第6話 The curse

大広間では、葬儀の後片付けが進められていた。ハンクの遺体と、パドメの遺体は薄暗く肌寒い安置室に運ばれた。

「床を拭き取る際ですが、大量の水で洗い流して、決して素手で触れないようにしてください。」バーナードは、召使いたちにそう告げると、ロバートとペドロがいる、参列者席に戻った。召使い達は、バーナードの指示に従い、てきぱきと作業をこなし、あっという間に、大広間は綺麗に片付いていた。

「こういう時って、現場の保存をするものではないんですか?」ペドロは不満の表情を浮かべていた。

 「まぁ確かにその方が良いのでしょうが、警察も早くて明日の朝にしか来れないですし、遺体の状態も損傷が激しいことから、この状況では逆に、捜査に悪影響が出てしまうと考えまして、引き上げてもらったしだいです。大丈夫です。私も元はこう言った仕事をしていたので、警察にはちゃんと捜査内容を共有しますよ。」ペドロは、どこか不貞腐れた表情を浮かべた。

 「では早速なのですが、いろいろとお話を聞かせていただきますね。」ペドロは頷くと椅子を座り直した。

 「死体が起き上がりましたが・・・。」バーナードの言葉を、ロバートが咳払いで遮った。

 「失礼、ご遺体が起き上がりましたが、それについて呪いと、どのような結びつきがあるとお考えなのですか?」「そもそも一体その呪いって言うのは、誰が何のために・・・。」ロバートが横から追加で質問をすると、バーナードはロバートを睨みつけ、視線で椅子に誘導した。ペドロはそれに動じることなく、淡々と質問に答えた。

 「どんな宗教神話にも良い存在も居れば、悪しき存在もいると思います。」「悪魔と呼ばれるサタンやバズズの類ですね?」「はい。ブードゥーにも、良いもの悪しきものが存在します。」二人はペドロの話を食い入るように聞いていた。

 「それは現世の人間においても同じこと。よく悪魔と契約を交わしてしまうなんてことを聞いたことがあると思いますけど・・・。」「では、君も悪魔と契約を?」「いや、その家計に生まれた人間全員・・・ですね?」ペドロは、バーナードの言葉を聞いて、無言で頷いた。

 「私と姉は、ブードゥーの呪術師の家計なんです。」「なるほど。」バーナードは少し笑みを浮かべていた。

 「とは言っても、呪術師だからといってかならずしも、悪い人間というわけではなく、呪術を使って飢餓から救ったり、部族抗争を阻止したり、色々と良いことに使っているんですよ。」「ただ、その代償が呪いということですね。」ペドロは、小さくため息をついた。

「忠誠を破ったシャーマンのせいで、集落がまるまる一つ無くなった、なんていう噂が立つぐらいです。そして誰もその呪いからは逃げられない。」ロバートはペドロの話を、同情するような顔で聞いていた。

「それで話は変わりますが、遺体が起き上がるという事象は、このブードゥーの呪いにおいて、どういう意味を持つのですか?」ペドロは、バーナードの質問を聞いて、何かひらめいたように、目を見開いた。

 「呪いは物体に取り憑くことが多いんです。人形、アクセサリー、時には動物にも・・・。」「遺体にもですか?」ロバートの目は、少し怯えているように見えた。

 「死体は、人の魂が抜けた抜け殻。宿主のいない抜け殻には、取り憑きやすいのかもしれません。」ペドロは既に場所を移されてしまった、パドメの遺体があった場所を見つめた。

 「では、お姉さんは、取り憑いた何かに呪い殺されてしまったとお考えというわけですね?」ペドロは戸惑いの表情を浮かべた。

 「そうか、ハンクさんも悪魔的な何かによって殺害されたのであれば、それこそ、パドメさんに取り憑いた何かが殺したと考えるのが自然ですね。」「アフリカ料理・・・」

ペドロがぽつりと呟いた。

 「ああ、そういえば聞きました。私実は、アフリカには行ったことがなくて、そのアフリカ料理ってやつを食べてみたかったんですよ。」「どういうことですか?バーナードさん。」ロバートは話題の除け者にされた気がして、一生懸命話題について行こうとした。

「実は昨日姉さんが、参列者の皆様に向けてアフリカ料理を手作りして、ご馳走したんです。地元の住民の皆さんは、ほぼ全部食べてくださったのですが、社交界ではあまりウケが良くなくて・・・。」「それはお姉さんもご存じだった?」「はい、とてもがっかりしていました。」ペドロにつられてロバートも顔を曇らせた。

 「話によるとすべての料理の材料は、アフリカのものを取り寄せていたとか?」「あなたはいつどこでその情報を?」ロバートはバーナードの顔を、呆気に取られた顔で眺めていた。

 「さっき車から降りて歩いている時に。住民の皆さんはたいそうお喜びになったことでしょうねぇ。」「はい、今回のことは姉と私の二人で行ったことなので、私も皆さんとお話ししましたけど、どの料理も喜んでくださってました。」ペドロはその時を思い出して、少し笑顔が溢れた。

 「中でも特に、スープが人気だったそうですね。」「へぇ、そうだったんですかぁ?私も飲みたかったなぁ。」ロバートの言葉を聞いて、ペドロは少し嬉しそうな顔をした。

「それだけは、あなたが作ったそうですねぇ。」「そうなんですよ。うまくできるか自信なかったんですけど、姉がどうしても一人だと手が回らなかったので・・・。」「そっか、君は料理が得意だったもんねぇ。」ロバートが笑顔でそういうと、ペドロは頭の後ろをかきながら少し照れていた。

 「もしかして、その料理が呪われていたとか、そういうことですか?さすがにそれは、いささか考えにくい気もしますけどねぇ。」ロバートは、両腕を組み難しい顔をした。

「呪いは何にでもなろうりますから。私が考えられるのはそれしかなくて。」「ごめんなさいね。なかなか色々思い出してもらうには早すぎるよね。」ロバートは再び顔を曇らせたペドロをかばった。しかし、バーナードは容赦なく次の質問を始めた。

 「では、昨日のことを話していただけませんか?少しだけで結構ですので。」ペドロは顔を曇らせながらも、しっかりとした口調で話し始めた。

 「昨日は朝から姉と二人で皆さんにお出しする料理を作っていました。前日から姉が仕込んでいたものを、調理するという工程でしたけどね。」「スープはいつ仕込んだんですか?」バーナードの質問に、ペドロは不思議そうな顔をした。

 「スープは急に何かが足りないと姉が言い出したので、それで簡単に作れるもので作りました。」「材料は現地から取り寄せた物だったのに、よく作れましたねぇ。」「ここだけの話実はあれだけ材料は、ここの調理場のものを代用しました。」ペドロが急に小声になった。

「それはそうですよねぇ。それでもすごいですね。味がわからないのでなんとも言えませんが、代用できるとは大そうな腕の持ち主だ。」「ありがとうございます。」ペドロは少し嬉しそうにハニかんだ。

「それで?そこから?」「はい、社交界が始まる直前、私は姉に呼ばれ部屋に行きました。」「要件は?」「分かりません。私もパーティなので、いろいろ仕事が立て込んでいてすぐには駆けつけられず、やっと部屋に行った時には・・・。」ペドロはうつむいた。

「あなたを呼んだ時、お姉さんはどんな様子でした?」「どんな様子とは?」「焦っていたとか、何かに怯えていたとか、苦しがっていたなど。」ペドロは天を仰いだ。

「特にこれといった様子はなかったですねぇ。まぁこっちも忙しかったので、そこまで見ている余裕がありませんでした。」バーナードは間髪を入れずに、次の質問をした。

「お姉さんが亡くなられた時、死亡確認はその部屋で行われたと伺いましたが、それは本当でしょうか?」「はい。ハミルトン家のかかりつけ医も参列しておりまして、確か今日の葬儀にも出席されていました。」「そうなんですよ。もっと早く異変に気がついて、彼を探せばよかったのですが・・・。どうやら騒ぎに驚いて逃げてしまわれました。」バーナードは苦笑いを浮かべていた。

「異変というのは?」「あっいえ大したことではございません。ただ、死亡確認をした際、そのかかりつけ医はなんの確認をしていましたか?」ペドロはまたしても不思議そうな顔をした。

「普通に脈拍と呼吸の確認とか、目を照らして瞳孔の確認とかですか?」「いたって普通の死亡確認です、バーナードさん。」ペドロの解答にロバートが補足した。

「結構。」バーナードの目つきが少し鋭くなり、口調もゆっくりとした少し不気味な雰囲気になった。

「ところで、何か不審なこととかなかったですか?」「例えば?」ペドロの返答にバーナードも少し考えた。

「そうですねぇ・・・普段と少し違う物のレイアウトだったり、おかしなタイミングでいた人とか、空いているはずの鍵が閉まっていたとか?」その時ペドロが何かを思い出したかのように、顔の全ての部位が上に上がった。

「そういえば、部屋に鍵がかかっていました。」「部屋に鍵?それがどうおかしいのですか?」「姉さんは・・・というより我々は鍵をかけるという習慣があまりなくて、よく不用心なんて言われてました。それに外から開ける鍵を持っているのはリチャードだけなので、何か僕に用事があるときは、いつも鍵を開けておいて、勝手に入るのが習慣になっていて・・・。」「なるほど、そのリチャードというのは、執事長の方でしたっけ?」「そうです。」「彼しか鍵を持っていないということは、部屋に入る時には?」「はい、一緒に目撃をしてます。その時リチャードは、すぐにチャールズ様に知らせに行きました。」「そもそもなぜ、各部屋の鍵を執事長が持っているんですか?」ロバートの質問にバーナードも賛同するように頷いた。

「何かあった時に備えてです。今回のことみたいになった時に、開けられるのが本人だけでは・・・。」「リチャードさんがもしいなかったら?」「そんなことはありません。リチャードは長年住み込みで働いていますので。」「ということはリチャードさんもこの家に住まわれていると?」「そうです。」「召使いに部屋を与えるなんて、ずいぶん寛大な方だ。」「その部屋はどこに?」ロバートの感心を無視してバーナードが会話に割って入った。ペドロは、何か気がついたような顔をした。

「確かに言われてみれば、彼の部屋がどこにあるのか見たことがありません。私とパドメは住み込みで、部屋は下の階にあるのですが、それ以外の召使いは自分たちの家に帰るけど・・・リチャードはどこへ?」ペドロは首を傾げた。

「彼はかなり仕事熱心な方なのですか?」「はい、基本仕事をしている姿しか見れません。そんな方だからこそ信頼して、彼に鍵を預けているのかもしれません。なんせこの家にはいろいろと公に出せない物もあるのでね。」「彼は結構長い間この家にいるんですか?」「話によると、ハンク様が学生の時からいらっしゃるようで、何十年とやって執事長を務めているらしく、そろそろ引退で後継者を探しているとか言ってましたけど。」その時、階段の上から声がした。

「ペドロ、今夜祓いの儀を行うからその準備を手伝ってくれないか?」リチャードのしゃがれ声が大広間に響き渡った。

「分かりました。すぐに行きます。」ペドロは背筋をスッとまるで竹竿を背中に入れられたかのように伸びていた。

「ごめんなさい。いろいろと話が盛り上がってしまいまして・・・。あなたのこともいろいろと聞いてましたよ。もうかなり長いこといらっしゃるんですねぇ。」バーナードはまるで挑発をするように叫ぶと、リチャードはバーナードに、一切視線を向けなかった。

「お二人とも、今日はあいにくのお天気で、お帰りいただくことができないかと存じますので、お部屋をご用意しております。」「いや、そんな・・・、お構いなく・・・。」「どうぞ、ごゆっくりお過ごしください。」そう言いながら、ロバートの言葉は完全無視された。それを見てバーナードの頬が少し膨らみ、口角が非常に上がっていた。

「フレッチャーさん。今話したことは、あまり他の人に話したと言わないでいただけませんか?」「それはなぜ?」「この家の人たちはかなり秘密主義なので・・・。」ペドロは小声でヘビのようにささやいた。

「わかりました。ではその代わりに、その祓いの儀ってやつには参加させていただけませんかねぇ?」バーナードが難しそうな顔をすると、ペドロは少し考え込んだ。

「邪魔をしなければ、大丈夫だと思います。」「ありがとうございます。では、お言葉に甘えて。」バーナードは帽子の先端を摘み、軽くを会釈した。

「時間は今夜七時。場所は階段を上がって右の、突き当たりの部屋です。」ペドロがそういうと、ロバートがはにかみながら右手を上げて階段を登った。

「バーナードさん、あのリチャードって執事長。なんか怪しくないですか?」バーナードはロバートの言葉を気にせずに、部屋へと向かっていた。

「あなたはこの事件本当に呪いだと思いますか?」「ウィリアムズ君その通りだとさっき言ったではないか?」「でもリチャードって男。彼が怪しすぎますよ。」「なぜ?君にだって一つや二つ隠している秘密があるだろう?」「まぁそうですけど。」「そうなってくると、君も容疑者に入ってしまうぞ?ウィリアムズ君。」「なんで私が・・・。」「秘密にしているから怪しい、わからないから怪しい。人は得体の知れないものを阻害しがちになる。だが、その秘密にする行為自体になにか意味があるとしたら?」「あなたはもう既に、何か分かっていらっしゃるのですか?」「分かっているのは、パドメ・ハミルトンはチャールズ・ハミルトンに殺されたということだ。」「今なんて?」「お、あの部屋だろう。」バーナードは目の前の、大きな天使の形が掘り込まれた扉を見つけた。ロバートもそれを追いかけるように、先へ急いだ。

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