか分かっていらっしゃるの?このハミルトン家の機密を、外部に漏らしたのよ。これが何を意味するのか分かっておいで?」ペギーは、今にもペドロに殴りかかる勢いで詰め寄っていた。

 「母さん、それ以上は。」チャールズがペギーの腕を抑えるように手を出した。

 「チャールズ、あなたもなの?彼が何をしたか分かっているの?ハンクが今までどんな思いで守って・・・。」「こんな事態になってまで守ることですか?彼らは私たちに、手を貸してくださってるんですよ?もしかしたら呪いだって・・・まだ終わってないのかもしれな・・・。」「いえ、もう呪いは終わりました。パドメは死んだの。その道連れで私の夫も。もう終わったの。」ペギーは泣き崩れると、リチャードが肩に寄り添おうと近寄った。

 「あのー・・・。」バーナードが気まずそうに手を上げた。

 「別に邪魔だったら全然席を外しますよ?ただ、何をするのかだけ教えていただけたら、それで結構です。」

「なぜ他所者のあなたにそんな説明をしなければいけないの?」「母さん。」ペギーの腫れた赤い目が、バーナードを真っ直ぐ見つめていた。

 「我々は言わば、この牢獄のような屋敷に閉じ込められている身です。そんな密室で得体の知れない儀式とやらを同じ建物でされても気持ち悪いだけですし・・・。」「バーナードさん。」ロバートが小声で彼の嫌味を静止しようとしたが、もちろん止まらなかった。

 「それに、我々があなた方の誰かに命を狙われている可能性も、無きにしもあらずですからねぇ。」バーナードは少し嫌味な顔つきで言い放った。

 「どういうことですか?バーナードさん。この中にパドメを殺した犯人がいるとでもおっしゃりたいのですか?」「何を言ってるのチャールズ。パドメもあなたのお父さんも、みんな呪いで殺されたのよ。」ペギーはチャールズを怒鳴りつけた。

 「でも、もしそうでなかったら?パドメも父さんも、誰かの手で殺されてたら・・・?」「あのー?」バーナードが再び気まずそうに手を上げた。

 「まだ何も言ってないのに話を進めるのやめてもらってもよろしいですか?」バーナードは、にこやかに嫌味を言うと、皆気まずそうな表情を浮かべた。

「とにかく、先ほども、どなたかがおっしゃってくださったように、これも何か事件解決の手がかりとなるかもしれませんし、まぁあるいは、また別の呪いの引き金になってしまうかもしれませんが・・・。」バーナードは少し口角を上げてペギーを見た。

「もう私、我慢できません。リチャードこの男を、屋敷の外に放り出してちょうだい。」ペギーは怒り狂いながら、バーナードに向って地面を踏みつけるように近寄った。

「母さん、少し落ち着いて。」チャールズは、まるで漁網のようにペギーを引き留めた。

「もう私我慢の限界ですわ。ハミルトン家の名誉にかけて、この男をこの屋敷から追い払いますわ。」「今ここで、彼らを追い返してしまったら、それこそ我が家の名誉に傷がついてしまいます。」「僭越ながら、私もチャールズ様のおっしゃる通りかと、今はまず、この儀式を最優先していただき、そのあとこの者たちのことをお考えになられた方がよろしいかと。」リチャードの渋い声がようやくペギーの耳にもしっかり届いた。

「リチャード、あなたがそうおっしゃるのなら、そうしましょう。ですけど、もし何か儀式の妨げになるような行為をした場合、即刻あなたをこの部屋、いえこの屋敷から追い出しますからね。」

「御意のままに。」バーナードはそう言うと、近くにあった小さなソファに大きく足を組みながら座った。ロバートも一礼をすると、気まずそうにバーナードが座るソファの隣に、そっと立った。ペギーはその動きを見届けると、軽く息を吐いて気持ちを切り替えた。

「じゃあ、早速始めましょうか。」そう言うと、ペギーは蠟燭の前に立った。蝋燭の火の明かりが、怪しくペギーの顔を照らしていた。

「それではこれより、我が家に憑きし、悪しきものを祓いましょう。」ペギーが右手を出すと、リチャードが一本の短剣を差し出した。短剣は鞘に収められており、赤い宝石が手元に埋め込まれていた。ペギーはその短剣を受け取ると、短剣を鞘から出した。蝋燭の炎の灯りに照らされた短剣の刃が怪しく輝いていた。

「これまた新たなアイテムが出てきたなぁ。」バーナードはロバートにも微かに聞こえるくらいの声で呟いた。

「だんだんこの家の人達が怖くなってきました。」「それはなぜだい?ただ短剣が出てきただけではないか。」「短剣なんてこの場で、人を傷つける以外でどんな使い道があるんですか?」「それは見てみなければ分からないではないか。ウィリアムズ君。」「バーナードさん、それ本気でおっしゃってますか?いくらあなたでも。」「我々は部外者だ。あの短剣をどう使おうが、我々には関係のないことさ。」ロバートは一旦黙ることにした。するとペギーは、手に持った短剣の刃を蝋燭で炙り始めた。

「我らが主人よ。この家に憑きし悪しき意思を祓いたまえ。我が家の者たちを強き絆で結び、悪しき意思を追い払いたまえ。」そう言うとペギーは、思いきり自分の手のひらに、短剣の刃を刺した。ペギーの手のひらから出る血液が、部屋の暗さのせいで黒くまるで本当に体内の異物が流れ出ているように見えた。

「やっぱり・・・。ちょっとここの人たちの信仰心は、度がすぎていますよ。」「信仰の自由ってものは、君の中にはないのかい?我々に強要していないのだから、君が口出す事ではないぞウィリアムズ君。」すると今度はその短剣をチャールズに手渡すと、躊躇なく自分の手のひらに短剣の刃を入れた。

「あなたもやりなさい。」「私ですか?」ペギーの提案に、ペドロは呆気に取られた顔をしていた。

「あなたも関係がないわけではないわ。あなたのためにもやりなさい。」「分かりました。」ペドロはそう言うと、心配そうな表情のチャールズから短剣を受け取り、これまた躊躇なく手のひらに刃を入れた。

「バーナードさん、あれはどうなんですか?」「なんのことだい?」「バーナードさんいい加減にして下さいよ。あれはどう考えても強要じゃないですか?」「そうかぁ?その割には随分簡単に刃を入れたように見えたけど?」「彼がなんの躊躇もなく・・・。おかしいと思いませんか?」「ああ思うよ。」静かな物言いのバーナードの言葉に、ロバートはそれ以上何も言わなかった。

「我が主人よ。我らの血を悪しき意思から護る盾としたまえ。」そう言うと三人は蝋燭を囲い、お互いの手を繋いだ。それぞれの手元からは、お互いの血液が滴り落ちていた。するとリチャードがおろおろと聖水の入った瓶を持って現れたかと思うと、彼らに頭からかけ始めた。聖水は三人の手にべっとりとついた血と一緒に床に飛び散っていた。

「これで我らは悪しき意思の脅威から逃れ、我が主人に仕える者として、責務を果たしましょう。そうして今日、この日の悲しみを胸に刻み、前に進みましょう。アーメン。」ペギーがそう言うと残りの二人も復唱した。

「素晴らしい。」バーナードは急に拍手をしながら立ち上がると、部屋にいる全員がバーナードに視線を向けた。

「これが祓いの儀というものですか。いや勉強になりました。これはどこでもやっているものなのですか?」「いいえ。これは我がハミルトン家が、独自に行なっている儀式です。」ペギーは、苛立ちを沸々と露わにしながら答えた。

「ほう、独自のですか・・・。それはなんでしょう?神様の教えとかなんとかですか?」「あなたはさっきから何がおっしゃりたいの?」ペギーの堪忍袋の緒は、限界に近づいていた。

「いや失礼。お気持ちを害してしまったのであれば、謝ります。ただ、宗教というのは、神様の教えとかそういうものに則るものと思っておりまして・・・。いやだって神様は一人でしょ?まぁ多神教の宗教もありますが、あなたが信仰していらっしゃる宗教は、恐らくお一人のはず。それなのに独自というのは、一体どういうものなのでしょうかねぇ?と思いまして・・・。」ロバートはそれに対してのペギーの返答を待った。しかしペギーは何も返さず、ただ黙っていた。

「これは父のハンクが考えたものなので、母は関係ありません。」チャールズは微笑みながらも鋭い口調だった。しかしどうやらバーナードのエンジンを全開にしてしまったようだった。

「皆さんならご存知かと思いますが、あなた方の宗教においての血というものは、罪を償う際によく用いられます。その他、あなた方の行った行動は西洋においての約束であったり、義兄弟の証とするものが多い。確かに絆という単語は、あなた方の儀式の中にも出て来ていた。しかし、何かを祓ったり、護るという考え方において血液を用いる事は、あなた方の宗教において考えにくい。チャールズさん、あなたならそこら辺は、容易に想像つくんじゃありませんか?大学を主席で卒業なんてそう簡単ではないはずですからねぇ?」バーナードはチャールズに肩を組みながら、ロバートが余計なことを言いそうな顔で一歩前に出たのが見えた。

「それにお互いの傷口を擦り合わせる行為は、感染症の危険もあり、今すぐ辞めるべきです。」「いいえ、行う分には大いに結構。誰に迷惑をかけるわけではない。ここは自由の国だ。どのように信仰しても、各々の自由だ。そうだろう?ウィリアムズ君。」そう言いながらバーナードは、ロバートを睨みつけた。ロバートは言いたい事を言えてスッキリしたにもかかわらず、罪人になった気分だった。

「ではあなた方は、一体何がおっしゃりたいのですか?」チャールズは紳士らしく感情を出さず丁寧に尋ねた。

「失礼、彼と私の意見は、全く別のものと思っていただけますかな?なんなら私も聞きたいぐらいです。」「ではあなたは何をおっしゃりたいのですか?フレッチャーさん。」「私でしたか。これは失礼いたしました。」バーナードは道化のような表情で、コミカルに振る舞うと急に顔つきを厳しいものに変えた。

「あなたたちは我々に、何か隠しておられると申し上げたいと存じます。しかも今回の事件で、とても重要なものだ。違いますか?」「と言いますと?」「正直、私はあなた方ハミルトン家の事が、昔からどうしても好きになれませんでした。過激というかなんというか、あなた方の言葉を借りるとするなら神を冒涜していると。」「何ですって?」奥で黙っていたペギーの堪忍袋の緒が、いよいよ変なタイミングで切れたようだ。

「母さん、ここは僕に任せて。」まるで血に飢えた闘牛のように、一直線に向かってきたペギーをチャールズが優しくなだめた。

「それは正直、僕も同感です。」「何ですってチャールズ。」再びペギーが怒り狂い始めた。「奥様、落ち着いてください。」リチャードが頼りなく、ペギーを抑えていた。

「僕も昔からこの家のしきたりにはうんざりしていた。だから僕はそれを変えようと思っている。」「だが筋は通ってる。」「え?」チャールズは身の上話を遮られ、少し困惑していた。

「確かに過激ではあるが、用途に間違いはなかった。だが、今の儀式はまるで別の宗教の儀式を見ているようだった。」「別の宗教ですか?例えば?」チャールズは、顔色ひとつ変えず質問を返した。

「血とは少し違うかもしれませんが、私はどこかブードゥー教の生贄のようにも感じられました。あの宗教はいろいろと一人歩きしがちの宗教ですから、本来の姿を失っている儀式があってもおかしくないと、私は考えておりますがいかがですか?」「皆さん。」今まで黙っていたペドロが自分の手に包帯のようなものを当てながら、口を開いた。

「もう儀式も終わっているのですから、この話の続きはご夕食の後にしましょうよ。もちろんウィリアムズさんとフレッチャーさんも、召し上がってください。」ペギーは、目を見開いてペドロを見た。

「確かにそうだなペドロ。お二人も今日はいろいろとありましたし、一旦この話はディナーの後で。」チャールズは、まるで何かスイッチがあるのではないかと思うほど、急に紳士らしくなり、リチャードから受け取ったガーゼを手のひらに巻いた。

「母さん、別に良いだろ?」気がつくと、ペギーは何も言わずに部屋を出て行ったっていた。不機嫌そうに歩くペギーの後ろ姿には、既にガーゼが手に綺麗に巻かれ、ガーゼをつけた手には髪飾りが握られていた。

「お食事でしたら、既に準備を進めておりますので、ダイニングの方でお待ちください。もちろん客人のお二人も。」リチャードはそう言うと、ゆっくりと部屋を出た。

「フレッチャーさん、お話はまたその時にでも。」「分かりました。では参ろうウィリアムズ君。」「ありがとうございます。ではお言葉に甘えて。」ロバートはバーナードの代わりも兼ねてお辞儀をした。

「まだまだ夜は長いですから、こん詰めないで下さい。フレッチャーさん。」ペドロもそう言うと部屋を出た。

「ここの人たち・・・。」「ああ、まだ何か隠している。また死人が出そうだ。」ロバートとバーナードは出口を眺めながら二人にしか聞こえない声で話した。

「まぁまずは、ディナーに行こうじゃないかウィリアムズ君。毒が入っていなければの話だがな。」ロバートはバーナードの一言に、息を呑んだ。

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