第3話 The Hamiltons

 バーナードとロバートを乗せた車は、ロバートの運転で、ハミルトン邸に向かっていた。朝から降り続いてる雨によってぬかるんだ地面のせいで、ゆりかごのように揺れていた。二人は葬儀に相応しいシックな雰囲気のスーツを見にまとい、陰気な雰囲気を演出していた。

「さっきより雨が強くなってますね。」「これは今日、我が家に帰れないかもしれないぞウィリアムズ君。」「え、なんでですか?」「そんなもん呪いに決まっているだろう。」バーナードは小馬鹿にしたような笑みを浮かべた。

「ところであなたはハミルトン家のことをよくご存知のようですが、昔、何か面識があったりするのですか?」ロバートが尋ねると、バーナードは無数の水滴が張り付いた窓の外を眺めた。

「いろいろとな。まぁ君みたいな一般人よりかは少々詳しいかもしれないが、信者の皆さんよりは無知だよ。」「私もハミルトン家は名前と、日曜に教会に行けば必ず会えるくらいしか知らないですね。」「その時、聖水飲んだり、変なまじないし始めたりしてなかったか?」「聖水を飲むんですか?」ロバートはバーナードがまた口から出任せを言ったと思い軽く受け流そうとしたが、いつもの人を小馬鹿にしたような陰気な笑みどころか、顔色ひとつ変わっていなかった。

「まぁそんなことをするのはあの家のなかでも、ハンク・ハミルトンだけらしいがな。彼はかなり独特な崇拝方法をとっていて、それが今の異常な信者増加の要因なんじゃないかなぁ?」「なるほど。というよりも、そもそも聖水なんて飲めるものなんですか?」「まぁただの水なんだから別に飲めないこともないんじゃないの?」ロバートはバーナードがハミルトン家に対して、関心があるのかないのかつかめずにいた。

二人の乗せた車は雑木林に差し掛かり、車の揺れは先ほどよりマシにはなったが、その代わりにどことなく、常に斜めに傾いているように感じた。ロバートはその傾きに身を任せ、ふと窓の外を眺めた。

「なるほど、それで帰れないかもみたいなことをおっしゃったんですね。」そう言いながら窓の外にある大きな川の水位が、すりきりいっぱいまで上がっていることがわかった。

 「この調子だと午後も確実にこんな素敵なお天気であろう。それにこんな雲みたいな道では・・・」バーナードはため息をついた。

「ごめんなさいバーナードさん。私がお誘いしたばかりに。」「いや、あくまで今は、私の意思でここにいる。君が責任を感じることはないぞ、ウィリアムズ君。」ロバートは意外な返答に、調子が狂いそうだった。

「だが、帰った暁には、上等なワインを頼む。」「それはご心配なく。ハミルトン家に行ったら、私から頼んでみますよ。もちろん、解決したらの話ですが・・・。」「それは期待しないでおこう。」

 そこからしばらく車内には、雨粒が車に打ち付ける音と、車輪が泥と擦れる音が響き渡っていた。二人は音の負けない声を出すのに疲れ、各々窓の外を眺めていると、チラホラとハミルトン家の痕跡が現れ始めた。

 「なんだ?あの黒い集団。」こんな雨にもかかわらず、黒い服を着た老若男女が列を成して、ハミルトン家へと向かっていた。

 「信者たちだ。昨日の結婚式の祝福気分とは打って変わって、今日は喪に服すってわけか・・・。ご苦労なことだな。」「こんなのまるで、ハミルトン教みたいな雰囲気じゃないですか。」「君も面白いことを言うねぇ。確かにその表現は当たっているかもしれないな。」バーナードは、珍しく人の言葉で笑っていた。

「よそ者の我々から見れば、領主の息子の奥さんが亡くなっただけだが、彼らにとってはそれこそ、聖母マリア様が亡くなったくらいの騒ぎなのかもしれないな。」バーナードの言葉にロバートは、ハミルトン家に対して少し不気味な印象を得た。すると突然、バーナードは横に置いてあった帽子と上着を手に取り、狭い車内の中で、ぎこちなく袖を通し始めた。

 「ちょっと車を止めてくれウィリアムズ君。私は車酔いをしたようだ。」「ちょっと、大丈夫ですか?」ロバートが車を止め、バーナードの様子を見ると、バーナードは車酔いどころか、すこぶる調子が良さそうに見えた。

「ここからハミルトン家まではそう遠くない。ここから先は歩く事にする。では。」バーナードは軽く手を挙げると、車を降りてしまった。

 「ちょっとどういう事ですか?雨脚も強くなってるし、あと少し我慢してもらえれば・・・。」「では、隣で私は吐くぞ。」そう言うとバーナードは、車の扉を閉めた。窓越しに見えるロバートの唖然とした顔に傘も刺さずに手を振ると、バーナードはそのまま歩き始めた。そしてその出来事から五分車を走らせると、目の前に、ハミルトン邸が見え始めた。その邸宅と言ったらとても司祭、神父の住む家とは思えないほど大きく豪華な出立だった。ゴシック様式の重厚感ある外観は、雑木林の中でも一際目立っており、ざっと見ただけでも四階建くらいの高さだが、窓は二階建て分しかなかった。屋根の天辺には十字架があり、そのすぐ下には、天窓になっている部屋が確認できた。その部屋から外にバルコニーが続いており、その下の中庭みたいな広場には、信者が群がっていた。信者たちは泣き喚いたりすることなく、ただ雨に打たれながら静かに祈りを捧げていた。そのバルコニーとは反対側に正門があり、ロバートはそこに車を停めた。

 「ウィリアムズさん。」車から降りるとすぐに、自分の名前を呼ぶ声に、ロバートは雨水を避けるように、下を向いていた顔を上げた。

 「ペドロ君、この度はお悔やみ申し上げます。」「ありがとうございます。」ペドロは一礼をするや否や、ロバートの周りを確認した。

 「フレッチャーさんはどちらに?」「それが途中で車酔いで、降りてしまって・・・。」「車酔いですか?大丈夫なんですか?」「わかりませんがすぐそこで降りたので、きっとそのうちこちらに到着するかと思います。」「ならよかった。あの方に来ていただかないと・・・。」ペドロは小声でそう呟くと、ロバートの荷物を持ち上げた。

 「さぁ、屋敷へご案内いたします。」「ありがたいですが、ちょっと心配なので、ここであの人を待とうと思います。」「大丈夫ですよ。他の召使いもいるので・・・。」「いやぁ、だから心配なんだよなぁ・・・。」そう言いながらロバートは、雑木林の彼方に視線を向けたが、その先に人影は無かった。

「雨脚も強くなって来た事ですし、早くウィリアムズさんは中で暖まってください。」ロバートは少し悩みつつも、ペドロの言うことに従うことにした。よくよく考えれば、そもそもバーナードがここへ来る保証もなかった。

 屋敷の中に入ると、心地の良い暖かさがロバートの身体を芯まで温めた。広間には先ほど見た信者たちとはまた違う、煌びやかな出立の人々が、すでに多く集まっており、これから葬式とは思えない、賑やかな雰囲気が広がっていた。ロバートはそんな人々の間をかき分けながら、一生懸命ペドロに付いて行った。

 「ウィリアムズさんは他の皆さんとは別に、応接間にご案内します。」「応接間に?そんな。別に僕も普通の客人と同じように、この辺で大丈夫ですよ。」するとペドロは少し声を落とした。

 「実は、あなたにお話ししないといけないことがあるので・・・。」ロバートは少し深刻な雰囲気を感じ取り、それ以上は何も言わずに応接間まで付いて行った。応接間に着くや否や、すぐにペドロは扉を閉め、鍵をかけた。

 「ペドロ君。どういうことですか?手紙を見てびっくりですよ。呪いなんてそんな突拍子もないことを。」ペドロはすぐにロバートの方を向いた。

 「僕もちゃんと説明できるか分からなかったのですが、誰も信じてないんですよ。」「彼女の遺書が見つかっているのなら・・・。」「遺書っぽくはないんで、どうなることやら・・・。」「まぁ詳しく聞かない事には、私もどう動いて良いか・・・。」「そうですね。とにかくお掛けください。」ペドロはそう言いながら、ロバートを目の前の椅子に座らせ、自分もその向かい側に座った。

 「とは言っても式がもう間も無くなのであまり長くはお話しできませんが・・・」「わかりました。話せるところまでで良いから、説明してもらえますか?」「説明するよりお見せした方が良さそうですね。」ペドロは、内ポケットからくしゃくしゃになった一枚の紙切れを取り出し、ロバートに手渡した。ロバートはそれを破れないように丁寧に広げて、中身を見た。

 「ブードゥーってアフリカの地域で広がっている、宗教のことですか?」「実は、僕たちの家系はブードゥーのシャーマンの末裔なんです。いわゆるこの家と同じ司祭一家なんです。」「つまり、いつかは君もブードゥー教のシャーマンになるってことですか?」「なるのは姉さんですけど。とはいえ僕も姉さんもブードゥー教のシャーマンの母から生まれた身。私たちは、幼い頃からブードゥーの神様たちに、言わば忠誠の誓いを立てているんです。」「なるほど・・・」ロバートはなんとなしに、ペドロが言いたいことを察していた。

 「つまり、そんな誓いを立てた君の姉さんが、ハミルトン家に嫁入りすることで・・・。」「ブードゥーの神様たちを裏切る事になるってわけです。」「その代償に呪いが?」ペドロは無言で頷いた。

 「それはなんとなくわかったが、なぜそれで私たちを呼ぶんだい?お姉さんが呪いで亡くなってしまったのなら、もうどうすることもできないし、もう君のお姉さんは、死んでしまったのなら、もう安心じゃないか。」するとペドロは、目線を下に落とすと、黙ったまま首を横に振った。

「まだ呪いは、終わってないんです。」ロバートはペドロの一言を聞いて、なぜか恐怖を感じていた。

 「ブードゥーの呪いは、このままだと僕にもハミルトン家の人たちにも降り掛かります。」「つまり私たちは、その呪いとやらから、君やハミルトン家の人たちを守れということかい?」ペドロは無言で頷いた。

「特にハミルトン家の人たちは、絶対に守ってほしいんです。彼らは僕たちを、召使いというだけではなく、家族のように接してくださっているので。そんな人たちを巻き込みたくない僕の気持ちを汲んで、頂けると幸いです。」ペドロは落ち着いた表情で、自分の主張を述べていた。

 「わかりました。ハミルトン家の人たちも、もちろん君も、その呪いってやつから守ったら良いんですね。」ロバートの言葉にペドロは、小刻みに何度も頷いた。

 「とは言っても呪いってまた随分と抽象的なものを扱う事になるけど、何か手がかりみたいなのはあるのかい?」ペドロは、その質問に迷う事なく答えた。

 「ブードゥーはよく物体に命を与えたりします。人形だったり、それにゆかりのある何かだったり。」「なるほど・・・?」ロバートの目線が自然と上を向きながら、首が横に向いていた。ペドロの依頼を承諾したものの、パドメ・ハミルトンの死は、いくらブードゥーが関係していると、主張されても、自殺であることは明白だった。それにロバート自身も超自然的なことを信じているわけではなく、呪いから守ると言っても、どうしていいかわからなかった。

 「でもとりあえず今は、君のお姉さんを偲ぶことにしよう。もうすぐ式が始まるようだし、私も会場へ向かおうかな?」「そうですね、わかりました。でもくれぐれも気は抜かないでくださいね。」ロバートは今までで、一番バーナードにいて欲しい瞬間だった。

 ペドロに案内され、葬儀の会場へ向かうと、参列者の席には、もうすでに参列者が、ずらっと座っていた。その一番前の列に座っている、高貴な出立の男性がチャールズ・ハミルトンということを、ロバートは、彼が纏っているオーラで、すぐに予測できた。だがロバートは、それよりもさらに目立つ人物を視界に入れてしまった。

 「やぁ遅かったじゃないかウィリアムズ君。」「バーナードさん、いつの間に到着していたんですか?」「信者の皆さんに、色々と話を聞いていたら寒くなってしまって、予定よりも早く着いてしまったから、することもないしとりあえずここに座っていたのだよ。」バーナードはそう言いながら、ペドロの方に目線を向けた。

 「この方がもしかして、あの手紙の差出人かい?ウィリアムズ君。」「そうです。こちらがペドロ・ファイザーさんです。ペドロ、こちらがバーナード・フレッチャーさんだ。」ロバートがそれぞれ紹介すると、お互い握手を交わした。「ペドロと申します。」「バーナード・フレッチャーです。早速ですがあなたは呪いについてはどうお考えですか?」「バーナードさん。」ロバートは小声でバーナードを叱責した。

「いやいや、ちょっとした興味本位です。ちなみに私は、呪いというものは存在しないと考えています。」「ペドロ、そろそろ準備に取り掛かった方がいいんじゃないかい?」ロバートがそういうと、蛇に睨まれたカエルのように目が据わっていたペドロは、ふと我に返ったように、首を小刻みに横に振った。

「そうでした。では、失礼します。バーナードさん。会えてよかったです。」そう言うとペドロは、もう一度二人の顔を見直した。「それでは、よろしくお願いします。」そう言って、ペドロはその場を後にした。ロバートはペドロを見送ると、バーナードを睨みつけた。

「バーナードさん、急にどういうつもりですか?いくらあなたでも、あんな直球で責めるなんて・・・。」「いやいや、私はただ彼に質問をしただけではないか。」そう言いながらバーナードはロバートの席を空けた。ロバートはそのままその席に腰掛けた。

 「で、呪いについて分かったことは?」「いえ、申し訳ございません。ただ、彼いわく呪いとやらの犠牲者は、ペドロやハミルトン家の人たちに及ぶものだと言っておりました。」二人は周りの参列者に聞こえないように、小声で話を続けた。

「なるほど、それならいろいろと、信者の皆さんから話を聞いた甲斐が出てきそうだ。」バーナードは満足そうな笑みを浮かべた。

「バーナード、あなたは一体何を考えているのですか?それに、あなたも何か情報収集で手に入れた情報があったりするんですか?」「いーや、あったとしても、まだ全てただの点々でしかない。」バーナードの言葉に、ロバートはほっとした。

「だが、その点は時期に線で結ばれて、瞬く間に形が見えてくるようになるさ、ウィリアムズ君。その時が来たら、ちゃんと君にも伝えるさ。」そう言いながらバーナードは、パドメ・ハミルトンが眠る棺をじっと見つめていた。

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