13 ドクタージン


 一方、ルスを追いかけて来たユリアーナとメイは、知っている気配を感じて立ち止まった。すでにアームズの最上階に近い。

 黒い裾まである長い服に、黒髪を後ろに撫で付けた男が、数人の男と一緒にビルの中を歩いてくる。

「お父様? 何故こんな所に?」



 黒い髪、黒い瞳。四十台半ばの意志の強そうな男。イントロンの最高指導者の一人、ドクター・ジンを実の父親だとメイは聞かされた。なるほどよく似ている。黒い瞳も意志の強そうな顔も。

 メイは密かに彼が自分の実の父親であることを誇りに思ったのだ。


 彼はイントロンの重鎮としてアジトを守っている筈だった。それが何故ここにいる。

「お父様!」

 メイはためらわずに声をかけた。男が振り返る。後ろに付いていた四、五人の連邦警察の人間も振り返って、ジャッとメイとその後ろのユリアーナに銃を向ける。


 だがメイは構わずにドクター・ジンに突っかかった。

「どういうことなの? お父様」

 ドクター・ジンはメイにナギを殺せと暗示をかけた。そのことはメイの正義感溢れる真っ直ぐな心に、拭いようのない影を植えつけた。今、アームズが崩壊しようというこの場に出くわして、自分に暗示をかけた男に対して、更なる不信感が募る。


「JB・アームズが今までの全ての悪事を懺悔して、裁きを受けると連邦警察に連絡を寄越したのだ」

「何故お父様がそんな事を知っているのですか?」

「我々イントロンの仲間には、連邦警察の上層部に籍を置く者もいる」

 ドクタージンは当然といった顔で説明する。


「アームズはもうすぐ瓦解する。その前に貴重な資料を失っては、アームズの悪事の全てが闇の中に葬り去られてしまう」

「それは警察やアームズ自身がやることでしょう? 何故お父様が」

「私は連邦警察の司法長官に頼まれたのだ。アームズが悪あがきをしないよう」


 アームズは巨大だった。連邦司法局にしてもアームズは治外法権的な位置に居て、今までなあなあで済ませてきた過去がある。

 しかし近年アームズの力は衰えてきていた。この機会にアームズを叩く。あわよくば能力集団のイントロンと共倒れになって欲しいという司法当局の思惑も見え隠れする。


 それを承知でドクター・ジンはアームズに乗り込んできた。欲しいものを手に入れる為に。司法長官の思惑通りに動く人物ではない。

 この機に乗じて一気にアームズを叩き潰す。方々に放った工作員は、上手い具合にアームズ内部をかく乱した。アームズは今、崩壊に向かって雪崩を打って歩を進めている。JB・アームズ自身の抵抗といったものは何も感じられなかった。



 メイはそんな事はどうでもよい。一番気になっていた事を父親にぶつけた。

「どうして、どうしてお父様は私にナギを殺させようとしたの?」

 一番の不信事由はそれだ。


 ずっと写真を見て育ち、憧れてきた母親にそっくりの少年。彼が兄弟だという事が嬉しかった。一緒に旅をし、一緒に戦った。優しくて明るくて、一途に黒髪の異人種を恋い慕う少年。



 そして惹き込まれる。ナギが目指せば皆がそちらを向く。好むと好まざるとにかかわらず少年の目指す方向に行ってしまう。


「ベネディクトはイントロン側の人間ではない。お前の為なのだ」

 ドクター・ジンの説明には納得できない。少年にはイントロンもアームズも何もなかった。明るい瞳がただ屈強な男を追い求めるだけだ。


「そんなこと。どうしてイントロンとドールが戦わねばならないの。ナギがアームズに行けばイントロンとドールは仲良くなれるんじゃないの!?」

「ドールは悪だ」

「ドールだって、ドールだって優しい人は一杯いたわ!!」

 育ててくれた父はドールだった。攻撃にさらされる前にメイとナギを救ってくれた。ずっと匿って、メイを育ててくれた。

 二人の意見はどこまでも平行線を辿る。


「ドールなど愚かな人種。我々イントロンより数倍劣る」

「どっちが差別してんのよっ!!」

 親と子が睨み合ったその時だった。


「メイ、何かが来るわ」

 ユリアーナが引き止める。

 向こうから何かが走ってくる。白い羽をバタバタさせて「キュルキュル」と喚きながらどたどたと走ってくる。


「ドクター・ジン!!」

 獣の背からヴィーが叫ぶ。

「こんなところで何をやっているのですか。アームズのあの暴走はあなたの所為ですか!?」

 獣の背からひらりと飛び降り、護衛の者たちを掻き分けてドクター・ジンに詰め寄った。


「何故あなたがこんな所に!! 私はあなたに利用されたのか!?」

「何故そんな風に思う!?」

 ドクタージンは言い聞かせるように話す。

「ドールなど愚かな人種だ。イントロンより数倍劣る。暗示にはすぐにかかってくれたよ。もうすぐ、ここ目掛けて押し寄せる。自分で自分の首を絞めにね」

「あなたという人は──」

「何がいけない。私が協力しなければ君たちも突破できなかったろう」

「しかしっ」


 ヴィーの両親はアームズに呼び出されて軟禁状態だった。それは自分の所為なのだ。ヴィーが親の許を飛び出してイントロンの活動に身を投じたから。両親はそんなヴィーを責めもせず、逆に協力してくれた。

 今、彼らを救うことが出来なくて、自分はどの面を下げて生きていられようか。


「ここで君たちと話している暇はない」

 睨むヴィーを冷ややかに見返して、ドクター・ジンは背を向ける。護衛の者たちがザザッと武器を構えて前に進み出た。その隙に、ドクタージンは身を翻して上の階へ向かった。


「待って!」

 メイが真っ先に追いかけようとする。

「お待ちください」

 護衛の者たちがザッと銃を向ける。

「上の階で誰かが戦っているわ」

 階上を見上げて、ユリアーナが叫ぶ。

「あんたたち、守らなくていいの!?」

 メイがズイッと前に出た。護衛の者たちは顔を見合わせて、ダッと上の階へ向かう。その後をメイとヴィー、ユリアーナと、最後に獣が羽を広げて最上階へと向かった。

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