6 ヴィーの父
粘るニコたちをデネブ星系第六十一番ステーションに残して、人工知能アルの操るスペースシップはアームズの本拠地に向けて出発した。
「真っ直ぐアームズに行くの!?」
スクリーンに映る無数の星がきらめく宇宙を見ながらメイが聞く。
「まさか、それでは近づけもしない。父の会社の工場に行きます」
操縦席に座ったヴィーが、スクリーンに向けた端正な横顔をチラとメイの方に向けて答えた。
隣には相変わらず白い獣がいて、ヴィーよりやや大げさにキョトとメイに首を傾げる。
ヴィーの父親はアームズの関連会社の一つを経営している。元はコンタクトレンズやカメラなどのレンズを製造する会社であった。
アームズの要請に答え、ドールの目の部分の開発を担当し成功した。美しく高機能でしかも反応が早い。エイジェルステット社の目はアームズ内だけでなく、広く他企業においても高く評価されている。アームズの中核をなす大企業として、今や押しも押されもせぬ、ゆるぎない地位を確立していた。
巨大企業グループの頂点に立つアームズは世襲制であった。その優れた資質が親子代々受け継がれ、他者の追随を許さなかったからである。そして他の傘下企業はどうであれ、エイジェルステット社もまた世襲制であった。
イントロンの生まれる確立は非常に少ない。八十億人に一人と推定される。しかし、片親がイントロンである場合、その確立はぐんと上がり、その力によっても左右されるが千人にひとりくらいがイントロンとして生まれると言われる。両親がそうである場合は三割だ。
優れた資質が、そうして極秘の内に受け継がれていたとしたら。
* * *
『ワープシマス』
アルの声で一同が席に付く。中央にメイ。その隣にユリアーナ。少し離れてルス。ディヤーヴァはベッドの上に横たわっていて、ナギもその横に身を横たえる。
小型船のワープは船がよほどの高性能機で、かつ、船を操る者が操作に習熟していなければ危険とされ、普通は許可されていない。近場を航海するもの意外は皆フェリーに乗る。
しかしアルの操るスペースシップは、いとも容易く軽々とワープ空間を潜り抜けて、エイジェルステット社の工場のある星に到着した。
サイロのような円筒形の建物がいくつも建っている。窓は無く、円筒形の周りをぐるぐると階段が回っている。建物にはチューブのように管が伸びて他の円筒形の建物と繋がっている。
端の方に広場があって、黒い塊が山のように幾つも積み上げられ、コンベアに乗ってその円筒形の建物の中に運び込まれてゆく。
スペースシップは黒い塊の山の側にある空港に着陸した。他に大型の貨物船が二隻ほど泊まっていて、一隻にサイロから運び出された物が積み込まれている。
船の窓から景色を見回して、メイがものめずらしそうに聞く。
「ここは……?」
「材料を精製する工場だ」
ヴィーが答えたところに、円筒形の建物の側に、べったりと地面にくっつくようにして立てられた四角い事務所からグレーの髪の男が現れた。
「若!」
男が船に向かって叫ぶ。アルはドアを開けて男を招じ入れた。六十過ぎの男である。
「心配しておりました」
男は慇懃な態度でヴィーに向かって言った。
「誰?」
とメイが小声で聞いたが、男には他の者は目に入らないらしい。ひたすらヴィーに向かって畏まって報告する。
「大変でございます。旦那様と奥方様が、アームズの招請でお出かけになったままお帰りではございません」
「そうか、ベルクマン。私の所為だ。私もアームズに行く」
ヴィーはいつもの白面の顔のままで、自分を育ててくれた男を見る。
「危険ですぞ」
グレーの髪の男は目を怒らせて警告した。
「嫌でも行かない訳にも行くまい」
父と母はアームズに捕らえられたのだ。ヴィーの所為で。
ドールからイントロンが生まれた場合、極秘裏に里子に出すケースが多い。イントロンが生まれたことで、子供だけでなく我が身も危険にさらされるからだ。
だが、ヴィーの両親は、子供の頃の替え玉まで用意して、ヴィーをドールとして育てた。
しかし、それほどまでに大切に育ててくれた両親を裏切って、ヴィーはイントロンの活動に身を投じた。
「お引止め出来ませぬか。では、せめてこの爺をお供にしてくださいませ。若をこのようにお育てしたのも元はといえばこの爺の――」
ヴィーに向かって身を乗り出したベルクマンに、何を思ったか獣のトランが白い羽を広げてバサバサと羽ばたき、威嚇するように高い声を上げる。
「キュルル――!!」
「な、な、何ですか、こやつは!!」
はじめて周りが見えたかのように、ベルクマンは獣に驚きの声を上げる。しかし図体の大きな獣に怯まず、猛然と獣の方を向いた。
「止めろ!!」
獣とベルクマンが掴みかかるのを慌てて引き剥がして、ヴィーが叫ぶ。
「急いでいる。貨物船でアームズ母星まで行く」
「どうしてもでございますか」
ベルクマンは掴みかかっていた獣をパッと振りほどいて、ヴィーの側に行く。
「そうだ」
「では、貨物船は私が運転させていただきます」
ベルクマンは断固として言った。
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