5 踊る人形
「私は身重の身体で逃げていて、ドクター・ジンに助けてもらったの。すぐにベネディクトが生まれたわ。私たちは一緒にアジトまで逃げ延びた」
思いがけない話を、皆が固唾を飲んで聞いている。
「ドクター・ジンはナギのことを何も聞かなかった。誰の子供かも、私がどこから逃げてきたかも。彼の提案で、私たちは結婚を偽装して、子供は双子ということにしたの」
ルスはうっすらと微笑んで歌うように言った。
「ドクター・ジンによく似たメイと、私によく似たベネディクトと、誰も疑う人はいなかったわ――」
そこにいた誰もが気圧されたようにルスを見る。イントロンの女神と呼ばれた女性を。
では、ナギの父親は誰か――。
誰もその問いを発しなかった。恐ろしい秘密だった。身の内を震えが通り過ぎる。
メイが必死の面持ちで聞く。
「お父さんは……、クレイグ父さんは、どうしてあたしたちをさらったの」
「クレイグはバーナードの幼馴染で腹心の部下だった。バーナードに命じられて私を探しに来たの。そして、あなたたちを拐って逃げたのよ」
「父さんがアームズの……?」
「どうしてクレイグが、そんなことをしたのか分からなかった。でも、次の日答えが出たわ。アームズの襲撃があって」
「そうだったの」
メイは黒い瞳でルスを見ながら考え込む。
「父さんは私たちを助けてくれたのね。でもそれで、アームズにも帰れなくなって……。でも何故、父さんは私を育てて、ナギを捨てたのかしら」
「それは、私には分からないわ」
美しい女性。ナギによく似た面差しの、誰もが惹きこまれそうな優しさと包容力と断固とした意志を持った美しい女神。
クレイグはルスの写真を持っていた。メイにお母さんだよと、いつも言っていた。
一目見れば分かる筈だ。誰が誰の子か。何故クレイグは――。
「バーナードがよく言っていたわ。人は、皆踊る人形だって」
女神が語る。
「踊る人形!?」
「誰か一人、突出した才能を持つ者がいる。人はその周りに集まり、笛を吹き、踊りを踊る」
ゆっくりと微笑みながら立ち上がる。
「人が皆、踊る人形だったら、私も私の踊りを踊らなきゃあね」
ヴィーに向かいきっぱりと言った。
「さあ、船を頂戴」
誰も逆らえない。女神の言葉には。
「分かったわ。あたしも一緒に行くわ」
きっぱりとメイが立ち上がる。黒い瞳には迷いも何も感じられない。
「あなたには、何の義理もないのよ」
ルスは少し首を傾げて見る。メイはそれに力強く頷いた。
「いいの。あたしは見ていないで、踊る方が好きなの」
二人を見てヴィーが静かに立ち上がる。
「船は私のを使えばいい。私も行きます。アームズには私の両親もいますから」
「ヴィー」
ヴィーのすぐ後ろにいたトランが、羽を広げて鼻面を押し付けた。
「キュルルー」
ユリアーナがしとやかに立ち上がった。
「メイ。あなたが行くのなら、私も行くわ」
「ユリアーナ……」
メイは少しつらそうな表情でユリアーナを見る。
「歌って踊るのは得意なの」
「ユリアーナ」
にっこり笑ったユリアーナにメイは縋り付く。
「冗談じゃない。俺たちも行く」
そう言ってニコとエッダが立ち上がったとき、奥の部屋からよろりと影が現れた。
「俺も行く」
「ナギ!!」
メイとヴィーとユリアーナが異口同音に叫ぶ。
「行かなきゃいけないんだ」
壁に寄りかかって、肩で息をしながら、ナギの瞳は揺るがない。
「足手まといだわ、その身体で」
メイが決め付ける。
「お前に世話なんかかけない」
ナギがにっと笑って返す。
ルスが、ヴィーが、ユリアーナが引きとめようと口を開いたとき、ナギの後ろから皮肉っぽい調子で男が言った。
「仕方がないな」
ナギが後ろを振り返って、横たわったままの男の側に行く。
「ディヤーヴァ」
「お前こそ足手まといだ」
ヴィーが冷たい声で男に言葉を投げた。
皮肉な男は皮肉な笑い声をもらした。
「くっ…、お前ら、よってたかって瀕死の俺に敵わなかったじゃねえか」
アンディの精神攻撃にあって、誰もが身動きできなかった。ただ一人、瀕死のこの男がその攻撃を打ち破ったのだ。
「ディヤーヴァ」
ナギはディヤーヴァの側に跪いて、心配そうにその顔を覗き込む。
ディヤーヴァは身動ぎして少し顔を顰めたが、ナギに向かってニヤリと笑ってみせた。
「大分いい。アームズに着くまでには歩けるようになっているさ」
その様子を呆然として見ていたニコが、頭を掻き回して喚いた。
「お前らそろいもそろって無鉄砲な奴らばかりだ」
ヴィーはニコを振り返って、その肩に手を置いた。
「二機だと目立つから、お前は来るな」
「お前なー!!」
「すまん」
「キュルキュル」
ヴィーの肩に頭を乗せて獣が申し訳なさそうに鳴く。
「バカヤロ──!!!」
ニコの咆哮が船内に響き渡った。
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