10 暴動を煽る者


 言葉は魔物だ。男の演説は、受け取る人の心の中で大きく歪曲される。同じ生まれでなければ、同じ生活でなければ、何より知らなければ。

 アームズ本社に、アームズ市街に、関連社屋に、警備隊の建物にそれは響き渡った。


「今のは何だったんだ」

「頭の中に響いてきたぞ」

「アームズ様だと言った。どういうことだ」

 ざわめき、疑問。人々の不安が漣のように走る。

「静かに」

「何かの間違いだ」

 抑えようとする者がいる。動揺を封じようとする者がいる。しかし――。


「俺たちは騙されていたんだ!!」

 煽るような言葉に、その声はかき消される。

「ドールじゃない。イントロンだと言ったぞ」

「イントロンが俺たちの頂点にいたのか!? 今まで俺たちを騙して、ぬくぬくと嘘を吐き続けていたのか」

「アームズ本社に行って直談判するんだ!!」

 一人が立ち上がると、また一人が、一人が走り出すとまた一人が、後は雪崩を打って人々は走り出す。


「本社に行くんだ!!」

「そうだ、本社に行け!!」

 引き止めることの出来ぬ人々の群れが、大きな奔流となって流れ出す。

「よくも今まで騙してくれたな」

「俺の子供はイントロンに生まれた。怖くて捨ててしまった」

「俺はイントロンを何人も捕まえた。可愛そうでたまらなかった」

「俺の兄ちゃんはイントロンに殺された」

「何だか分からんが腹が立つ」

「潰してしまえ――」

「壊してしまえ――」

 人々は先を争うようにしてアームズに向かう。さながら奔流のように、弾けて、畝って流れてゆく。

 まるで暴動のように、実際、人々は武器を持ってアームズ本社に押しかけた。



 アームズ母星の上空に連邦の警察艦隊が到着した。

 JB・アームズより送られた資料の数々は、警察艦隊を出動させるに十分に足るものであった。

 その旗艦に乗り込んだ連邦の司法局長は、暴動が起こっているアームズ市街の映像を見て瞠目した。

「アームズがこれほど脆いとは」


 彼の横に黒髪の男がいる。

「アームズはもうガタが来ていた。何人もの人間に告げる必要などない。わずかな人数で煽ればよいのだ。後は内側から感情の赴くままに壊れてゆく」

「まことにドクター・ジン。アームズの終焉ですな」


 司法局長にすれば、アームズは独自の軍隊のようなものを持っていて、連邦司法の及ばない治外法権国家、目の上のたんこぶのような存在だった。

 独走するアームズを叩き、連邦の傘下に治めたいと常々思っていた。水面下でイントロンの長老と結んだのも、その思惑が一致したからだ。


 隣の男がつぶやくように言う。

「ついでにベネディクトも……」

「何かおっしゃいましたか」

「いえ」

(子供がいなくなれば、ルスは帰ってくる)

 ドクター・ジンは顔を引き締めてスクリーンに浮かぶ光景を見た。



  * * *


 アームズが作り上げた、我が身を守るべき警備隊は混乱の極みにあった。彼らはアームズを守ることも攻撃することも出来ず、幾重にも囲む防御壁に取り残された。そしてある者は留まり、ある者は止めようとし、そしてある者は勝手に武器を携えてスペースシップを飛び出した。


 アームズ本社のある街は、整備された巨大なドーム都市に似ている。制空権は完全に制御され、外部の船が乗り込むことは許されなかった。だが、JB・アームズは連邦の司法捜査を受けるため制空防御装置を解除した。


 暴徒と化した警備兵が、街の人々が、先を争って乗り込んでくる。そして、本社の警備隊によって撃退される。整備された美しい都市のあちこちに火の手が上がり、戦火により瓦礫の街へと変貌してゆく。その中を人々は武器を持ちアームズ本社へと押しかけたのだ。



 暴徒の撃ったロケット砲が途中で着弾して爆発音が響いた。巻き添えを食って地上にいた人々が何人も倒れた。間近にその惨状を見てヴィーは顔を顰めた。


「どうなっているんだ」

 ヴィーは我先にとアームズに向かう人々の中にいた。煽られて狂って暴徒となった集団は、アームズ本社に向かいながら途中の家や店を襲い、略奪や暴行を始めた。最早内乱といった様相を呈している。


「あの演説の最中におかしくなったようだが」

 JB・アームズは自分がイントロンだと演説の中で言った。アームズの、ドールの中心人物たる男が。気でも狂ったのか、それとも全てを――。

 人々の何かに取り憑かれたような狂気の形相は、見たことがある。つい最近。そして気が付いた。


「まさか」

 ヴィーが愕然とした時、自分の愛機の人工知能アルから連絡が入った。

『ゴ主人。連邦警察ガ来テイル』

「何だって」


 連邦警察はアームズに手も足も出なかった。ずっとアームズの言いなりだったのだ。イントロン狩りにしても、数々の実験にしても、表立って何の行動も起こさなかった。

 それが今頃、何故。


『制空権ガ解除サレテイル』

 ルスだ。ルスはJB・アームズに何かを聞いていたに違いない。だからあんなに慌てて飛んで行ったのだ。たった一人で。

『コレヨリ、直チニソチラニ向カウ』

「わかった」


 父と母を探さなければならない。両親にとって危険なのはアームズではなく、この誰彼なく遅いかかる暴徒であり、そして、もしかしたらこの人々を後ろで糸引く人間。


 ヴィーは走った。

 父か、母か、どちらか、どちらもか、ヴィーの声が聞こえる筈だ。それは最早ヴィーの中で確信に近かった。

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