4 そいつは何だ!?


 男の気配が凶悪なものになる。ディヤーヴァはナギを庇って前に出た。

 そのディヤーヴァを見て、ベレスフォードは背後の者に命令する。

「ベンジャミン様をこれへ」

 男が引き下がり小さな子供を伴ってきた。額に赤い星、黒い髪は肩までで切り揃えられ、ゆったりとした服を着せられた肌の浅黒い子供。


「ラプター!!」

 小さな子供は無邪気に叫んだ。

「キュ」

 ヴィーの後ろで大人しくしていた獣が、子供を見て首を傾げる。


「そいつは何だ!?」

 ディヤーヴァがベレスフォードを睨みつけて問うた。

「聞きたければ、こちらに来い」

 ベレスフォードが悠然と笑う。


 怖いのはディヤーヴァ一人だ。ヴィーがいくら一人で頑張ったとしても、後は女子供だった。ここにはアームズの精鋭が幾層もなして詰め掛けている。

 ディヤーヴァさえいなければ、苦もなく捻ることが出来る。ベレスフォードの計算が誰にも読めた。


 小さな子供の黒い瞳が無心にディヤーヴァを見ている。

 行くなと言いたいけれど、ディヤーヴァのたった一人の妹が残した子供かもしれないのだ。一人ぼっちのエイリアンの、たった一人の仲間。


 ナギはディヤーヴァの背中に声をかけることが出来ない。息を潜めてディヤーヴァの言葉を待った。

 ディヤーヴァはしばらくベレスフォードを睨んでいたが、ふっと唇を歪めた。

「いいぜ」

 ナギの心を悲鳴が切り裂く。でも、声も出なくて口を覆ったままだ。ディヤーヴァの身体がナギから離れてゆく。

 何を思うでもなく、ナギの身体が追いかけた。アームズの精鋭たちがナギを引き倒してジャッキッと銃を突きつける。

 ディヤーヴァが振り返って一喝した。


「そいつに指一本触れるな。それが条件だ」

 精鋭たちがザザッと引き下がった。

「分かった。お客様方は丁重に客としてもてなそう」

 ベレスフォードが顎を杓った。幾重にも囲まれた男たちに銃を突きつけられて、ヴィーは床に蹲ったナギを抱き起こした。


「キュー……」

 ラプター・トランが首輪をされてヴィーから引き離され、悲しげに鳴いた。誰も言葉もなく引き立てられていった。

(命なんか……、ディヤーヴァ。俺は、俺は……)



 ベレスフォードはディヤーヴァを伴って大型のエアカーに乗り、たくさんある研究所の中でも中央にある一番高い建物に向かった。

 それは幾重にも重なったガラスの城のように透き通って、頂上に向かって収束した建物で、エアカーはその最上部に作られた専用のデッキに吸い込まれていった。


 デッキから案内された部屋は、透明なパーテーションで区切られたオフィスになっていて、その奥に秘書室とベレスフォードの執務室があった。研究所の内部とも思えない広い部屋の中は贅を凝らした家具や装飾品で飾られている。


「下がれ」と部下を下がらせて、ベレスフォードはデスクの立派な革張りの椅子に腰を下ろした。ディヤーヴァは示されたソファに座りもせずに、突っ立ったままベレスフォードを見下ろす。

「あの子は何だ?」

 待ちかねたように聞いた。


「お前の妹の子供だ」

「嘘を吐け。妹はお前らに次々に犯されて死んだ」

 ベレスフォードはその冷たい顔のまま両手を広げて肩をすくめる。


「遺跡から出てきたミイラから作ったお前の仲間は皆、弱かった。お前と同じ卵子から作られたお前の妹もそうだ。お前だけが優れていた」


 アームズによって作り出された仲間のほとんどは成長せずに死んだ。まともに成長したのはディヤーヴァとその妹だけだった。しかしその妹も体が弱かった。


「何故、体の弱い妹を陵辱した」

「我々は卵子が欲しかった。しかし、お前の妹は成熟していなかった。成熟するまで命がもつかどうか危ぶまれた。だから男と交合させ成熟を早めたのだ」


 ベレスフォードは、ディヤーヴァもその妹も人だと思っていない。それが言葉の端々から伺える。

「何故何人もの男を」

「気に入った男が現れるかと思っていた」

 ベレスフォードが嘯く。

「何を言いやがる…」

 ディヤーヴァは怒りで目が眩みそうだった。


 アームズに作り出された命だった。強大な能力があり、命令されればなんでもやった。しかし、その身体にはちゃんと血が流れている。感情もある。生きているのだ。人形ではなかった。


「お陰で成熟した卵子が取れた。優秀なベンジャミン様という我がアームズの跡継ぎも残してくれた」

「ベンジャミンとは妹と誰の子だ」

「無論アームズ様の」

「ならばJB・アームズが妹を抱けばすむこと。何故アームズが妹の相手をしない。余程の老齢か」


 アームズというその名は知っていても、ディヤーヴァは本人に会ったことはない。いや、ほとんどのアームズ社の社員がJB・アームズ本人を知らない。

 今が何代目のJB・アームズなのか、表に出てくるお付をぞろぞろ従えた彼は、全て偏光サングラスをかけた茶色の髪の男だった。

「アームズ様はお若くてお綺麗だ。生憎なことにアームズ様の方が気に入らなかったのでな」

 ベレスフォードが冷たい顔で唇の端だけ歪めて笑う。


「ドールのくせに……」

 言いかけてディヤーヴァはベレスフォードを見る。ドールは皆綺麗だ。アームズの幹部はなお更のこと。何故、殊更に綺麗だと言うのだ。


「ベンジャミンは俺と同じ姿をしている。そんな子を跡継ぎに出来るのか」

「十五になればドールに入っていただく」

「アームズの連中は皆そうか。お前のお綺麗なJB・アームズとやらも本当は醜い新人類で──」

「黙れっ!!」

 ベレスフォードの一喝をディヤーヴァは口の端を捻じ曲げて聞いた。


「やってられるかよ。ベンジャミンはいただいてゆく」

 ディヤーヴァが背を向けようとする。ベレスフォードはその背中に嘲るように言った。

「それは困る。お前の弱みはあの少年なんだな。我々に逆らうなら、あの少年を──」

「貴様」

 ディヤーヴァは歯噛みする思いだった。手も足も出せない。動いたら殺すという。しかし動かなくても、この男はいずれやるだろう。

 ディヤーヴァは腰の剣をスラリと抜き放った。

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