11 それぞれの行くべき所


 ユリアーナとメイは高いビルの屋上に居た。街路にある車は壊され、あるいはひっくり返って、あちこちで噴煙が上がっている。人の群れが中央の高いビルに向かっている。手に手に武器を持った人々の怒声や罵声が聞こえる。


「あすこに」

 ユリアーナが指差した。

「どこ?」

 メイが問う。

「ほら、ルスが」

 ユリアーナの指差す先に低いビルが見える。

 すでにそのビルには火の手が上がっていて、黒煙が噴出して視界を遮ろうとしていた。屋上にチラリと女性の姿が見える。意識を凝らして前方を見ている。


「分かったわ。どこに行こうとしているのかしら」

 メイが答えたとたん女性は二人の視界から消えた。

「飛んだわ」

 ユリアーナが叫ぶ。

「行き先が分かる?」

「まって、手をつないで。探ってみるわ」

 ルスの見ていた方角に二人は目を凝らした。

「見つけた。行きましょう」


 ドーンと爆発音が起こった。二人の居たビルの何階からか火を噴いた。火の粉が下に居る人々に襲い掛かる。しかし彼らはまるで気にもしないで、熱に浮かされたようにアームズを倒せと叫びながら走っていた。



 その頃、アームズ本社直属のエアポートに連邦警察の艦隊が数隻、着陸しようとしていた。

 JB・アームズは連邦の査察を受けることを約束した。資料も送ってきた。だがそれはごく一部だ。アームズが実験し開発した数々の貴重な資料は、いまだアームズに眠っている。


 混乱し暴徒と化した警備兵たちが、先を争ってアームズ本社へと乗り込んでゆく。その貴重な資料が暴徒の為に灰燼と帰してしまっては元も子もない。彼らがアームズを完膚なきまでに叩き潰してくれるその前に、頂くものは頂いていく。

 護衛艦を数隻連れた旗艦が着陸した。



  * * *


 ナギとディヤーヴァはアームズ本社の内部にいた。社内は大騒ぎで、武器を持った人々がバリケードを築いていた。

「懐かしいぜ」

 物陰を移動しながらディヤーヴァが言う。

 誰も皆手一杯の状態で駆けずり回っている。他の人間に注意を払う余裕はないようだった。


「ここに居たことがあるの?」

 ディヤーヴァの後を追いながらナギが聞く。

「少しだけな。俺はずっとアジールに居た。イントロンとの戦いの後、しばらくここに居たのさ」


 ふと立ち止まって、ディヤーヴァはアームズ本社の内部を探った。

「どこに行くの?」

「ベンジャミンの所だ。多分、あいつも居る筈だ」

 ナギが苦しそうな顔をする。気配で察してディヤーヴァはナギを振り向いた。

「どうした?」

「俺は……」


 ナギはベンジャミンに負ける。ベンジャミンはディヤーヴァのたった一人の血縁。もういない妹の忘れ形見。もう滅びてしまった昔の種のたった一人の仲間。

 ディヤーヴァは何があってもベンジャミンを選ぶ。そしてナギは一人で取り残されるのだ。誰がいても、何がいても求めるものは一人なのに。

 でもナギは――。


「行こう、ディヤーヴァ」

 ナギは男に向かいにこりと笑った。男は少し戸惑った表情をしたが、その精悍な顔を前に戻す。

 手を携えて飛んだ。


 暴動を起こした連中がアームズ本社に押しかけようとしていた。




 ディヤーヴァは自分の知っている場所へ。メイとユリアーナはルスを追って。ヴィーは自分の両親を探して。それぞれ行動を起こした。何かを話し合ったわけではない。誰もが自分の身内から突き上げるような衝動で行動していた。

 混乱と混沌が支配するドールの帝国アームズを、それぞれの目的地に向かって急ぐ。



 アームズ本社の最上階に近い部屋である。この部屋も天井が高く、豪華なシャンデリアが下がり、窓際は総ガラス張りで出来ていた。ガラスの向こうはアームズ市街が広がっていて、様子が隈なく見渡せる。小さな子供がガラスの向こうの喧騒を、まるで他人事のように眺めていた。


 金髪の男が部屋に入ってくる。

「ベンジャミン様」

 この冷たい瞳の顔に似合わぬ優しい声で言った。

 男の後から付いてきた人間や、部屋で子供に付けられた人間がいっせいに頭を下げる。

「お時間です。ご用意が出来ております」

 子供は振り向かないで、ガラスにへばり付いてまだじっと街の様子を眺めている。


 美しかった街は今や、破壊されたビルから黒煙が上がり、瓦礫と噴煙の中を略奪する者とされる者の阿鼻叫喚地獄絵図と化していた。

 冷たい男は街の様子には一顧だにせずに子供を促した。

「あなたは名実ともにアームズの総帥となられるのです」

 ふと子供が顔を上げた。振り向いて、背伸びするように男の後ろを見る。



「待って、ナギが来た」

「ベンジャミン様。いけません」

 駆け出そうとする子供の身体を掴んで男が引き止める。

「どうして? ベレスフォード」

「あなたは次期アームズの頂点となられる身。軽はずみな行動をしてはなりません。彼らの相手は私がいたしましょう」

「どうして?」

 黒い瞳が無心にベレスフォードを見る。

「いけません」


 しかし、ベンジャミンはベレスフォードの手を振り切ろうとする。掴まえた子供の身体の先に影が現れた。影は背の高い男の像を結ぶ。浅黒い肌に長い黒髪を後ろで無造作に結んだ男が抜き身の剣を手に立っている。


「よう、俺の甥っ子を返してもらおうか」

 皮肉な調子でベレスフォードに言った。その後ろに少年の影が現れる。金色の髪の少年は、長じてその面差しがハッとするほど自分の主に似ていて、ベレスフォードはわずかに目を眇めた。


「ダメだ」

 子供を自分の側に引き寄せ、ベレスフォードは内ポケットからナイフを取り出した。

「どうして。行く」

 聞き分けのない子供が暴れるのにギッと睨み付けて言った。

「あなたが居なくなればアームズは滅びる」

「いい加減で滅びてしまえよ」

 剣を構えた男が唇を歪める。

「お前には分からない。ましてイントロンの馬鹿どもには、アームズの果たしてきた役割が分かる訳もない」


 ベンジャミンを後ろに居るお付の人間に預けて、ベレスフォードはナイフの刃を出した。その刀身が光を帯びて剣のように長く伸びるのを見てナギは目を見張った。

(まさか!?)

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