7 アームズの出迎え


 工場でゆっくりする暇もなく、アルの操るスペースシップは乗員を乗せたまま貨物船に積み込まれた。ベルクマンが配下数名を選んで船に乗り込み、アームズ母星にあるエイジェルステット社の工場に向けて出発した。


 誰も口をきかない。

 いつも皮肉を言う男はベッドの上、しっかりと目を閉じて深く眠っているのか身動ぎもしない。その側でナギも死んだように眠っている。

 ルスは深い物思いに沈んでいて、ユリアーナはわが身を抱きしめている。


 ただ一人、メイだけが時々思い出したようにヴィーに話しかける。

「ばれないかしら」

「さあ。もう私のことはばれているからな」


 家を出てイントロンの地下組織に身を投じたヴィーを、父親は最初は引き止めたけれど後は自由にさせてくれた。密かに援助もしてくれていた。

 ヴィーだけでなく、もしかしたら父か母が、イントロンであったかもしれないと、今更のようにヴィーは思う。JB・アームズその人がイントロンと知った今となっては。


 ワープを通過すればアームズ母星が眼下に広がっている。

 アームズの本社、研究所と工場。そして傘下企業各社とその工場が広がる裕福な星。

 その星を今、内側から震撼させるようなことが起きようとしているのだ。

「この船はエイジェルステット社の工場まで材料を運ぶ。だが、アームズ本社は違う大陸にある。どうやってアームズに辿り着くかだ」

 だが、工場に着くと待ち構えていたように銃器が出迎えたのだ。




 手に手に銃器を持ったアームズの精鋭たちが、ずらりと貨物船を取り囲んだ。

「船を立ち入り検査させていただきます」

 パラリと令状が貨物船の艦長であるベルクマンに示される。

「さようでございますか。では、どうぞ」

 ベルクマンは畏まって、貨物船の開口部を広く開け放ち、アームズの精鋭たちを迎え入れた。


「大丈夫なの!?」

 スクリーンに映った映像を見てメイが聞く。

「今まで見つかったことはないが」

 同じくスクリーンを見ながらヴィーが答える。

 ヴィーたちの乗ったスペースシップは貨物船の特別な格納庫に収められている。生体反応センサーも及ばないし、いざという時にはデッキを開いて、そのまま脱出できるようになっているのだ。


「やっぱりな。ベレスフォードに抜かりは無いぜ」

 ディヤーヴァが皮肉そうに言う。その側には心配そうに寄り添ったナギがいる。

 すでにあれだけ酷かった体の傷は癒えて、両の足で真っ直ぐに立ってはいるが、漲る力を鋼の肉体に隠し持っているような力強い気配が感じられなくて、ナギは何かあればと庇う体勢だ。


「捕獲されて行った方が早いかしら」

 ルスは船内を捜索するアームズの精鋭が映し出されたスクリーンを見ながら呟く。

「さっさと処分されますよ」

「そうね、今度はアジールみたいなことはないでしょうね」

 アジールでは捕まえられて囮として飼われたが。


 スクリーンでは、いつ終わるとも果てないアームズの探索が、執拗に続けられている。

 ルスは腕を組んで睨むように画面を見ている。

「戦うか」

 ふと、ディヤーヴァがナギを押しのけて前に出た。

「待て」

 一番入り口近くに居たヴィーが慌てて押し留める。一緒に白い獣がデンと入り口をふさいだ。


 ここを突破しても、アームズ本社のある大陸にたどり着くまでには遠い。潜入したことが分かれば、大挙して待ち構えていることだろう。徒に体力を消費することは得策ではない。

 大体、数時間前まで起き上がれずに、ずっとベッドに横になっていたというのに、もう戦えるというのか。

 しかし、相変わらず強気の男は、皮肉そうに唇を歪めて言い募ろうとした。


 だが、その前に口を開いたのはユリアーナだった。

「きゃあああ――!!!」

 虚空を見据えて悲鳴を上げる。


「ユリアーナ!?」

 メイがユリアーナの腕を掴もうとするのを、ルスが押し留める。

「何が見えるの?」

 ユリアーナに向かい、促すように囁いた。ユリアーナは虚空の一点を見つめたまま、耳を押さえていやいやをするように首を横に振った。


 その唇から、しゃがれたような声が漏れる。

「崩れてゆく…、壊れてゆく…、終わる…、何もかも――」

「終わるのね」

 ルスのきっぱりした声だけが響いた。

 後は声もなくユリアーナとルスを見る。



 船内を捜索していたアームズの連中たちの中に、不意に動揺が湧き起こった。それは漣のように広がってゆく。

『ゴ主人!!』

 アルが緊急にヴィーを呼ぶ。

「どうした!?」

『アームズノ様子ガ、オカシイ』

「おかしいって?」

『報道ガ混乱シテイル』

「混乱?」

『蜂ノ巣ヲツツイタヨウナ騒ギニナッテイル』

「どういうことだ?」

「バーナードだわ」

 悲鳴のようなルスの声。

「あの人、責任を取るって。私は行かなければ――」

 ルスの姿がかき消すようにその場から消えた。


「ルス!」

「お母さん!!」

 ルスは飛んだのだ。飛んでどこへ――。

「アル!!」

『上空ニ待機中ノ曳航用無人機ガ、アームズ大陸ニ向カッテ高速航行』

「ルスはそれに乗ったのか!?」

「無茶だわ」

 メイが驚いたように叫ぶ。

「俺も――」

「待て!」

 ナギが飛ぼうとするのをディヤーヴァは引き止める。


「騒ぎになっているんだろう。今なら行けるぜ」

 ヴィーはディヤーヴァを振り返って頷いた。

「行こう」

 すぐに貨物船のベルクマンに連絡を入れる。

「アームズに行く。お前たちはすぐにこの星から全速離脱しろ」

『エイジェルステット様は――』

「私が助ける」

『了解』

「アル、船を出せ」

『了解』


 格納庫のカタパルトデッキが開く。アルの操るスペースシップは音もなく舞い上がって、エイジェルステット社の上空に浮かび上がった。アームズの精鋭をあざ笑うかのように上空をぐるりと回る。

「いたぞー!!!」

 貨物船にいたアームズの精鋭たちは先を争って貨物船から飛び出し、スペースシップに乗り込んだ。

「アル。全速離脱」

『了解』

 無数のアームズのスペースシップが追いかけてくる。レーザー光線が追いすがる。

 その中を一路、アルの操るスペースシップはアームズ本社のある大陸へと急いだ。

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