12 ベレスフォード


「下がっていろ」

 ディヤーヴァも背中に庇ったナギを後ろに引き下がらせて身構える。その刀身も光を帯びて伸びる。

「キェェェ――!!!」

「うおぉぉぉ――!!!」


 二人の気合のようなものが迸ってぶつかった。空気がびりびりと振動する。先に動いたのはディヤーヴァだった。剣を構えてベレスフォードの懐深く飛び込んでいった。キィーン!!と高い音がして剣が空中で何度も切り結ばれる。火花が飛び散った。


「うおぉぉぉ――!!!」

 獣のような咆哮が上がる。部屋が揺れる。バッと飛び退ったのはディヤーヴァだった。

「ベレスフォード……」

 剣を構えたままで床に片ひざを付いた。歯を食いしばってベレスフォードを睨む。


「どうやら本調子ではないようだな」

 冷たい青い瞳の男が唇の端を歪める。

「くそっ!!」

「私はアームズの技術の粋を集めたドールだ。貴様らごとき新人類の出来損ないには負けん」

(嘘だ!! この男は)

 だが考える余裕はない。男は剣を構えて容赦なくディヤーヴァの上に振り下ろしたのだ。

 ゴウッと衝撃波がディヤーヴァを襲う。ナギがディヤーヴァを庇って手を振りかざした。ベレスフォードの放った衝撃波がナギの盾を震わせて霧散する。


 ベレスフォードは舌打ちをして剣を構える。

「ふん。お前が全ての元凶だ。お前さえ居なければ、お前さえ生まれなければ、あの女さえ現れなければ――」

 ナギはディヤーヴァを庇ったまま、ベレスフォードの憎しみに言い返す言葉もなく対峙した。


「私の放った刺客を潜り抜けて、よくここまで来た。さすがはアームズ様の血を引いている。褒めてやろう」

 男の冷たい瞳が射るようにナギを捉える。

「だがもう終わりにしよう。お前はイントロン、必要ない、要らない人間だ。潔く、ここで散ってしまえ」


 男の剣が容赦なく振り上げられる。ディヤーヴァを庇ったままナギは身動きも出来なくて男を見上げる。剣がガッと振り下ろされた。

 ガキィン!! ディヤーヴァがかろうじて受け止める。

「二人で死ねたら本望だろう」

 ベレスフォードの剣が二人の上に伸し掛かる。

「クソッ!!」

 ディヤーヴァが渾身の力で受け止める。だが、じりじりとベレスフォードに押された。


「オイ、逃げろ!」

 側に居る少年に言った。間近に迫る剣に、もはやなす術もない。

「いやっ!!」

 だが逃がそうとした少年は、反対にディヤーヴァを庇って剣の前に立とうとする。

(こんな俺を──)


「くっ、誰か、誰かいないのか!!!」

 ディヤーヴァを庇っていたナギの瞳に、小さな子供の黒い瞳が入った。無数の星が揺らめく瞳がナギの、ディヤーヴァへの思いを掬い上げる。

 ナギの盾が弱くなった。

「死ね!!」

 ベレスフォードが剣を振り下ろす。



「待て、ベレスフォード」

 生気のない男の声が部屋に響いた。眠らせていた筈の男がよろりと入って来る。

 男の制止にあって、一瞬の隙が生じた。ベレスフォードの振り下ろした剣は空を切り裂く。ディヤーヴァはナギの身体を抱えたまま床を横に飛んで辛うじて逃れた。


 偏光のサングラスをかけていない男の瞳はナギと同じ金色だが、顔色は悪く、額に脂汗まで浮かべている。

「アームズ様」

「死ぬのは私一人でいい。子供を連れて逃げろ」

 男の声は力がない。遠い地の底から聞こえてくるようだった。

「アームズは潰れる。それでも再度立て直す気があるなら、その子を連れて逃げろ」


 男の後ろに優しい影が像を結んだ。

「バーナード」

 ベレスフォードが男の後ろをキッと睨む。だが男は振り返らない。壁に背中を預けて、肩で息をした。


「アームズ様」

 茶色の髪の男は立っているのも辛そうだった。それでもゆっくりと首を回して、その瞳が小さな子供を捉える。

「君に全てを委ねる。ベンジャミン」

 力のない声だった。

「君が決めろ」

 まるで投げ出すように言った。


「勝手なことを言うんじゃねえ!」

 ディヤーヴァが叫んで飛び起きた。

「そいつは、俺の妹のたった一人の子だ」

「ならば、君の後ろにいるその子を貰い受けてもよいが」

 ナギが息を呑んでディヤーヴァを見上げる。

「ああ!?」

 意味が通じないという風にディヤーヴァは男を睨んだ。


「どうする? ベンジャミン。君は始めからアームズの跡継ぎとして生まれた」

 ベンジャミンは無邪気な瞳で、そこに居る人間を端から見て行った。


 ディヤーヴァと互いに庇うような体勢のナギ。バーナードの後ろには美しい女性がいる。冷たい瞳のベレスフォードは、ナイフを手に持ったままベンジャミンを見ている。



  * * *


 アームズの建物が強く揺れた。人々は殆んど下の階に避難していて建物上層部はもぬけの殻に近い。


 ヴィーはやっとその部屋の前にたどり着いた。中から見知った温かい気配がする。抜き放った剣でドアを壊すと、両親が現れた。ずっと二人はドールだと言っていた。本来の姿に近いドールを選んだのだと。だが自分に似ている。もしかしたら、どちらかが、それともどちらもか――。


「暴動が起こっています。もうすぐ私のスペースシップが来ます。それに乗って避難してください」

「暴動!? 一体どうしたというのだ」

 父親は銀髪にブルーグレーの瞳をヴィーに向けて首を傾げる。

「イントロンが影で操っているんです」

「この鉄壁の守りを抜けてか?」

「そうです。アームズはもうガタが来ている。一枚岩だったのは昔の話です」

『ゴ主人』

 ヴィーのスペースシップの人工知能アルが呼びかけてきた。

「来たようだ」


 ヴィーは部屋のガラスの壁を探っていたが、見当をつけたところに向かって衝撃波を放った。ドーンと音がして壁が崩れ落ちる。三回ほど繰り返すと、壁が落ちて人一人がくぐれそうなほどの穴が開いた。

 外からスペースシップが近付く。ヴィーの両親が乗り込む前に白い羽の獣が降りて来た。

「キュルキュルキュル――!!」

 喚きながら真っ直ぐヴィーに向かって走る。

「わっ!! 何だ、それは」

 慌てて避けた父親が叫ぶ。獣は真っ直ぐヴィーに飛びかかった。それを先に足で蹴飛ばして「何でもありません」とヴィーは両親を促した。

「早く、乗ってください」

「待って、お前はどうするの」

 母親がヴィーを引っ張る。ヴィーは母親を船に押しやって言った。

「仲間が居ます。探さなければ」


『ゴ主人。連邦警察ノ船ガ着陸シテ、何人カ降リタヨウダ』

 アルが連絡をよこす。

「どういう事だ。こんな混乱している時に降りるのは危険じゃないのか」

 母親と一緒に船に乗りかけていた父親が振り向いた。

「アームズの技術は他の誰の追随も許さない。一人、JB・アームズが人より抜きん出て優れていたからだ。ここには歴代アームズが開発した門外不出の貴重な資料が沢山ある」

「まさか――」

 両親を乗せた船が飛び上がったのを確かめて、ヴィーは上の階に向けて走った。ヴィーの後を白い獣が羽をバタバタさせて追いかけて行く。

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