7 脱出


 グラッと大地が揺れた。ディヤーヴァに襲い掛かっていた男たちが一瞬怯んで部屋を見回す。

「早く殺ってしまえ!」

 ベレスフォードが男たちを叱咤する。


 この男も偽者だとディヤーヴァは思った。よく似た体とよく似た心を持ったまるでメリクロンのような男たち。ベレスフォードは身代わりを置いて、とうにこの地から逃げ出している。そうと分かるとすべてがバカバカしく思えてきた。


 この地に──、妹と自分の仲間の眠っているこの地に、この身を埋めることが出来るのはせめてものベレスフォードの情けか。


 剣を構えることを止めて、ディヤーヴァは銃器を構える男たちの前にその身を曝した。床が壁が天井がまたグラッと揺れる。男たちは揺れる地面に追い立てられるかのように、銃器を構えて一斉に撃った。


 ディヤーヴァは一瞬目を閉じた。多くの人を殺してきた、それでも自分の最期は怖いのかと自嘲する。


 ダダダダダッ……!!

 バリバリバリッ……!!

 ──衝撃は来なかった。


 その代わりに柔らかい優しい気配が自分を包んだ。細い腕が首に回され、ずり落ちた。目を開くと、目の前にいるのは自分が小さな星で拾った子供だった。

 いつも必死で自分の後を追いかけてきた。

 逃げても、振り切っても探してきた。

 こんな俺を──。


「ナギッ!!!」

 少年は金の瞳を開いてディヤーヴァを見上げる。微かに笑んで、足元から力を失った。


「ナギッ!!!」

 崩れ落ちてゆく、その細い身体を抱き締める。


「殺れっ!! 何をしている、早く殺れ──!!!」

 突然目の前に現れた少年に驚いて呆然としていた男たちが、もう一度銃を構える。だが遅かったのだ。


「うおぉぉぉ────!!!」

 ディヤーヴァの咆哮が響き渡った。


 部屋全体がまるで暴れ馬のようにグラグラと揺れて、床が裂け亀裂が生き物のように床を這った。

「わああ──」

「ぎゃあ」


 壁が天井が崩れてゆく。亀裂が広がって人々を飲み込んでゆく。ガラスの城のようなアームズの研究所が崩壊してゆく。

 ナギを抱いたまま、ディヤーヴァは亀裂の奥の深い奈落へと落ちていった。



  * * *



 一機のスペースシップがガスに覆われた星から飛び出した。スクリーンを睨んでいたベレスフォードの顔に、微かに安堵の色が過ぎる。


「アームズ様のスペースシップです」

 専用機はベレスフォードの機に回線を繋いだ。

 偏光サングラスをかけた茶色の髪の男がスクリーンに現れる。


「ベレスフォード。皆も、アームズに帰れ」

「アームズ様」

「アームズ本社で話がある。全機退去しろ」

 アームズのトップの言葉である。この男が命じると誰も逆らえない。

「全機退去!」

 ベレスフォードが命じて、アームズのスペースシップは本社のあるアームズ母星に向かって退去を始めた。


 眼下の惑星アジールにはすでに異変が起こっている。星を覆うガスは気流が渦を巻き、時折電磁波が稲妻を走らせる。長くは持つまい。


「ベレスフォード、ナギは?」

 船の奥からお付を従えて小さな子供が現れる。

「ベンジャミン様」

 ベレスフォードはこの男に似ない優しげな声音で言った。

「ナギは後から来ます。それよりラプターはどうなさいました」

「トランは置いてきた」

 無邪気な子供は去り行く星を見て小首を傾げた。



  * * *


 地階から地上に戻ったヴィーは、自分のスペースシップの人工知能アルを呼んだ。しかし──。

『ゴ主人、機体ハカタパルトデッキニ係留。解除装置ガ起動セズ』

「くっそー」

「どうしたの? ヴィー」

「スペースシップまで行かなければ」

 いくらイントロンであっても、そう何度も飛べない。地階に飛び降りた後、ヴィーは二人を連れて地上に飛んだ。それが精一杯だった。


 ガラスの城のようなアームズの研究所は遠く離れている。自分達を運んできた護送用のエアカーなぞ影も形もない。

「ナギは?」

 ヴィーは周りを見回した。揺れる大地には三人しかいない。

「分かんない」

 メイが途方にくれたように周りを見回す。ヴィーの脳裏に皮肉に笑う男の顔が浮かんだ。


 ゴーと地鳴りがしてメイとユリアーナがお互いを抱き合った。大地の揺れはひどくなっている。それどころか地面に亀裂が走り出した。留まっているわけには行かなかった。


 三人で地鳴りのする台地を研究所に向かって走り出したとき、

「キュルルーーーッ!!!」

 と白い獣が羽ばたいてきた。


「ラプター」

 どこから飛んできたのか翼に小さな傷やら焦げ跡をこさえているが、ヴィーを見つけて嬉しそうに鍵爪で捕まえて、その上にドサッと着地した。

 獣に乗っかかられてひっくり返ったヴィーが獣を蹴っ飛ばす。


「何をするのよ、ヴィー。せっかく来てくれたのに」

「キュルキュル…」

 メイがラプターの方を抱え起こす。

 ゴウッと地鳴りがして台地が揺れた。ヴィーは慌ててメイとユリアーナをラプター・トランに乗せ、自分も飛び乗った。ラプターが揺れる地面を走りながらバタバタと羽ばたく。


 三人は獣に必死になって掴まった。しかし飛び上がるかに見えたラプター・トランは空に舞い上がることは出来なかった。

「飛べないのか」

「キュ…」


 それでも羽を広げて羽ばたきながら、ひょんひょんと亀裂が入った台地を飛ぶように駆けてゆく。


 ガラスの城のようなアームズの研究所は崩れ落ちようとしていた。

 高い建物から瓦礫が崩れ落ちて絶えず降り注いでくる。あたりは噴煙と砂塵にまみれ、スペースシップのあるドックの位置もつかめなかった。地面は絶えず揺れて、地面が突き出たり落ち窪んだり亀裂が走ってその様相を変えてゆく。ガラスの城から雨のように瓦礫が降り注ぐ。


 剣を手に降り注ぐ塵芥を切り払っていたヴィーも、もはや力も尽き果てようとしていた。

 大きな瓦礫が落ちてくる。もう避けられない。大きすぎて払えない。ダメかと思った。

 シュバッ!!

 間近に迫った瓦礫を赤い光線がなぎ払った。


『ゴ主人!!』

「アルか」

『デッキノ係留装置ガ壊レマシタ』

 目の前の噴煙を払ってスペースシップが舞い降りた。ドアが開く。

「キュルルーーー!!」

 三人を乗せた獣が羽ばたきながらドッドッとスペースシップの中に駆け込んだ。



「ナギはどこ?」

 船は空高く舞い上がる。星は崩壊の様相を呈していて、星を覆うガスは磁気を帯びてバチバチと光り、地上に雷を落としている。

「待って、星にいるわ」

 ユリアーナが指し示す。砕けたガラスの城の奥深くに小さく二つの命が揺れている。


「アル」

『ラジャー、ゴ主人』

 誰も引き止めない。まっしぐらにそこに向かった。

「呼んで、メイ、ヴィー」

「ナギ!!」

「ナギ!!」

「キュルルーーー!!」

 小さな気配が振り向いた。


『ここよ、あたしはここにいるわ』

 ユリアーナが歌いながら両手を広げる。

『あなたの命、あなたの願い、みんな受け止めてあげるわ。ここよ、さあ来て』

 小さな気配が動いた。

 スペースシップの真ん中に像が結ばれる。


 乱れ落ちた黒髪もそのままに横たわるディヤーヴァと、頬を濡らしてその身体を抱えるナギと──。

『全速離脱!』

 アルの操るスペースシップは弧を描いて、噴煙の中を暗い星空へと脱出した。

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