第5話 Investigation

「失礼します。」白い手袋の裾を最大まで下げながら、バーナードは急に棺に近づくと、すぐに倒れている棺やパドメの遺体を、隅々まで観察をし始めた。

 「花嫁の遺体は先ほどの被弾でかなり出血しているようだ。それにウエディングドレスは所々焦げて穴ぼこが空いている。」バーナードは、勢いよく息を吸った。

「焦げ臭さの中に微かに酸っぱいにおいがする。なるほど。」バーナードはパドメの遺体に覆いかぶさるように、においを嗅いだ。

 「あなた、何をしているのですか?」ようやく異変に気づいたチャールズは、憤りの声を上げたがすっかり疲弊しきっており、感情が追いついていない様子だった。

 「すみません、私は、ロバート・ウィリアムズで彼が、バーナード・フレッチャーです。」バーナードは、ロバートが説明をしている間に、今度はハンクの遺体を観察し始めた。

「こっちは・・・。おっと、こりゃひどいな。頭から全身にかけて焼け爛れているところから、火傷によるショック死か何かか?それにかなり吐血してしまっているようだ・・・。なるほど。」バーナードは白い手袋をはめていることをいい事に、ハンクの遺体を必要以上に触っていた。

「警察の方ですか?」今度はペギーが、チャールズよりもさらに強い憤りの感情を、声に乗せていた。

「いや、まぁ元々はそうだったと言うか・・・。」ペギーの質問に、ロバートはなかなか答えられなかった。バーナードはその間に、どんどんと捜査を進めているようだった。そしてようやく遺体から離れると、立ち上がり二人の顔を見た。

 「どうもお見知り置きを。早速質問なのですが、この聖水はどこから汲んできたのですか?」「聖水というのは、汲んでくるものではなく・・・。」「奥様、では言い方を変えましょう。この水はどこで保管されているものですか?」バーナードは少し強い口調になり、ペギーの目に恐怖の色が見えた。そこでチャールズが、バーナードの相手を交代した。

 「この水の保管場所は、リチャードと父しか知りませんでした。こういう時のために、秘密主義はやめようと言っていたんですが・・・。」「確かにそれが賢明でしたね。それで、そのリチャードさんはどちらに?」「そういえば確かに・・・リチャード。」チャールズの呼ぶ声が、屋敷中にこだますると、どこからともなくヨボヨボの老紳士がよろよろと歩いてきた。

 「お呼びでしょうか?」リチャードの両手はびしょびしょに濡れており、焼けただれていた。

 「この聖水の保管場所を教えてくれないか?」「それはお答えしかねます。この家の大事な機密情報ですから。」「私にもダメなのか?」「この情報は家主、執事長に加え、この家の後継者と、後任候補の執事長にのみ知ることを許されるもの。それを増してやよそものにまで漏らしてしまっては困ります。」「リチャード、そうは言っても今は非常事態なんだ。父が殺されてしまったんだ。」「いえ、これはバチがあたったんです。神に仕えるものが、他の神に仕えるものと婚姻関係になる事など、言語道断ですから。」「それはいくらなんでも言い過ぎじゃないか?リチャード。」「どちらにせよ、その情報をお話しすることは出来ません。」「いえ、今ので十分分かりました。ご協力感謝いたします。」バーナードは、二人の言い争いを終わらせるように話に割って入った。チャールズは少し鋭い目つきでリチャードを見ていたが、リチャードは全く動じず、毅然とした表情でチャールズを見ていた。

 「あともう一つすいません。」「なんですか?」チャールズは慌てて、表情を柔らかく崩した。リチャードはその言葉を聞かずにその場を去っていった。

 「昨日奥様の死亡確認をした方は、今もまだいらっしゃったりしますか?」「恐らく・・・とは言っても先ほどの騒ぎでほとんどの方は、お帰りになられたので、まだその方がいらっしゃるかどうかは・・・。」「ご紹介していただけないですか?」「わかりました。一緒に探しましょう。」そう言うと、チャールズとバーナードは大広間を後にした。

 「無礼をお許しください。しばらく捜査のご協力いただけると幸いです。」「あなた方は何者なのですか?そんな得体の知れない人に、この家を荒らされるのは御免です。ペギーはショックで、とりみだしているようすだった取り乱している様子だった。

 「私が呼んだんです。」「ペドロ、あなたが?」しどろもどろしているロバートの後ろから、ペドロが割って入った。

 「はい、奥様。」「なぜそんなことを?あなただってわかっているはずでしょう?」ペドロは、ペギーの言葉にうつむいた。

 「失礼ですが、なんのお話でしょうか?」「あなたには関係のない話ですわ。」ロバートはバーナードがいない間に、少しでも手がかりを探ろうとしていた。

 「とにかく、夫が亡くなった今、この屋敷の主人は私です。あなたは今すぐに出ていきなさい。あなたのお友達も一緒に。」ペギーはかなり強い口調でロバートに言い放った。

 「そうしたいのは山々ですが、残念ながら私の予想通り、お宅の近くの大きな川が氾濫してしまいまして、どうやら我々はここで足止めのようです。」ロバートは、大広間に戻ってきたバーナードの声を聞いて、これほど頼もしく思ったことはなかった。

 「そんなことは、私の知ったことではありません。」「もちろん、私が勝手にそう申しているわけではありません。ちゃんと許可は取ってますよ。」「誰がそんなことを・・・」「私です。母上。」バーナードの背後からチャールズが凛々しく答えた。

 「チャールズ、あなたどういうつもりですか?」「私は、いずれこのハミルトン家の家主になります。ですから彼らが、この家に泊まる許可を与える権限はあるはずです。」ペギーは、ばつの悪そうな顔で二人を見た。

 「わかりました。ですが、今夜だけですからね。明日の朝、たとえ川が氾濫していようがなんだろうが、出ていってもらいますからね。」そう言うとペギーは、大広間を後にしようと歩き出した。

 「おっとそうでした奥様。」ペギーは足を止めて、何かポケットから出そうとしているバーナードを睨みつけた。

 「落とし物を拾いまして、恐らくあなたのではないかと思いまして。」バーナードはポケットから髪飾りを出した。

 「あなたの髪飾りですか?」「ええ、そうです、いつ落としたのかしら・・・。」ペギーはかなり困惑しているようだった。そしてだんだんとわずかに恐怖の表情を浮かべた。

 「私、葬儀が始まった時持っていたわよね?」「母さんはよく何かあると、手に持ってる物をどこかに置く癖があるから、それでまた無くしただけじゃないんですか?」チャールズはなだめるように言ったが、ペギーの中の疑心は、さらに大きくなるだけだった。

 「ちなみにその髪飾りは、あそこの本棚の近くに落ちていましたよ。」バーナードは、大広間のすみに不自然に佇む本棚を指差した。

 「ありがとうございます。」「ちなみにそちらの髪飾り。随分と風変わりなデザインですが、どちらで?」「これは・・・。」「パドメがくれたんです。彼女の故郷の髪飾りなんですよ。」「では、それはとても大事な代物というわけですね。」「ええ。」ペギーの返事は、どこかぎこちなかった。

 「そんなに大切な物だったんですね。いやぁ私も見つけられてよかったです。では、肌身離さず持っていないと、また無くしてしまいますから、気をつけてくださいね。」ペギーはその言葉に返事することなく、その場を去った。

 「すみません。いろいろとありすぎて・・・。我々のご無礼をお許しください。」「いえいえ、私こそ失礼いたしました。花嫁を亡くした矢先に、旦那様まで亡くされたのですから、無理はないでしょう。」バーナードは理解を示すように、軽く会釈をした。

「それにこの事件の捜査をしてくださると言うことで、本当に、ありがとうございます。」チャールズは深めのお辞儀をした。

 「いやぁ勝手にやってるだけですから。」そう言うとバーナードは、再び荒れ狂った現場に視線を向けた。

「そういえば失礼ですが、どう言った経緯でこちらに?昨晩いらしゃいませんでしたよね?」チャールズの体はすでに、外の方向に向いていたが、顔はまだこちらに残っていた。

「はい、実は彼から今朝連絡がありまして、こうして馳せ参じたわけでございます。」「なるほど。では結果的に、彼に感謝しないといけませんね。」バーナードは、少し思っていた反応と違って珍しく困惑していた。すると突然チャールズは、バーナードの両手を強く握り懇願するような表情を見せた。

 「お願いです、ミスターフレッチャー。妻を呪いから解放して下さい。お願いします。」バーナードは、急に握られた手に不気味な視線を送っていた。

「わかりました。ですがそれには、あなたの協力も必要です。昨夜から今日にかけて、何があったのかお話しいただけますか?」バーナードの声は、少し震えていた。

 「もちろんです。ただその前に父を供養してやらないと。パドメもまだ供養できてないですし。」「そうでしたね。明日の朝まで、まだまだ時間はたっぷりありますから、どうぞごゆっくり。」「ありがとうございます。」チャールズはそういうと、ロバートにも一礼をして、大広間を後にした。

 「あなたらしくないじゃないですか。いつもなら捜査のためなら、遺族にだって容赦がないのに。」バーナードからは返答はなかったが、ロバートはただ言いたいことを、バーナードにぶつけていた。

 「それにあの髪飾り。よく見つけましたね。奥様も喜んでいたと思いますよ。まぁ、ちょっと怒ってましたけど・・・。」「ウィリアムズ君。今回の事件を解決する鍵は話術だ。秘密主義の人間から、どうにかして情報を得るには、信用されコミュニケーションを取らなければならない。」どんな理由であれ、いつものバーナードとは違う一面が見れる事は、ロバートにとって、ワクワクすることだった。

「だがしかし、彼に関しては、とてもまっすぐどころか真っ直ぐすぎて、曲がることができない性格のようだ。。人を疑うことを知らず、へたしたら、世の中の人々は皆兄弟とでも思っているのかもしれない。私は今、非常に虫唾が走っているよ。」ロバートは、バーナードが何かに刺激を受けているが、嬉しくて笑顔が止まらなかった。

 「ウィリアムズ君、今すぐに雨を止めたまえ。」バーナードは大広間を後にしようと歩き始めた。

「それができたら、私だってそうしてますよ。こんな気味悪い事件だと思ってなかったですし。」その言葉にバーナードは、急に足を止めた。

「ウィリアムズ君、君はどう思っている?この事件、本当に呪いだと思うかい?」バーナードは、犯人に詰め寄るように近づいてきた。

「そりゃ違うと思いたいですけど、あなただって見たでしょ?死体が起き上がちゃんですよ?あなたは一度や二度見たことがあるのかも知れませんが、私は、初めて見ましたよ。あんなの。」「君は私をなんだと思っているんだね?」興奮しているロバートには、届かない言葉のようだった。

「それにハンクさんだって・・・。私だって信じたくはないですけど・・・。」「なるほど・・・まぁ君らしい回答だな。」「そう言うってことはあなたはこの事件、呪いの仕業ではないと思うんですか?」「いや。」ロバートは唐突にきた予想外の答えに、気の抜けた変な声を発した。

「残念ながら、この事件は呪われているようだウィリアムズ君。」バーナードはそう言うと、大広間の出口へ向かった。ロバートもそれについて行こうとした時、ふと視界にペドロが見えた。ロバートは、居ても立っても居られず、ペドロの元へ向かった。

「ペドロ、大丈夫かい?」床に転げ落ちた姉の亡骸を眺めながら立っているペドロに、ロバートは優しく声をかけた。

 「僕にはできなかった。」「何をですか?」ペドロの震える声は、言葉をしっかり伝え切る力が残っていなかった。

 「あの時、引き金を引けなかった。呪われた姉さんを苦しみから解き放てられなかった。」ペドロが握っている拳銃が小刻みに揺れているのがわかった。

 「そりゃいくらなんでも、自分の肉親ですから・・・。何も思わずに撃つ方が難しいですよ。」パドメの亡骸は、とても穏やかな眠りについている表情だった。

「怖かった。怖かったんです。」「でも、もう終わったじゃないか。」「いや・・・。」ペドロは、優しく肩に置かれたロバートの手をゆっくりと払った。

 「呪いはまだ終わっちゃいないさ。」「どういうことだい?」「ブードゥーの呪いを舐めちゃいけませんよウィリアムズさん。」ロバートは、思わず息を呑んでしまった。

 「ではあなたのおっしゃる通りなら、また新たな犠牲者が出るということですか?」バーナードが、大広間の出口から勢いよく現れた。

「ブードゥーの呪いは、最後の一人も許してはくれません。」「そんな粘着質な宗教だなんて知りませんでした。そんな危険な宗教をなぜそ崇拝し続けるのですか?」「それは・・・。」バーナードは、どこかペドロを問いただすように詰め寄っていた。

 「バーナードさん、その質問はさすがに、信仰の自由の侵害になってしまいますよ。」「私は、ただの興味で聞いているだけだぞ。何が問題なんだ。」「彼だって困っているじゃないですか。」「だがしかしこの質問は、この事件の重要な部分でもある。この先、犠牲者を止めたいのであれば、知る必要がある。」バーナードの顔に、笑顔の痕跡はなかった。ロバートは、それ以上言葉を返すのをやめた。

 「そうですよね。」ペドロが、ぽつりとこぼした。

 「わかりました。お話しします。呪いについて。」「よろしくお願いします。」バーナードはそういうと、ペドロを葬儀の参列者席に座らせた。

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