8 アームズ母星


 広大な海を渡ればアームズ本社のある大陸だ。アルの操るスペースシップは、追いすがるアームズ機を振りきり振り切り、ひたすら大陸に向かって飛んだ。


 やがて前方に、煌めく光が見えた。それは近付くに従って地平線上に広がってゆく。輝く大陸となって。富と贅を尽くしたドールの総本拠地。アームズ社が広い大陸にまたがってその威容を誇っている。


「あれは何!?」

 メイが叫ぶ。

 大陸から黒雲が湧き上がった。見る間に近付いてくる。雲ではなかった。スペースシップである。

「やれやれ、お出迎えか」

 ディヤーヴァが肩をすくめる。多すぎる数だった。

「アル、大丈夫か?」

『ゴ主人。タメラッテイル暇ハナイ』

 そうしている間にも黒雲はぐんぐん近付いてくる。一機一機スペースシップの姿になって、間近に迫った。


「分かった。行こう」

 メイがユリアーナがナギが頷く。ディヤーヴァはニヤリと笑っただけだ。すぐ側に居るナギを引き寄せ、ナギはディヤーヴァに縋り付く。その二人の姿がフッとスペースシップ内から消えた。


 メイは唾を飲み込みユリアーナの手を取る。ユリアーナが頷くと二人の姿も消えた。

「キュルル――!!!」

 獣が羽をバタバタと広げて鳴く。

「行くぞ」

『了解』

 ヴィーの姿がスペースシップ内から消えた。


「キュルルル――!!!」

 獣が悲しげな声を上げる。そのとたん、アルの操るスペースシップは垂直に方向転換を図り、上空に向けて急上昇を始めたのだ。

 追ってきたアームズ機と、迎え撃ったアームズ機が、一瞬スペースシップを見失って何機かがニアミスを起こした。その中の幾機かが上空に上がったアルの操るスペースシップを見つけて、追いかけて上昇する。

 レーザー光線が追いかける。

 しかし身軽になった船は、アームズ機の攻撃をものともせずに、ひゅんひゅんと避けながらひたすら上空へと逃げてゆく。

「キュルルルル――!!!」

 獣の悲しげな鳴き声を残して。




 アームズの迎撃機である。この機は他のスペースシップより少し大型だった。

 広い部屋の中央に男がゆったりと座って、目の前のスクリーンを見ている。スクリーンの下には様々な計器がずらりと並んでいて、パネルの前に座った男たちが忙しそうに作業をしていた。


 一人の通信兵が振り返って、中央の男に報告をする。

「長官。帰還するようにとの指示でございます」

 スクリーンを見ていた男は振り返らずに云う。

「何故だ。不法侵入者があったというのに」

 やや不服そうな面持ちである。


「長官。こちらはそのまま攻撃するようにと指示が」

 先に報告した通信兵の隣にいた男が振り向いて報告をする。

「何だと!? どっちだ!!」

 中央の男が立ち上がった。

「長官。待機するようにとの指示が――」

 別の通信兵が振り返る。


「どうなっているんだ」

 男はドンッと目の前のテーブルを叩いた。皆が訳が分からないといった体で互いの顔を見交わす。


 迎撃機の中でも比較的大きなスペースシップであるし、長官という男がいるところを見ると、どうやらこの機が旗艦らしい。

 混乱した指令で不法侵入機を追跡する速度がガクンと落ちる。



 予備室の片隅に細い影が揺らめいた。

 金色の髪と金色の瞳の、まだ大人になりきっていない少年の細い身体が現れる。隣に現れた逞しい男に身体を寄せ、密やかに囁いた。

「変だよ。混乱している」

「命令系統が一つじゃないようだな」

 男が少年に返す。

 どうしてそういう事が生じているのか分からなくて、二人は顔を見合わせる。


 男の風体は、このスペースシップの中にいる容姿の整った連中と比べると、あまりにも異様である。

 褐色の肌に、額に赤い宝石を抱き、長い黒髪は、今はそのまま後ろで一つに結ばれている。ゆったりした砂色の服、腰には短い剣が一つ。少年と男の武器はそれだけだった。


「どうする?」

 金色の瞳が男を見上げて問うた。

「戻るように指示を出そう」

 男は腕を組んでそう云った。

「出来るの?」

「アンディとかいった、あいつのやり方を真似ればいいんだろう」

 コクピットを睨んだ男の濃い瞳の色が、黒から紫へそして赤へと変わる。



 通信兵が上官を促すように振り返って報告する。

「長官。戻るようにとの指示が出ております」


 イントロンの地下組織を潰してからすでに十五年が過ぎていた。たいした小競り合いもなく、インティ狩りもなくなり、平和というぬるま湯の中にどっぷりと浸かって、胡坐をかいていた組織だった。


 久しぶりの緊急出動だが、何事もなければそれでいい。保身と驕りと怠惰が判断を促す。

「分かった。こう指示が乱れては、一度、戻らんことには話にならん」

 長官と呼ばれた男は、ぶつくさと零しながら隊を帰還させる指示を出した。



「あら、戻るようだわ」

 黒い瞳の少女は、すぐ側に居る少し年上の少女を振り返って勝ち気そうに笑った。金色の髪の少女は脅えた瞳をしていたが、それでも黒髪の少女にしっかりと頷いて見せた。

 メイとユリアーナが飛んだアームズ機は、後ろの方からアルの操るスペースシップを追いかけていたが、帰還の指示が出ると真っ先に引き返し始めた。



 ヴィーは後方にいた旗艦の護衛艦のひとつに飛んだ。船は真っ先にアームズに向かって引き返し始める。

 五人は別々に行動することにしたのだ。イントロンの己の直感に従って行動すれば、行くべき所に行き着くだろう。

 行き着いた先に何があるかは、ユリアーナが叫んだ。



 崩れてゆく。壊れてゆく。何もかも――。


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