4 見損なうんじゃねえ


 だが弾が発射される前に、衝撃波がアンディに襲い掛かったのだ。

「ギャッ!!」


 予想もしていなかったアンディは、まともに食らって背中から壁に激突した。それはずいぶんと威力の落ちたものだったが、アンディを失神させるには十分だった。


「へ、見損なうんじゃねえぜ……」

 皮肉な男の掠れた声が言う。


「ディヤーヴァ」

 ナギは男の身体を抱いたまま、何がおきたのか分からないといった体だ。

 アンディが気を失って倒れると、ニコとエッダがハッと我に帰った。持っていた銃を見て顔を顰めて仕舞った。


「どうしたんだ」

「いや、今まで夢の中にいるようで……」

 メイも大きく息をついて首を振った。


「頭の中に声が響いていたの。ナギを殺せって、ずっと。あれはお父さんの声でもあったようだし、この人の声でもあったようだし……」

「アンディは暗示の増幅器の役割を果たしていたのでしょうか」

 エッダに聞かれてヴィーが頷く。

「多分。私も軽くなった」


「きゃああぁぁ──!!!」

 そのときナギの悲鳴が上がった。最後の力で衝撃波を放ったディヤーヴァは、ナギの腕の中でぐったりと力を失った。

「ディヤーヴァ、ディヤーヴァ。しっかりして。ああ、もう力が……」

「いい……、もう、いいから……」

 弱々しい嗄れ声でディヤーヴァが言う。黒い瞳がナギを見てゆっくりと閉じられた。


「嫌だ───!!」

 縋りつくナギ。誰も声もなく二人を見つめている。

 その時マシンの人工知能アルが来客を告げた。

「ゴ主人。ルスガ」

「どうしてルスがここに?」

 ルスはアームズに掴まってベッドに縫い付けられ弱り切っていた。そして、皆の目の前でJB・アームズに連れ去られた。


 しかし、入って来たルスは、その体に力が溢れていた。船内を一瞥してナギを認め側に歩み寄る。


「ベネディクト!! どうしたの?」

「助けて、ディヤーヴァが死んじゃう」


 悲鳴のような叫び。泣き濡れた顔。力を失った男を抱えきれないその腕に抱き締めて、最後の力を振り絞り男に気を送っている我が子の顔を見て、ルスはためらわずに頷き、その側に跪いた。


「大丈夫よ、私に任せなさい」

 ルスがディヤーヴァの身体に手をかけると温かい意識がその身体に流れ込む。ナギはその様子を固唾を呑んで見ていたが、ルスが頷いて、

「もう大丈夫よ」と宣言すると安心したようにその場にくず折れた。


「ナギ、大丈夫か」

 ヴィーがぐったりとしたナギの側に走り寄る。

「大丈夫よ。強い子だわ」

 ルスは微笑んでナギを見る。慈愛に溢れた眼差しでそっとその金色の頭を撫でた。



 船室のベッドに二人を横たえて、みんながやっと一息ついた。

「ルス。いったいどうやって逃げられたんですか!?」

「あの男はいったい誰ですか!?」

 皆が質問攻めにする中、ルスは船室のみんなを前にして宣言した。


「ぐずぐずしてはいられません。私はアームズ母星に行くわ」

「いけません、ルス。我々と一緒に帰りましょう」

 エッダがとんでもないという風に引き止める。

「そうです、危険です。ナギだってあなたが一緒に帰れば──」

 ヴィーも一緒になって引き止めた、が──。

「いいえ、私は行きます。船を頂戴」

 ルスの声は断固としたものだった。



 船の中は静まり返っている。

「無理です、ルス。もう少し時間を――」

 ヴィーがルスを引き止めようとする。


「一刻を争うのよ。私は行かなければ」

 ルスの言葉は断固としたものだ。


 だがアームズ母星は星全体が巨大な要塞なのだ。その出入りは幾重にも厳重にチェックされている。ルス一人で無事に辿り着けることが出来るのか。いや、ここに居る皆が一丸となっても、ゲートに辿り着く前に玉砕して、星屑となるのがせいぜいだろう。


 それに戦力は大幅に削がれている。ディヤーヴァもナギも戦うどころか手当てが必要なのだ。


 だが「行きましょう」とメイが言い出した。

「メイ!」

 ユリアーナが悲鳴のような声を上げる。後は言葉もなくメイの勝気そうな顔を見た。


「ナギは戦えないの。だから私が行くわ。ナギには酷いことを言っちゃったし」

 メイは黒い瞳をひたとルスに向けて続ける。

「ねえ教えて。私はずっとあなたがお母さんだと言われてきたけど、あなたは私の本当のお母さんじゃないのよね」

「ええ」

「じゃあ、私の本当のお母さんは誰!?」

 メイの問いに、ルスもまっすぐメイに向き直って答えた。


「私は会ったことはないのだけど、あなたのお母さんはドクター・ジンの助手をしていた方だとうかがったわ。私が会った時にはもうお亡くなりになっていて、ドクターは生まれたばかりの赤ちゃんを抱えて途方に暮れていたの」


「じゃあ、私とナギは全然血が繋がっていないの?」

「ええ」

 メイの問いにルスは頷いて、昔を振り返るように話し始める。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る