3 操られる心


 ヴィーはスペースシップをデネブ星系第六十一番ステーションに向けた。ステーションのデッキに船を着けると、先に降り立ったニコたちから連絡が入る。


『ヴィー、どうしたんだ?』

「怪我人がいるんだ」

『誰だ』

「ディヤーヴァ」

『へえ、ちょうどいいチャンスじゃないか』

 ニコの言いたいことが分かって、ヴィーは顔を顰める。振り向くと相変わらず男の身体を抱きしめているナギと、気を失って、堅く目を閉じたまま横たわっている男がいた。


 この男がいなければとヴィーは何度も考えた。

「ちょうどいいチャンスだわね」

 メイが皮肉っぽく呟く。ヴィーはハッとしてメイを窺う。


 表にニコたちの声がして、アルがさっさと船の中に通してしまう。

 ニコはディヤーヴァの様子を窺うと、剣をすらりと抜き放った。ニコの意思を受けて剣が光を帯びて長く伸びる。

「何をする気だ」

 そう咎めるヴィーの声は掠れてしまう。


「この男は悪魔だ」

「一緒に始末してしまえとの、長老達のご命令です」

 ニコと一緒に入って来たアンディが銃を構えた。


「何をしているのです。怪我をしているとはいっても悪魔ですよ。ヴィーも構えて」

 エッダが銃器をナギとディヤーヴァに油断なく向けながら言う。

「そうね。お父さんにナギを殺せと言われたわ」

 メイが立ち上がって身構えた。




「止めて、メイ」

 ユリアーナの声は優しく囁きかけるようだった。メイは身構えたままでユリアーナに黒い瞳をチラリと走らせる。


「ずっと変よ。あなたじゃないみたい」

「止めないで、ユリアーナ」

「どうして……」

「ユリアーナ。頭が痛いの」

 メイはそう言って顔を顰める。


「何をしているんです。早くやっつけないと」

 アンディがユリアーナの囁きを封じるように急かした。ユリアーナの囁きで手を止めていたニコとエッダは、もう一度ディヤーヴァに銃を向ける。吹き付けるような殺気がナギとディヤーヴァに襲い掛かった。


 背中に突き刺さるような気配を受けて、ナギは振り向いた。声にならない悲鳴を上げて、ディヤーヴァを抱いたまま全身で庇う。


「メイ……」

 殺気に吹き飛ばされそうになりながらユリアーナが囁く。

「邪魔するとあなたも殺しますよ」

 エッダがユリアーナに銃口を向けた。

 ヴィーは呆然とそれを見ていた。


 ナギはJB・アームズの子供だ。イントロンにとって最大の敵、憎むべきアームズの頂点。しかも、憎々しいあの男にしか目を向けない。今みたいに全てに背を向けて一心に大きな男を抱きかかえ、こちらを見ようともしない。


「キュルル……」

 白い獣がヴィーの背中に鼻面を寄せる。ヴィーは囚われていた思いから抜け出すように首を振った。

「止めろ、止めてくれ。ニコ、エッダ」


 ニコとエッダは用心深く身構えながら、意識だけをヴィーに寄越す。

「ナギは仲間だ。私だってアームズの側の人間だった。でも私はイントロンだ。イントロンに生まれた。どうしてイントロン同士が殺し合わなければならない」


「この男はイントロンではない。そして、ナギは憎むべきJB・アームズの子だ」

 死んだように横たわるディヤーヴァとそれを庇うナギを指して、憎々しげにアンディが言う。


「どうしてそれを……」

「ドクター・ジンが仰ったのだ。ルスがいなければナギは敵にまわる。そこの悪魔を従えて。今がチャンスだ。すべてを亡き者にしてイントロンの禍根を断ち切るべきだ。我々イントロンの為に」


「ドクター・ジンは知っていたのか」

 ヴィーは呆然とアンディを見た。


「当たり前だ。あの方は人の心の奥底にあるものを、汲み取ることが出来るのだ」

 アンディが得々として説明する。


「ルスは人を導くのに優れていた。ドクターは仰る。ナギは纏まりつつあるイントロンを導いて、どこか危険な場所に連れて行くと。吸引力があるから。並みのイントロンより余計に力があるから危険なのだ」


 そんな事はない。ナギはか弱い、攻撃なぞ出来ないような少年だ。だが本当にそうだろうか。それに、派手に戦闘をすることだけが攻撃ではない。


「ディヤーヴァを見ろ。どれだけ危険か。そして彼らはアームズ側に付くのだ。今だ、今を措いてもう機会はない」

「ヴィー。あなたもナギに引き摺られているのですよ。ならば尚のこと、今の内に彼らを殺してしまわなければ」


「止めろ」

 ヴィーには分かっていた。分かっていても、引き摺られる。ナギを傷つけることなんかどうしても出来ない。


 ドクター・ジンには分かっていたのか。だから、ヴィーだけでなく自分の娘のメイを加えてもまだ足りずに、二重三重に指令を与えたのか。

「頼む。ニコ、エッダ」

 ニコとエッダが、友人の頼みに苦しげな顔をして立ち止まる。


 操られているのか。命令を受けても出来ないヴィーを見越して、ドクター・ジンはメイにもニコにもエッダにも命令を下した。

 そして、それだけでは足りずに──。


「チッ、まったく。骨まで誑かされているんですね」

 アンディが舌打ちをして銃を構えた。止める間もなく引き金を引く。

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