4 イントロンのアジト
二隻の船はゆっくりと地表に沿って走った。
やがてアルが地上に向かって合図を送る。
『本部ヨリ応答アリ。ロック解除』
岩山が突如ゲートになって、二つの船を迎え入れた。
アルの操るスペースシップは狭いデッキを誘導灯に沿って進んだ。と、不意に視界が開ける。広いドックに出た。その真ん中に船はゆっくりと着陸した。
ヴィーが先頭に立って下りる。その後をラプター・トランがぺったりとくっ付いて行って、ヴィーにゲンコツをくらった。
メイとユリアーナが一緒に下りてゆき、ナギの後から最後にディヤーヴァが下りた。ニコ達は先に着いて待っている。
船が着いたときは人っ子一人いなかった。しかしナギが船から下りると、津波のような人のざわめきが襲い掛かってきた。
見回すと、どこから湧いて出たかと思うくらい大勢の人がいる。ナギを見つけて歓声のようなどよめきが走り、その後のディヤーヴァを見つけて、それが非難、恐怖、憎しみといったものに変わる。
中央に背の高い男がいた。黒っぽい上着丈の長い服を着ている。ゆっくりと男が進み出ると、人々のどよめきが波が引くように静まって行く。先に到着したニコがその男の前で最敬礼をしている。ヴィーは一行をそちらに先導して行った。
黒い髪、黒い瞳。四十半ばの男から近付くに連れて、確固たる意志と包容力のある優しさとが溢れるように伝わってくる。
ヴィーはその男の前で最敬礼をした。ラプター・トランは気圧されたようにその後に大人しく従っていて、人々には変わったペットだとしか受け取れない。
「遅くなりました。ただいま無事帰還しました」
「うむ。ご苦労だった」
男は鷹揚に頷いて視線をメイとユリアーナ、ナギとディヤーヴァへと順に向けた。
「こちらがジン・ルン」
ヴィーが男を紹介する。
「この日が来るとは夢のようだ。会えて嬉しい」
ジン・ルンという男は、メイとナギに向かってその両手を広げた。メイが突き動かされるようにしてその男の許に行く。男はメイの肩に手を置き抱き締めた。二人は血が繋がっていると一目で分かるほど面差しがよく似ていた。
ナギは呆然とその男、ジン・ルンを仰ぎ見る。戸惑いだけがその身の内にあって、メイのようにすがりつくことも出来ずに立ち竦んだ。男はナギの逡巡を咎めることなく優しい視線をよこした。
「待っていたよ、ベネディクト」
ナギが瞬きをしてヴィーが小声で言った。
「君の本当の名前だ」
「俺の……?」
男を見上げると優しげな瞳が頷いた。自分の身にしっくりとそぐわない名前を聞かされてナギは戸惑ったままだった。男は視線を廻らせる。
「よく来て下さった、ユリアーナ。我々はあなたを歓迎しよう」
「ありがとうございます」
ユリアーナが優雅にお辞儀をする。
男の視線はナギの後のディヤーヴァに廻る。
「ここで君に会うことになろうとは」
唇を歪めて皮肉そうに呟いた。
「はじめまして、ドクター・ジン」
ディヤーヴァも大げさにお辞儀をして見せた。
「ドクター・ジン?」
ナギがディヤーヴァを振り返る。
「アームズではそう呼ばれている。イントロンの最高指導者の一人だ」
ディヤーヴァはナギにそう答えた。皮肉そうに唇の端を歪め、気負うでもなく真直ぐジン・ルンを見ている。
「十五年前の、君の手加減のお陰でこうしてまだ生きている。礼を言うべきかな」
「手加減って……?」
そう聞いたのはナギだ。ディヤーヴァは皮肉げに唇を歪めたままだ。
「街はお陰で破壊しつくされた。我々は再起を図るのに何年もかかった。だが人がいれば再起は何度でも出来る。これだけの人数が我々に残された。君の無邪気で派手な攻撃のお陰で逃げる余裕があったというわけだ」
男は両手を広げて見せた。ざわめきが湧き起こる。集まったイントロンの数は半端ではなかった。
「歓迎は出来ないが追い払いもしまい。それが息子の意志ならなおのこと」
ドクター・ジンは側にいた目立たない中背の青年に命じる。
「アンディ、彼らを用意した部屋に案内するように」
「はっ」
青年が承るとナギたちに軽く会釈して背を向けた。ドクター・ジンがドックから出てゆくと、そこに集まった人々も潮が引くように散っていった。
「こっちだ」とアンディと呼ばれた男が一行を案内する。
「待って、お母さんは?」
メイがまだそこに留まっているヴィーに聞いた。
「夫人はここにはいない。連絡は行っていると思うから、夫人が到着されたら集会が開かれると思う」
ヴィーがそう説明した。
四人はアンディに案内されて、広いドックからドクター・ジンが出て行った通路とは別の通路を通ってドックの外に出た。
外は地下街になっていた。
ドックの正面入り口には石で敷き詰められたクラシックな広場がある。そこから道路が四方に延びていて、エアカーやバスが走り、人が行き交う。建物同士は二重三重に通路で繋がっていて、アンディはその広場を二階から見下ろす位置にある通路を案内してゆく。
「ドクター・ジンって偉い人なんだね」とナギは今更のように言って、案内しているアンディを苦笑させた。
「これから案内するお屋敷はドクター・ジンのお屋敷です。ヴィー様に連絡を頂いてから、ずっと待ち焦がれておいででした」
アンディは隣のビルの地階に下りて、大型のエアカーに四人を案内した。
「ヴィー様って、ヴィーって偉いの?」
メイが遠慮なしに聞く。
「あの方は、ご両親が地位も名誉もある家のご次男で…」
「子供がイントロンで寝返ったか」
「我々にすればそういう方はありがたいのです」
「そうだろうな」
ディヤーヴァは腕を組んだ。
十五年前だ。アームズは揺れていた。あの頃から。ディヤーヴァはベレスフォードの命を受け、この地に攻撃を仕掛けた。まだ十歳だった。
その隣でナギは不安そうに街を見ている。
ここが自分の生まれた地で、あの人は自分の父親で──?
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