第4話 Funeral
パドメ・ハミルトンの葬儀は、ハミルトン邸の大広間で執り行われる予定で、会場は白を基調とした花々で綺麗に装飾されていた。そして大広間の中央の大きな階段の踊り場に、大きな花輪と豪華な棺が蓋を開けて置かれており、参列者の中でも生前親交があった参列者は、棺を覗き込んでいた。前方の一番右端に座っているチャールズは、参列者が来るたびに立ち上がると一礼をしていた。その顔は凛々しい面影はなく、青白く痩せこけているように見えた。
「お気の毒に、いくらなんでも結婚式の次の日に葬儀なんてしなくても・・・。」「社交界というのはそういうものなのだよ。」バーナードはロバートの言葉に対して、どことなく周りの参列者に対しての皮肉のように、彼らを眺めながら言った。
「彼らをよく見たまえウィリアムズ君。何か気になることはないかい?」ロバートは、バーナードの言われるがままに参列者の様子を伺った。
「特に、変わった様子はない気がしますけど?」「普段の社交界のパーティーならな。」バーナードの言葉に、何か引っ掛かりを感じたロバートは、もう一度よく観察した。
「談笑してる・・・。」「ああ、世にも珍しい葬式だろ?」バーナードの言う通り、参列していた人々は式が始まるまでの間、葬儀とは思えないほど賑やかな雰囲気だった。
「彼らはまるで、この葬儀に興味がないんだよ。」「じゃあなぜ?」「社交界で生活している人々にとって、公の場というのは、所詮は見栄の張り合いをする場。その場にいなければ、何を言われるか分からない。逆を言えば、それに漬け込んで、昨日の結婚式から帰れない状況を作り、今日、急遽葬儀をおこなったハミルトン家は、一人息子の新妻の葬儀に、これだけの人を呼ぶことができる、という見栄をはれたというわけさ。」「なんだろう?信じたくはないが、信憑性しかなく、少しここにいる人たちが恐ろしく感じます。」「だから、最初から私はここへ来たくはなかったのだよ。」バーナードの説明を聞いて、ふとロバートにある疑問が浮かんだ。
「あなたは、なぜそんなに、この家について詳しいのですか?」「社交界絡みの事件は、大抵行き着く先はそれさ。彼らは言わば、人間は力を持つと、こうも醜い生き物に成り下がれる、という生きた証拠たちなのだよ。」バーナードの言葉にロバートは少し嫌な仮説が頭に浮かんだ。
「バーナードさん。これはあくまで素人の意見なので、あり得ない話だと思うんですが・・・。」「私は時々出る、君のそういうところが気に入っている。遠慮せず言いたまえ。」ロバートは恐る恐る口を開いた。
「もしこの事件が自殺ではなく、なおかつ呪いではないということも考えられるのですか?」「ちょっと待てくれウィリアムズ君。」バーナードは、ロバートの話を遮るや否や、前方にいるチャールズの方に視線を向けた。すると、チャールズがちょうど離席する瞬間だった。
「追いかけますか?」「いや、彼もあからさまに人目につく場所で行動は起こさないだろう。今は静観と行こうじゃないか。」そう言いながら、バーナードは両手を後頭部に置いた。
「まぁでもトイレの可能性もありますし・・・。」「では、ウィリアムズ君の推理を我々の結論として置くとしよう・・・おっとトイレにしては随分早いお帰りだなぁ。」すぐに元の席に戻り、隣に座る母親のペギーと何か話しているチャールズを見て、バーナードは皮肉を言った。すると、そのチャールズの手にこっそりと握られていた銀色の代物を二人は見逃さなかった。
「葬式に拳銃って一体どういうことですか?」「銀色の銃弾・・・。」「やっぱり僕が考えたことは、あながち間違えてないのかもしれなくないですか?」「そういえば、君の考えを最後まで聞いていなかったねぇ。」そう言うと、バーナードは手をメモ帳に見立てて、メモをとるふりをした。ロバートは、そんなバーナードの行動を見ながらも、それの意味を考える余裕もなく、小声で一生懸説明した。
「私が思うに、花嫁のパドメは自殺でも呪いでもなく、殺害されたとしたら?それこそ、アフリカ生まれの召使いであるパドメとの結婚を阻止したい誰かが、パドメを殺害した。」「確かに、社交界という見栄だけの世界において、考えられない事象でもないなぁ。」バーナードは、全く心が動いていないようだったが、ロバートは、自分の推理を披露するので必死だった。
「それこそ、長年勤めているこの家の関係者かなんかが、この結婚を面白く思わず、新婦を殺害したっていうシナリオも、そう珍しくなくないですか?」「ではあの拳銃は?」バーナードは少し右の口角が上がった状態で尋ねた。
「花嫁を殺された復讐・・・ですかねぇ・・・?」「白昼堂々と誰を殺すつもりだって言うのか?あの男がそう間抜けには思えんがねぇ。」バーナードはチャールズを眺めていた。ロバートは、バーナードの言葉を自分のことに置き換えた。
「では、あなたはどのようにお考えなのですか?」「分からない。」バーナードの答えは迅速に吐き出された。
「なぜなら、まだ何も起きていないからだよウィリアムズ君。」「まぁ・・・そうですけど・・・。」ロバートは意気消沈した。
「だが、あの拳銃・・・。」「拳銃がどうしたんですか?」「銀は、昔から悪しきものを祓うと言われているもので、悪魔や魔女なんかの類を、葬ってきたと伝えられている。」「吸血鬼とかですか?」「そう。そもそもは、特有の殺菌作用や、硫化ヒ素と反応して黒変する性質から、未知の存在に対抗する時に、経験則的に使われたことが起源で、そもそもこう言った呪いとかに、効果があるとは、言い伝えられていない。だが、彼はそれを知らないのか、知っていながら、まじない代わりに持っているだけなのか、一つだけわかることは、彼も呪いを信じているということだ。」バーナードの話を聞けば聞くほど、ロバートの眉間のシワが、深くなっていた。
「バーナードさん、では我々はどうしたらいいですか?」「我々?」「はい、得体の知れない呪いだったり、銀色の銃弾だったり、そんなことはどうでもいいんですよ。」バーナードは、ロバートの肩に手を置いた。
「ウィリアムズ君。もし、私の協力が欲しいのなら、情報をくれたまえ。今ある情報で私はどうしたら良いのだね?彼から拳銃を取り上げればいいのかい?」「もし、バーナードさんがそう思うのであれば、そうするべきじゃないのですか?」ロバートは口を鋭く尖らせた。
「なら、君がしたら良いじゃないか。」バーナードの言葉に反抗するように、ロバートは立ち上がった。
「だが、君が早とちりする前に、もう一度考える材料を与えるとするならば、もし、さっき言ったみたいに、お守りの代わりだったとしら?それに、本当に呪いが存在したら?君は拳銃を取り上げた事による、彼への損害の責任は取れるのかね?」「それは・・・。」ロバートの動きが止まった。
「私たちが、この件に首を突っ込むには、まだ早すぎるのだよウィリアムズ君。彼の力になってあげたい気持ちは分かる。だが、早とちりをすれば、今度は君が、さらなる悲劇を生み出す加害者になるかも知れない。」ロバートは、ゆっくりと席に戻った。
「それに私の昔の仕事は、事件の真相を解き明かし、二度と同じようなことを起こさないための仕事だ。つまり、その事件そのものを未然に防ぐわけではない。だから今いるこに神様の御前で、何事も起きないことを祈ることだな。」バーナードの言葉を、ロバートは黙って聞いていた。
そんな話をしていると、階段の踊り場にある棺の隣に一人の老紳士が現れた。
「お集まりの皆様。昨日に引き続きご参列いただきまして、誠にありがとうございます。これよりパドメ・ハミルトン様の葬儀を執り行わせていただきます。」老紳士の痩せ細った喉から、想像できないほどの重低音の効いた重たい声がそう言うと、黒いキャソックを身にまとい、白い髭をびっしり顎につけた老紳士が現れた。
「バーナードさん、あの方が・・・。」「ハンク・ハミルトンだ。葬儀なのにも関わらず、相変わらずだな。」バーナードの言う通り確かに彼は、葬儀にしては少し表情が明るい気がした。ハンクが一礼をすると、参列者もちらほらと、お辞儀を返していた。
「リチャード、聖水を。」「かしこまりました。」ハンクがそう言うと、老紳士は聖水を取りに向かった。
「皆様、昨日のお祝い気分とは裏腹に、今日はとても悲しい日になってしまいました。私たちも突然のことで、正直まだ気持ちが追いついていません。」そう言いながらハンクは前方の右端に座っているチャールズとペギーの方を見た。ペギーはハンカチで目をおさえながら、髪飾りを握りしめ、目を真っ赤に腫らしていた。だが一方のチャールズは、涙ひとつ浮かべることなく、参列者に一礼をし凛々しい姿を見せているようだった。だがバーナードだけは、どこか緊張している面持ちに見えていた。ハンクは二人にアイコンタクトを送ると、再びスピーチを始めた。
「ですが、我々はこの悲しい現実を受け止め、前に進まなければなりません。そのためにはまず彼女を清め、送ってあげなければなりません。皆様、どうかその手助けをしていただけませんか?」ハンクの問いかけに、参列者は拍手で返した。その異様な雰囲気にロバートは少し動揺しているようだった。
「まるで、彼のワンマンショーのようだ。」「この調子なら死人が起きそうだ。」ロバートのポツリと漏らした声に、バーナードは皮肉で返したが、ロバートは大きくうなずいた。
ハンクが片手を広げると、リチャードが、聖水の入った水差しを乗せた、銀色のお盆を持ってきた。ハンクは水差しの隣に置いてあった小さな試験管に、聖水を入れると、まずは自分の手を濡らし、頭から振りかけた。そしてもう一度水差しから聖水をとると、今度はパドメの遺体にふりかけはじめた。参列者たちはその光景を静かに見守っていた。
「それでは皆様、ご起立ください。」ハンクがそう言うと皆おろおろと立ち上がり、椅子に置いてあった冊子を手に取った。
「それでは皆様、故人を偲んでご唱和ください。」ロバートは、ようやく自分の知っている葬儀が始まったと、少しほっとしていた。パイプオルガンの音色が屋敷中に響き渡り、参列者が讃美歌を歌い始めた。それは大広間にいる人々だけでなく、外にいる参列者も雨の中祈りを捧げるかのように讃美歌を歌う声が、確かに聞こえてきていた。
「彼女はとても幸せ者なのかもしれないですね。」「そうかぁ?見せかけの幸せを君は幸せと言うのなら、今の光景は君にとって最高の幸せだと思うかもしれないな。」「なぜあなたはいつも、そのような言い方しかできないのですか?」「君は少し先入観というものを消して、クリアな視点でものを見る癖を身につけたまえウィリアムズ君。」ロバートはバーナードに少し嫌悪感を抱いた。
「少なくとも今だけは・・・。」バーナードのため息のような一言は、毎回ロバートの心に残るものが多かった。だが確かにバーナードの言う通りだった。なぜなら、外の声が聞こえると言うことは、ここにいる人々はそこまで讃美歌を歌っているわけではないと言うことだった。現に自分たちも歌っていない。それに外の人たちがそれほどの感情を、彼女に向ける理由は何かと聞かれても、なかなかに難しい質問になるのかもしれない。そこで、ロバートはこの時間に、バーナードの目線を探ってみる事にした。彼が見ているところにもしかしたら何かあるのかもしれないと。しかし、その数秒後にロバートはガッカリすることになった。バーナードは何処かを見るどころか、気持ちよさそうな顔で目を閉じていた。
すると突然、ロバートの鼻に香ばしいような焦げ臭いようなにおいが入ってきた。それに気がつくかのようにバーナードもゆっくりと目を開けた。それと同時に、急に男性の悲痛の叫び声が、大広間中に響き渡った。
「ハンク様どうされましたか?」リチャードがハンクに駆け寄った。その影響でパイプオルガンの演奏が止まり、会場も騒然とし始めた。
「あなた、どうしたの?」そう言いながらペギーが駆け寄ろうとしたが、チャールズが果敢に止めに入った。見ると彼の手には銀の銃が既に握られていた。
「熱い。熱い。」ハンクはそう叫びながらキャソックを脱ぐと、黒いキャソックは焦げて穴だらけになっていた。それを目にした会場の参列者たちはさらに騒然とした。
「バーナードさん、あれは一体・・・」バーナードは、何も言わずただ事態を見守っていた。その時だった。急に棺から女性の唸り声のようなものが聞こえた。
「ペドロ。」チャールズの声に応えるように、ペドロが大広間に入ってきた。手にはチャールズと同じように、銀の銃が握られていた。すると、棺が不気味に動き出し、中で眠っていたはずの、パドメの遺体が起き上がった。この世のものとは思えない光景に、参列者たちは悲鳴をあげて、大広間から逃げ出しはじめた。そんな逃げ惑う人々をかき分けながら、ペドロは棺へと近づいた。
「ペドロ。」チャールズの言葉にペドロは銃口をパドメに向けた。
「やはりそうだった。だから私はこの結婚に反対だったんだ。悪魔の呪いだ。」ハンクは腰を抜かしながら棺から離れた。
「リチャード、聖水を。」「はい、ただいま。」リチャードはよろよろと、聖水の水差しをハンクに渡すとハンクは水差しごと口をつけて飲み出した。
「これで穢れを取らなければ・・・。」しかしその数秒もしないうちに、ハンクは口からまるで聖水が赤く染まったように、血を吹き出した。ハンクは思わず、身体を丸めた。その影響で手に持っていた聖水が、全部顔にかかってしまった。ハンクは必死で顔を手で覆っていた。するとハンクの顔は真っ赤に焼け爛れ、皮膚も沸騰している鍋のように、変形していた。
「ハンク様。」「あなた。」リチャードとペギーの叫び声に対して、ハンクは喉をおさえながらもがき苦しんだ。
「呪いだ。やっぱり呪いは本当だったんだ。花嫁の服を見てください。」見ると、着させられていたパドメの花嫁ドレスも、焦げて穴が所々空いていた。
「確かに呪いのようだな。ウィリアムズ君。」バーナードをもさすがに驚いているようだった。
「どうするんですか?今度こそ、どうにかできないのですか?」「もし本当に呪いなら、彼らが持っているあに銃しか、この事態を、収めることはできないだろう。」ロバートはパドメに銃を向けているペドロを見た。パドメの遺体は、棺から立ち上がり、不気味にこちらに手を伸ばして何かを訴えているようだった。
「ペドロ。」チャールズはさらに声を上げた。すると、ペドロは全く明後日の方向に銃を発砲した。その音に人々は、悲鳴と共に、思わず頭を下げた。
「ごめんなさい。僕にはできません。」叫ぶペドロの目には、涙が浮かんでいた。チャールズは起き上がる妻の亡骸とそのすぐそばでもがき苦しんでいる父親を見た。
「すまない。」チャールズはパドメに銃口を向けると、銃は大きな音を立てた。パドメの亡骸は、そのまま倒れ込み、その重みで棺の台は大きく倒れ、パドメの腹部から出た血が床を染めた。
「お見事。」バーナードはチャールズを見て、小さくつぶやき、ロバートは大きく息を吐きながら、座席に座り込んだ。気がつけば参列者はその二人以外、みんな外へ避難し、ハミルトン邸を後にしていた。チャールズは棺のそばで横たわるハンクに駆け寄った。だが、先ほどまでもがき苦しんでいたハンクは既に息を引き取り、悶絶した顔のまま、時が止まっているようだった。
「ペドロ、大丈夫かい?」ロバートは、膝をついて倒れ込んでいるペドロへ駆け寄った。しかしペドロは放心状態で、何も喋れない状態だった。
「バーナードさん?」バーナードはロバートの隣に立ち、大広間の凄惨な光景を眺めていた。
「さぁウィリアムズ君、いよいよ我々の出番だ。」そう言うとバーナードは、大広間の棺に向かって歩き出した。ロバートもペドロからそっと離れ、バーナードを追いかけた。
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